愛刀を置いてきた!?
ミナトマチ
異世界見参の巻!
第1話 丸腰のサムライ
『ん、んんぅぅ』
〈自分は一体どれほど眠っていたのだろうか…ここは一体…〉
少年はそこで目を開けた。あたりを見回してみるとどうやらここはどこかの森の中のようだ。気持ちのいい優しい風が吹き木漏れ日の中で少年は奇妙な感覚にとらわれた。
〈はて、拙者は確か誰かとともに河原の辺りを歩いていたはずでごさる。それも夕暮れ時でござった。いや、しかしどうも頭に霧でもかかっているようなこの感じなんでござろう?〉
少年は起き上がり近くを歩いてみようと思い立ち上がったその時、不意に後ろから声をかけられた。
『やっと起きたのか?ったくこのまま起きなかったら放置するとこだったぞ』
少年は声の主が判断できなかった。というのも、自分と同じくらいの男の声のようにも少し低い声の女の声のようにも聞こえたからであった。
しかし少年はその姿を見たとき激しく驚くこととなり、より判断しづらくなる。
『おう、体とかは大丈夫か?』
『…なんで、犬が言葉を話してるんでござるかぁぁぁっ!?』
そう。目の前にいたのは紛れもなく犬だったのだ。しかし身体の大きさは異様に小さく、少なくとも自分が知っている種類の犬ではなく自分でもこれが犬だとよく分かったものだと少年は感心していた。
そしてその犬は
『まぁ最初はみんなそうだよな。えーと俺の名前はニックだ。ちなみに犬種はチワワな。血統書もあるぞ?まぁそれは置いといて、そうだな…ひとまず俺は簡単に言えばこのレグナスターでのお前のサポート妖精ぐらいに思っていてくれればそれでいい。』
こともあろうか、自己紹介を始めたのだった。
〈犬が喋っているのにもたいそう驚いたが 、己の姓や身分を話しているのだろうか?
にっく?ちわわ?決闘書?れぐなすたー?
…に、日本語でござろうか?それにしてもなんと面妖な…〉
少年が固まっていると、また犬が話しかけてきた。
『おいおい、大丈夫か?あーお前の時代じゃこういうのは絶対理解できないんだったか?まぁ慣れてくれとしか言えないな。
確認なんだけど、お前の名前
やれやれと言った風で犬は話を続けた。
『そう、でごさるが、
拙者の名を…一体どうやって?』
そう言われた少年、織はもう驚くことしかできなかった。
『まぁ順を追って説明してやるから』
そうしてその犬はゆっくり話し始めた。
曰く、ここは異世界レグナスターという場所で大昔自由で怠慢な遊び人の自称神、ニテド・コミナによって造られた世界である。その世界は趣味と暇つぶしを兼ねており、あらゆる世界から人や、幻想種、強者たちが喚び集められ、彼らは特殊な武装を用いて【魔帝24軍列】を率いる魔皇帝を倒さなければならない。(ということに一応なっている。)つまりゲームの世界を似せた世界であるらしい。なおルールなどは存在せず、チームを組み、魔皇帝討伐に出かけたり、男女が出会って結婚し所帯を持ったり、領土を持ち一国の王となり国を統治したりと人々は存外自由にくらしている。なんでもアリだ。
要約すると“異世界へようこそ”ということになる。
『ふむ、大体の事情は読み込めたでござる。
つまりはここは元いた世界ではござらんと?』
織はそこで最終確認を取った。
『あぁ飲み込みが早くて助かる。』
『して、さぽーとようせい殿』
織がもう一つの疑問を訪ねようとするとすかさず横から犬が口を挟んできた。
『一応俺の名前はニックな?にっく!』
『なるほど!それがお主の名でござったか。済まぬな。どうも聞き取りづらくてな…』
『ここまで話して名前分かってなかったのかよ…』
ニックは軽くめまいがしてきていた。
『それで?何か聞きたいことがあったんじゃねーのか?』
すると織は顔を上げ
『そーでござる!先程から拙者が抱いていた疑問。にっく殿の話に出てきた特殊武装というのは?』
少し考えてからニックは
『それなら、実際に見たほうが早いな。
ひとまず、ギルドが多いところまで歩くぞ』
そう言ってテクテク尻尾を揺らしながら歩き始めた。決して歩く速さは早くはないが織は慌ててそのあとをついて行った。
