第3話 「桜田結奈という女」

六時間目は数学のテスト返却で、凛は平均よりも高得点、桜田はまたしても満点と、周囲の反応も少し薄かったが、相変わらずの秀才振りをみせつけていた。そしてこの時間は丸一時間解説だけで授業が終わる。

丸一時間を解説に使うのと使わないのじゃ難易度が恐らく違うのだろう、先生の喋っている速度も懸命だったが、丸一時間ギリギリという感じであった。授業が終わると四時限目にいた担任が教室に入ってくる。確か担任は国語教師だったはずだ。

担任が教卓の前に立つと、さっきまで立っていた全員が席にへとつく。担任が無駄な雑談をし終わった後、数十分が経ち終礼が終わる。放課後になると同時に全員がクラス中あちこちに散らばる中、俺はさっき桜田からもらった小さい紙をもう一度開いて覗き込む。


「お疲れ~初登校だけどどうだった?しんどくなかった?」


後ろを振り向くと目には凛の顔が間近くにどでかく映っている。

凛の顔はこれでもか、というくらいまでに俺の顔すれすれの所に近づいている。いくら打ち解けたと言ってもここまで近づかれると流石に反応に困る訳だが…。

顔が近い!って言うのもなんだか自分が嫌がってるみたいに思われそうだし、ここは無反応が一番良いのかもしれないな。


「まあ何もしてないしな、そんなしんどくはなかったかな」

「テスト返却だけだったもんね、まっ!慣れない環境だけどこれからも一緒に頑張ろうね!」

さっきまで近くにあった顔は段々と遠くまで離れていく。

「それじゃ三人で帰ろっか?」

「えっ!?」


あっ、まさか…こうなる事は予想もしてなかった。

確かに仲良くなったから帰りに誘うのはごく自然的な流れだ、しかしこの後理科室に行かなきゃならないのに、この場合どうやって乗り切ればいいんだろうか。

本当に何も考えておらず言葉に詰まる。彼女が親切心で俺を誘ってくれてるというのは理解はしている、だからそれだけに辛い。

このままあっさり断るしか選択肢はないのか…。


「わ…悪いんだけど実は先生から呼び出しがあってな、だから…」

「そっか~残念、色々話したかったんだけどね、じゃあ明日とかは大丈夫なのかな?」

「ああ!明日なら全然!」


結局は何の言い訳も思いつかず断る事にしてしまった。赤井には悪いがこちらとしても桜田が何故俺と話せないのか、理由も聞かなくちゃならないし、物凄い残念なんだが…。


「じゃあ結奈、帰ろっか」

「ええ、帰りましょう」


……………………………はぁ?

聞き違いかっ!?と思い桜田の方を何度も見るが、バッグの中に教科書を全て詰め込んでいる。

ていう事は理科室に来て、というのは単に俺をおちょくっていただけだったのか?

凛と桜田は二人で出口の方に歩いてゆく。


俺は…騙されたのか、あの女に。


桜田は出口間近の処で俺の顔を見た。そして口をパクパクさせ、何かを呟いてからアイコンタクトをして教室を出て行く。

今の口パクパクは何だったのか、もしかしたらだがこれは『心配するな、理科室にはちゃんと行く』というメッセージなんじゃないだろうか。

何にせよ、待ち合わせまでの時刻は十七時、特にする事なんて何もないので、学校を周るついでに五時になるまで待つ事にした。


学校を回ってから三十分、時刻は十六時二十分、とうとう学校探索にも飽きたので見つけた図書館で本を読むことにしする。


時刻は十六時五十分、そろそろだと思い図書室を出て、二階上の四階理科室へと向かう。彼女から渡された紙はポケットに入れていたので、すっかりボロクズになっていたが、その紙を広げながら階段を上り歩いていくと、少し遠かったが理科室が眼に入った。ドアは開かれていたので、中に入る前に理科室を覗いてみるも人は誰一人としていない。

ただ窓から黄金色の陽射しが入っているだけの教室である。


「誰かいませんか?」


返事はない。


小学校や中学校では理科室の中にある扉を開いた先に、更に理科教師が隠れるような隠し部屋みたいなものがあったが、この教室にはそんな部屋の扉は一切無い。

返事が無いという事は誰もいないと認知していいのだろうか。

桜田が来るまで外で待っていようとも思ったが、肌寒いので、外側に誰もいないのを確認してから理科室に入る事にした。

腕時計を確認すると時刻はもう十六時五十七分、残り五分くらい待って来なければ外で待てばいいだけの話だ。当然俺も転入早々、問題は起こしたくはない。

無いとは思うが彼女が先生を呼び、俺が勝手に理科室に無断入室している事をちくりにいってる可能性もある。

しかし、外は予想以上に寒い、怒られようがなんだろうが、俺はこの部屋にいたかった。

窓から入った黄金色の陽射しを浴びても全然温まる事はなかったが、その場しのぎにはなるだろうと思い、陽射しが出ている位置でじーっと立っていた。

図書館でもあれこれ考えたが、桜田は何故理科室に俺を呼んだのだろうか。

あんなにも俺と話したくなさそうな態度だったのに、女というものは何を考えているかが全くと言っていいほどわからない。

最近よく言われる女心が分かってない奴と思われるかもしれないな。

でも、もしそれが女心というものならば、彼女は俺に一目惚れしたという事になるんじゃないだろうか。

女心って要するに男に惚れた女が抱いている感情みたいなもんだろ?だったら、それが発動してる時点で彼女は俺に惚れているのでは…。

いやいや、それはないだろう、アニメや漫画の見すぎだ。第一彼女は下の名前で呼ばれる事を拒絶したのだ。しかし、もしも、もしもの話で彼女が俺に一目惚れしてたとしよう。

彼女が告白した時にどんな返事を返せばいいだろうか?それにもしかすると桜田だけじゃなく、あの女子生徒達、特に赤井だが。桜田だけじゃなく彼女達もまた自分を好きになっているのではないだろうか。

