第4話 「本日二度目の金曜日」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

あ…あ…あ…あい…うえお?ここは…ベッドの上?

アイドルのポスター、飲みかけのジュース、ここは…自宅か?生きてるのか?生きてるのか俺は!?何故?何故俺は生きてるんだ?これは夢なのか…いや、それはありえない。あんな恐ろしい夢があっていいはずがない。考えれば考えるほど頭の中で錯乱し始める。

ベッドの上でボーっと壁を見ていると、ダダダダダダダッと階段からは激しい足音が聞こえた。

次の瞬間ドアが勢いよく開かれ、妹の明日香が俺の部屋に入ってくる。


「うっさいんじゃ!馬鹿兄貴!近所迷惑になるだろうが、こら!あ?」

「明日香、明日香なのか!」

「はぁ?何当たり前の事言っとんじゃわれは!ぶっ飛ばすぞ!」

「明日香!」


自然に身体は明日香の体にへと飛びつく。

普段なら絶対しない行為だったが、ただただ眼からは涙が溢れるばかりだった。

生きている事の素晴らしさに気付けたからじゃない、生きる事の素晴らしさに気付けたから出た涙だ。


「ちょ、ちょっと、何抱きついてんの、気持ち悪い。泣きながら抱き着くなっつーの、離れろ!」

「離さない、死んでも離さないぞ!」

「ちょっと、何なの?まじで何なの?」

「すまん、さっきのは嘘。でも少しだけ、もう少しだけこの体勢でいさせてくれ」

「意味わかんないんだけど、きもすぎ!離れてよ、お願いだから」

「ああ、そうだ、離れないとな。うっやばっ」


勢いよく立ったせいか胃から急激に熱いものが上ってくる。


「急に何!?」

「吐きそうだ、リビングから何でもいいから明日香さん、袋みたいなものとってきてくださらない?」


バタンッ!っと妹が部屋を出て勢いよくドアを閉める。

これが、『分かった!急いで取ってくる!』の返事である事を願いたいが…。

どうやらそうじゃないような気がしてならない。

分からない、女心…この行動は複雑な事を思い出させる事になったが…。

うっ…どうやら限界が来てしまったらしい。

その後、明日香は結局こないまま、なんとかトイレまで死ぬ思いで行く。

ベッドで横になった頃にはすっかり意識は飛んでいた。


ひと眠りついた。階段を降りてから、リビングに入るとそこには妹の姿は消え、母親が台所に立っている姿だけが見えた。

明日香はもう学校に行ったのだろう。

なんせ時間は十二時と大分深い眠りについていたらしい。


「母さん、おはよ」

「おはよ雄輝、もう寝なくて大丈夫なの?」

「うん、まだ少し具合悪いけどね」

「そっか、学校にはお休みって伝えておいたから、今日はもう寝なさい」

「はい?」 


学校ってもしかして姫野輪海高校の話をしているのだろうか。

姫野輪海高校は俺が転校する前に行っていた学校だ。


「あなた今日初登校だったでしょ?今日は金曜日だし次は月曜日、ちゃんと行くこと、いいわね?」


初登校…この言葉に思い返したくもないあの映像が脳裏に映りだす。

そして金曜日、俺の記憶の中では昨日が金曜日だったはず。

本来はどういう事なのか疑問に思うところだが、俺が生きているという事自体がおかしな話だ、何もかもが全て夢なじゃないかと本当に思えてきた。

しかし初登校から死ぬまでが全て夢だったとなるならば、あのリアルに感じた強烈な痛みまでもが現実には起こっていない事となる。

いやそれだけはありえない、あんな痛みが夢であっていいはずが無いんだ。

今俺ができることと言えば確かめることだけ…。


「母さんちょっと出かけるよ」

「ちょっと?あなた学校は?」

「今日は休む」


玄関まで走り、急いで靴を履き変え、扉を開けると「ゆう」という声だけが微かに聞こえたが、なりふり構わず外を出る。

これが夢じゃなきゃおかしいとしても、あの演出や痛みはとてもじゃないが夢とは思えない。

多少強引に休んででも確かめる必要がある程のよっぽどの事だ。

咄嗟に家を出たものの時間は少し余っていた。

更には急いで飛び出たため携帯や腕時計なんかは持ってすらいない。