〈にしても、雛方織か…〉
何かを話したということもなく、草や風に揺れる木々の音しかしないこの空間でニックは1人考えていた。
〈雛方織。どこかの世界の確か日本と呼ばれる国の出。時代的にはエド後期からバクマツと呼ばれる時期に生まれた。身長は166センチでやや低め。前の職業は絶滅したサムライだったか?いやシシだったか?まぁいいだろう。別に昔のやつが送られてくることは珍しくともなんともないが、こいつには不可解な点がかなり多い。〉
そうしてニックはすぐ後ろを歩いて付いて来ている織を横目で見た。
〈見てくれは時代的には合ってる。キモノと呼ばれるものだ。髪は黒髪でちょんまげというものをしていない。まぁそこも少し気になるが今はいい。問題は若いということだ。事前資料では31歳とあるが、どう見てもせいぜい十代のガキにしか見えねぇ。それに…〉
その雛方織は物珍しそうにあたりの風景を見回していた。時折つまずきそうになっている
『これはハズレの奴を引いちまったのかぁ?』
ニックは1人誰にも聞こえない声でぼやくのだった。
20分ほど歩くと森を抜け、建物が見え始めた。現代風ではあるがどこかレトロな感じをさせている。いかにもな感じの町並みだ。ちなみに森には召喚の祭壇があり、織はそこからこの世界へとやってきた。つまり元いた場所はそこだ。しばらくして人々の声が聞こえてきて、織は心を弾ませた。
『うおおーこれが“ぎるど”でござるか!』
織は目を輝かせ、さらにキョロキョロしていた。どこから見ても子供にしか見えない…
正式にはギルド集会所なのだがニックは深く突っ込まないことにした。大昔の人間を相手にするときの鉄則だからだ。
ギルドには多くの人が情報交換したり、酒を煽ったり、与太話に花を咲かせていた。
もちろん人間だけではなく、獣の耳を生やしたような者もいれば全身鎧の者。目元まですっぽりとローブで隠している者と実に様々だ。とりあえず入った酒場にちょうど見知った顔を見かけ、ニックは声をかけた。
『ナイスタイミング!おっすエレナ。』
『あらニック久しぶりね。…もしかしてその子があなたの新しい担当の子かしら?』
エレナと、呼ばれた女性は綺麗な声と見事なまでの銀色の毛を持っている…
『ね、猫が!?もしやこちらの世界では動物は皆人語を理解し普通に使うのかっ?………
…はっ拙者としたことが、お初にお目にかかる。拙者姓は雛方、名は織。というもの。よろしくお頼み申す。』
猫だった。そしてニックは慣れからか、そこまで驚かずに自分のことを名乗り頭を下げた織の順応力に感心していた。
『…あぁそうなんだよ。でもこいつどうやら昔の人間らしくてな。言葉は通じるんだが…
そこでお前んとこのやつに協力して貰って【スピリード】をレクチャーしてもらおうかと厚かましく思ってな…』
ニックは頬?をかきながらエレナに頼んだ。
『あらあら、そうなの?ええ。別に構わないわ。…それにしても、もしかしてお侍さんかしら?ふふ、噂には聞いていたけど本物は初めてよ?でもなにか足らないような…』
まぁいいわとエレナは了承し、彼女が担当している、ケントと呼ばれる髪を短く切りそろえた感じのいい青年を呼び、一行は酒場の裏の空き地へ向かった。
『俺はケント。ケント・ヒーリア。一応日本に住んでたこともあるんだよ。しかしマジ感激だわ!リアルサムライに会えるなんて…』
ケントはひとしきりはしゃいで、あっ写真いいかな?とどこからかスマホを取り出し記念撮影を始めた。
『なんでござるか?この小さな箱は?』
織の反応はある意味で裏切らなかった。
少ししてケントが落ち着くと、ニックが先に説明を始めた。
『さっき言ってた【スピリード】っていうのは特別な魔法武具のことだ。この世界にきたやつはみんな必ず最初に持ってる。何故ならスピリードは元々それぞれの人の心、つまり魂を武器にしたものだ。まぁ初期装備みたいなもんかな?自分のスピリードを育て上げる奴もいるし、こっちでも手に入る魔剣とかの類に変える奴もいるがなんにせよ、ゼロからスピリードをスカウトするのは難しい。それに基本自分の半身とも呼べるスピリードは相性もいいし何より強い。』