何せ男は俺だけなのだ、男に飢えている女なら取り合いになっても普通おかしくないのでは。そして彼女達の中で俺を好きになったと思った人物がいたとするならば、俺は誰と恋をすればいいのだろう。

確かに俺はこの十七年間、女と付き合ったことはないし、モテる要素も持ち合わせてない。ただし、この学校は俺以外の男子はほとんどいないのだ。

もし俺たちが類人猿だとしたら、それがどんな男だったとしても女子達はそのオスの類人猿の取り合いになるに違いない。それはこの二十一世紀でさえ、取り合いとは言わなくても、誰か一人くらい俺を好きになってもおかしくないんゃないだろうか?

それに俺に関しては顔も、決して良くもなければ悪くもない、いたって平均である。欠点が無いならばますます、桜田が告白してくる可能性も決してゼロではないという事だ。等々時刻は十七時になり、腕時計にしっかり目を向け、まもなく来る頃だろうと彼女を待ち受ける。

もうそろそろだ、待ち受けなければ。


「沢良木くん、こっち向いて」


間違いない、これは桜田の声だ。

第一声が鍵となる、第一印象が最も大事なのは人間の心理的感情でもよく耳にする事である。はて、俺はどんな声を出せばいいやら。


「よお!桜だあ………あっ…あっ…あぁぁぁぁぁ……………」


桜田の声に釣られ後ろを振り向くと、腹部には一本のナイフが奥深くに突き刺さる、冷えきったナイフが骨にコツンとあたるくらい深くにだ。


「あああ…ああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」


彼女がナイフを引き抜くと、二箇所に分かれている尖った刃が、内臓や体の器官をずるずると引き出し、次々と外に引きずり出される。

俺の内臓などの体の器官は「ぽちゃんっ」と音を鳴らし、地面に血まみれのまま広がっていく。

引き抜かれた部分からは血も大量に溢れだしていたため、床は大量の血で染められていた。そして今までに臭った事のないような生々しい臭いが鼻に充満していき、脳内にへとジワジワ嫌な臭いが漂っていく。

その臭いを嗅いだ後、身体は意思を無視するかのように前方にへと倒れ、地面に勢いよく倒れてしまう。口からは大量の泡が噴き出ると同時に、意識は朦朧とし始めていた。

死ぬほど痛い、死ぬほど眠い、もういっそこのまま眠ってしまってもいい、そうすれば死ねる。


地面に寝転がっている状態で、俺を刺した奴が一歩一歩と歩き、こちらにへと近づいてくる。そして俺は薄っすらとだがその犯人の正体を見る事が出来た。その少女は俺が今日よく見た人物だったため、朦朧としている俺の頭でもしっくりと思い出すことができた。

その正体は桜色の髪を特徴としている桜田である。


何故彼女が俺を刺したのか、気になりはしたが、今は正直そんな事はどうでも良い。俺はただただ死後についての事をあれこれと考え続けた、もう時間はない。彼女が俺をナイフで刺した理由を話してくれるのであれば勝手に説明すれば良い、この体制で死ぬまでの間だけ俺はその話を聞いてやるだけだ。


「ふぅ…見事に飛び散りましたね、返り血が沢山付いてしまいました。あなた海外ドラマとか見ますか?このナイフ、それを真似て作ってみたんですよ。ほら見てください、ギザギザと奇妙な形をして、かなり良い出来だとは思いませんか?刺した人間の内臓を取り出すだけ、取り出して、出来るだけ相手を苦しめて殺す道具です」


そんな事はどうでもいい…桜田。

俺を刺した理由を言いやがれ、このごみ屑が…。


「このまま放っておいてもあなたは間違いなく死ぬでしょう、ですが内臓が飛び散っても尚生きているようなタフな人間も世の中にはいるようなので…念には念をということで…私自らあなたに止めを刺します」


彼女の目は今日朝に見たぼんやりとした目つきとは打って変わり、どこを見てるかすら分からないような薄暗い虚ろな目にへとすっかり変わっていた。血まみれの包丁を右手で握り、彼女は俺の体を目掛けてナイフを構え出す。


「ごぁうぅあっば………」


もう上手く話すことすらまともに出来ないでいた…。

目からはただただ涙が溢れるばかりだ、俺はその色を確認する事もできない。

裏切られた事が悔しいのか?それとも悲しいのか?言い訳はいくらでも見つかったが、その回答は身体、そして精神のみぞ知ると言っていいだろう。

そしてその身体からは俺の思考を無視するかのように涙をボロボロと地面に落としていた。

決してこれは俺の意思ではない、脳内から身体に悲鳴のシグナルを送り続けた結果で出た大量の涙だろう。

まあ身体がその行為を身体的に最善だと判断したのならばそれは仕方がないことである。死ぬ前に、最後くらいは誰かが来ることを祈って力の限りの悲鳴をあげるだけあげてやろう。


「では最後です、殺す前に一つだけ。私が何故あなたを呼び出したのか、何故殺すのか。質問なら何でも一つだけ答えてあげましょう、それとも何か言い残したい言葉でもあれば言ってもらっても構いません」

「あぇ…ああああ…あああああああああああああああああああああっ」


しね…ごみが…。人間の屑が…。人でなし…。化け物…。悪魔…。


「その様子だと話せそうにありませんね…では、さよなら…………」

「…………………」



グサッ…。

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