路地を歩き続け、住宅街を抜けるとファーストフード店が左手に見えたのでそこに入る事にした。

偶然にも急いで出た時にポケットからチャリンという擬音が聞こえたため、何かと思い確認すると、小銭が数枚入っている。

恐らく大分前にコンビニで支払ったお釣りを、そのままポケットに仕舞い込んでいた時の残額だろう。

レジから聞こえたいらっしゃいませという接客の声を聞き流し、ワンコインで買えるバーガーを二つとドリンクを注文し、それを全て受け取ると空席を探し座る。

流石にこの時間帯、そして平日という事もあり、客はほとんど空席で座っているのは老人と携帯をいじっている主婦の二人だけである。

自分もその二人から離れた席に腰を下ろし、時計を確認しながらバーガーを片手に時間が経つのを待つ。

ゆっくりバーガーを齧り、ドリンクを飲んでいると、さっきまで空席だった場所では一人、二人、と次々に客が入ってくる。

バーガーを頬張りながらぼーっとしていたが、気付けばもう正午。

終礼までは残り三時間半程度の余裕があったが、何故かそこには焦りというものが沸き始める。

物事の整理が全くといっていいほど出来ていないせいか放心状態になっていたが、もしあの女が本当に実在したのだとした時の事を考えると気が気ではない。

何故彼女は俺を刺したのか、何故俺だったのか。

考えれば考える程、頭がパニックに陥りそうな疑問だった。

自分の中の脳裏では、普通の生活を送っている真っ当な彼女と同時に、心に闇を抱え、俺にナイフを突き刺した彼女もまたいる事が存在するのではないかと疑問視をしている自分もいる。

現実的に考えればこんな矛盾だらけの体験など、迷えば迷うほど馬鹿馬鹿しくなるが、ナイフに突き刺されたあの時の苦痛、そしてあの恐怖はしっかりと頭に刻みこまれていた。

あの痛みが夢だとするのならば恐ろしい事この上ない、この先不眠症になる事は間違いないだろう。

だが皮肉な事にも、この出来事を夢だと考えれば全ての辻褄がうまく合うはずだ。

あの痛みの出処は全くわからないが今は矛盾かどうかはっきりさせる事が重要である。

もしこのまま放っておけば、この合理的な世界から自分は頭がおかしいやつだと世間から認知され、手遅れだった場合この社会から抹殺されてもおかしくない。

今日はあの悪夢が起こった日と同じ金曜日。

それに悪夢の中で出た学校は、俺が転校する予定の高校名と全く同じ白木月見野高校。

ただし高校名は前の日、つまり木曜日に既に知っていたため、自分が夢で作り出した記憶から夢に出た可能性が多いにある。

今唯一問題視すべき点は、俺を殺したあの女がこの世界に存在しているかどうかを確認する事である。

俺はあの女の顔をはっきりと覚えている、夢とは思えないくらいに鮮明に。

透き通るような白い肌、春を想起させるような桜色の髪と眼。

制服越しでも目立つほどの豊かな胸。

そして俺を殺そうとする最中のあの眼は、人間とは思えないほどに冷たく、虚ろな目にへと変わっていた。

もしあの子が転校する先の学校にいないのだとするならば、俺が殺されたという出来事全てが夢だったと断言できる材料になりえる。

夢は自分の記憶を読み取りながら物語を作っていくという話を聞いた事がある。

すなわち彼女の顔を一切見たことない俺からしたら、会ってもいない未来に会うであろう人間の顔を先に夢で見る事はありえない事なのだ。

俺は予知能力も超能力も持ち合わせていないのである。

もし街中ですれ違い様に見たのだとしても、あんな完璧に整った容姿端麗の素顔を見れば忘れる筈がないだろう。

とにかくだ、俺がすべき事はさっきも考えたようにごく簡単で、彼女がこの世界で存在しているかどうか確認する事、たったそれだけである。

まあもし存在していたとしても彼女が本当にナイフを突き刺す人間かは分からないが。

俺の中でなにか非現実的な力が発揮し(主に予知夢のケースが高いが)、一度も見たことの無い実在する女の子を先見し、いかれた物語に彼女を勝手に巻き込んでしまっただけの可能性もあるという訳だ。

いや十中八九その可能性は無い、俺は正直な処彼女に夢の中で刺されてもなお、彼女と仲良くなりたかった。こういった危険な考えは本当に賭けである、やめたほうがいいだろう。