は、はぁとあまり分かっていない織に実物を見せることにする。
『じゃあ頼んだ。』
『了解っす!』
そう言ってケントは目をとじ、静かに息を吐いた。スピリードは心を落ち着かせ、頭に浮かぶ
『こい、ムラシキ!』
ケントが呼ぶと、目の前から一振りの刀がゆっくりと現れた。長さはいわゆる小太刀と呼ばれるほどの長さで刀身はほんのりと紫色の光を放っており、落ち着いた印象の刀だった
『なんとどこからともなく刀が!しかし拙者、やっと知っているものを見た気がするでござる……。』
織はどうにかして感想を述べた。
『しっかしよく鍛えられてんな。お前んとこのケント。』
ニックが素直に感心して、褒めた。
『ふふ。そうでしょ!』
エレナも嬉しそうだった。
『なるほど。これなら拙者にもできそうでござる。しかしこちらでまけん?妖刀の類でござるか?それらをすかうと?しにくいというのはどういうことでござる?』
『あぁそれはねぇ…』
ケントが言うが早いか、軽く小太刀を空中に投げるとどこからともなく一陣の風が吹き、
小太刀が落ちてきた頃には…
『む、むっ…娘になったでござるよ!?』
目の前にいるのは小太刀ではなく、紫色の忍者装束のようなものを身につけた少女であった。
『お久しぶりです。ニックさん。そちらの方ははじめましてでしょうか?手前はケント様にお仕えしているムラシキというものです。どうぞよしなに。』
これはかたじけない!などと挨拶を交わす着物の少年と忍び装束の少女を見て、苦笑しつつもニックは話を戻すことにした。
『これが答えだ。魂の具現化っていうことはスピリードにもそれぞれ意思があるから、そうそう簡単に身を委ねてくれたりはしないんだよ。』
『なるほど…意思を持つ武具でござるか』
そこでニックは1つ提案してみることにした
『早速だし、織も試してみろよ。早いうちにお前のスピリード見ておきたいし…』
確かに!と織は空き地の中央に立ち、心を静め、スピリードを呼び出すのに集中した。
だが、待ち続けても風が起こるどころか、草の一本もなびかない。痺れを切らし、ニックは織を問い詰めた。
『なぁお前本当に真面目にやってんのか?』
対して織は焦った顔で
『やってるでござるよ。しかし頭には名前どころか何も浮かんでこないでござるよ!!』
と、それまた真剣に答えた。
『『『『えっ…?』』』』
4人の声が、厳密には1人と1つと2匹の声が拍子抜けて重なった。
『ねぇ、あなた確かお侍なんでしょ?
だったら刀はどうしたの?』
4人を代表してエレナが当初の疑問を切り出した。
〈そう、それだ。こいつの謎めいた部分の1つ。こいつはサムライなのに刀を帯刀していなかった。…まさかっ!〉
『ぬぁぁぁぁぁぁぁっ!そうでござるっ!刀、拙者の愛刀は
本人も今さっき気づいたように辺りを見回したり、腰の周りをポンポンと叩いてみたり、上の羽織をパタパタやっていた。
『まさか、そんな冗談だろっ?』
『いいえニック。もしかしたらそうかも。
だってほらサムライにとって刀は魂っていうのをどこかで聞いたような気がするもの。』
ニックとエレナは嘘だとおもったが、現実に起きていることを受け止めようとしていた。
『あのーどういうことっすか?』
『こくこく。』
置いてけぼり感を味わっていたケントと、ムラシキが何がどうなってるのか尋ねた。
『………つまり、織は向こうにどういう事情か、刀、愛刀を置いてきたんだ。サムライの誇りと魂と同義のものを。』
そこでケントもはっと気がつき、目を見開いた。
『じゃあ、こういうことっすか?織さんは
スピリードを置いてきて出せないだから何も起こらない…』
それを受け織は
『そ、そんなぁ!』
織は少し涙目で、情けない声を上げニックに泣きついていた。
〈泣きたいのはこっちの方だ…〉
ニックは器用に頭を抱えて唸っていた。
どうやら、俺の担当するこいつはサムライのくせに単身・丸腰で異世界にやってきたらしい…
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