もし思い描いていた女の子が自分の学校で登校と下校を繰り返し、充実した学生生活を送っているのだとすれば、自分はその学校に行かないという選択が一番賢明であり、それが死というリスクを背負わない最善の選択肢と言えるだろう。

彼女と会わないという選択肢を選ぶという事は彼女が俺が殺されるという無くなるし、そうなれば彼女が殺人を犯したという事実も無くなるというわけだ。

そうなれば彼女にとっても、社会にとっても、自分にとっても不利益を生まない事になる。


それからも彼女について俺は一人あれこれと考えていた。

それが現実か非なるものか、どっちにしろ彼女が俺に与えた衝撃は圧倒的にでかい。

例えそれが夢の存在なのだとしてもそれは事実であり、真剣に考えなればならない事だ。

俺がやるべき事はただ一つ、彼女が存在しているか、存在していないか、ただそれを今から確認しに学校まで行くことである。


時間は午後の三時へと差し迫っていた。早めに行った方が彼女を取り逃さずに済むと思い、バーガーのゴミを空になった紙コップにまとめてゴミ箱に捨てる。

店を出た後、時計を確認しながら学校に向かうことにした。

午後三時十五分、学校の正門から二十メートルくらい離れた処にある電柱の裏にへと身を潜め、張り付く事に成功した。

ここからだと、警備員にできるだけ怪しまれないように学校から出てくる生徒を見張るができる。

たまたま見つけたこの電柱だが、時間的にも距離的にもかなりベストな立ち位置だと言えるだろう。

しかし流石元女子高という事もあって、男子高校生一人が電柱の裏で携帯をいじりながら、正門をこそこそ見ている姿を怪しんだのか、警備員がこちらの方を鋭い目つきでがん見して睨んでいる。

身長は百八十を超えた長身の男で、体格は大学にいる名門ラグビー部にいる選手くらいがっしりした体系の持ち主だ。

鋭い目つきで睨んでくるその顔つきからしていかにも職務全うしそうな真面目タイプである。

普通警備員といえば還暦を超えたおじいちゃんがやるべきものだと思っていたが、初登校の時に警備員の姿を見る機会が無かったため少し驚嘆してしまう。

このまま引き返して仕切り直しと行くことにするか考えたが、もう時間も時間だ。

あまり中途半端な時間にぎたせいで帰る事も出来ず、女子生徒が出るまではただただ携帯をいじる事にした。

時刻は三時四十分、ようやく一人の生徒が校門から出る姿が見えた。

警備員もこちらに警戒はしていそうではあったが、流石に二十メートルもある距離まで歩み寄って事情聴衆しに来る事は無かった。

しかし、眼が良い事もあってか、この距離だとはっきり生徒の顔一人一人をチェックする事が出来る。

とはいいつつ、あんな桜色の髪をした女の子なんて彼女以外実際に見たことはない、眼が悪くても見逃さずに済むはずだ。

それにそんな髪色はテレビでも少し見たことがあるくらいだ、他の学校でもそんな色をした女の子なんて滅多にいないだろう。生徒がまた一人、一人と出て行く。

高校生だという事で胸が発達している子はいくらか見えたが、あの桜田という女はこんなもんじゃない程にまで胸が盛り上がっているはずだ。

それに今は春であり、季節も季節、桜色を催すブレザーを着ている女子がほとんどである。夏服であるシャツを着ている女なんてどこにもいない。

だからこそ彼女の胸はより制服越しから見ても際立っていた。

胸をとっても、髪をとっても、目立つところばかり、彼女を見逃す事なんて絶対に無いはずだ。

それにしても桜色の髪だったという事が、今更ながらにも不思議に思う。

自分が好きな髪の色も桜色だからだ。

それにテレビで最近話題のゆうかりんも桜色、べ、別にアイドルオタクじゃないがゆうかりんだけは愛している。

最近の男なら誰でも桜色の女が好きな奴は多いはずだ、俺だけじゃない。

しかしそう思えばそう思う程、あの女の正体は自分の妄想なのではないかと疑いが深まる。

残酷な手を使い俺を殺した奴の顔はとても憎いが、悔しい事に彼女はスタイルも良く、髪も艶やかで、おまけに秀才だし、何より容姿端麗だ。

こうなるとやはり俺が作り出した妄想の人物である可能性が高くなる、ヤンデレは好きではないが。よくよく思い出すと顔もゆうかりんにそっくりだし…。

まあMっ気があると自覚する自分でも、流石にゆうかりんに殺されたいという願望は無い。 

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