第15話「臨時役員と、風紀委員長」

 ひょんなことから連休の初めを生徒会の仕事に使うこととなった義隆。しかしその仕事が入った二日間も無事に過ぎて、義隆は2連休を平穏に過ごした。そしてゴールデンウィークのすき間、1日だけの登校の日に入り、鈴之原高校には様々な表情の生徒が登校してきた。


「ふあぁ~…」


 朝の眠気が零れるあくびをかみ殺して、義隆もまた多くの生徒の波に紛れて登校してきた。


「お、よっす、義隆。どうやら無事に生きてたようだな」


 上り坂の途中で、三木宗助が義隆を見つけて声をかける。その後ろからは杉山佳花も追いかけてきていた。


「お前は生徒会の仕事を何だと思ってるんだ」


「おはよう義隆君、その様子だと、生徒会の臨時の仕事は無事に終わったみたいね」


「無事…とは程遠い気もするが、まあ進んでるよ。あとは臨時の役員がクラスから入るかどうか…」


 義隆がそんな事を呟くと、その言葉に何かを思いついたような顔をする宗介と佳花。そして下足室で上履きに履き替える最中に、二人は義隆に提案した。


「そうそう。実はその臨時役員の件なんだけど、私と宗介も立候補しようと思ってて」


「2人が?俺のあの反応を見ていて、か?」


「そりゃあ連休前の成田君だけをみてればそんな気も起きないけど、生徒会長さんの働きっぷりとかかっこよさを見てたら、何か手伝いたくなったのよ」


 そう述べる佳花の表情は、義隆には純粋な憧れに見えていた。確かに外面は間違いなく優秀な会長だ。何でもこなせて人当たりもいい、超人のように見えても仕方がない。


「…で、宗介はどうして?」


「オレは単純にそう言う手伝いしてたら出会いがあるだろうと思っ」


「よし、理由はわかったから取り敢えず会長に聞いてみるよ」


「おいっ!お前から聞いておいて話をぶった切るなよ!」


 思慮深いかのような素振りで我欲に振り切った動機を述べる宗介。そんな宗介の話を遮って、義隆は二人の事を岬に紹介するという予定を預かった。そして、そんな会話をしながら教室にたどり着くと、そこにはいつもどおりの畑中三美が座っていた。


「あっ」


 義隆たち3人が教室に入ってすぐに、三美は今までとは違う反応を見せた。いつもなら、席について誰を気に留めるでもなく本を読んでいた彼女が、いそいそと本を片付けて、義隆たちが席に着くのを待っていた。そして、義隆がいつもの隣の席に座り、準備をしていると、三美はそんな義隆の準備を持つように、じっと義隆を見ていた。


「…えっと、おはよう?」


 義隆は、入学以来朝の挨拶もままならなかった三美が自分をじっと見つめてきて、あまつさえどこか希望のようなものを込めた目を見て、恐る恐る挨拶を交わした。そして、疑問形ながらも挨拶を送った義隆に、三美は特に表情も変えず、ただコクリと頷いて


「うん。おはよう」


 と返した。


「あれ?畑中さん、何だか成田君と打ち解けてるわね」


 そう言って、一足先に今日の準備を終えた佳花が二人の所にやってくる。鞄を持って、教室の後ろの壁にあるロッカーにそれを直そうとした所で、二人の間を通って来た形になっている。


「あ、杉山…さん?」


「佳花って呼んでもいいよ?そしたら私は三美ちゃんって呼ぶことにするから」


「は、はぁ…」


 気さくに話しかけてくる佳花に少し戸惑いつつも、三美は彼女との会話を拒む様子はなかった。そして、鞄を直してすぐに、佳花は最前列にある自分の席に戻る、去り際に三美へ少し目配せをしたのは、三美も気がついていた。


「そういえば、今日は普通に教室に居るんだな」


「成田くんは、私を幽霊だと、おもってる…?」


「思ってない思ってない」


 義隆の何気ないセリフに、三美はほんの少しだけ眉を潜めて義隆に重い視線を送る。義隆は、なまじ畑中三美の能力のことを知っているだけに、その確認も含めた言葉のつもりだったが、存外に三美がこちらを見つめてくるものだから、どうフォローするか迷った。


「そういえば、ゴールデンウィーク中にばったり出くわしたけど、休みの日ってよく出掛けるのか?」


「ううん、あの時は特別。どうしても、歌の本が欲しかった、から」


 三美は、ゆっくりと義隆の質問に答える。思えば目の前の彼女は、鈴之原市で一躍話題になった人物“カナリア”だ。それが足繁く色んな場所に出掛けると言うのはなかなか難しいことである。


「そうか、もあるから、外出する時にこっそりと使うかと思ったけど、そんな乱用みたいな事はしないんだな」


「………」


「畑中さん?」


 義隆が、周りに悟られないように彼女の能力についてそんな事を話すと、三美はすぐに義隆から目を背けて、朝の眩しさを放つ窓の外を眺めた。


「…使ってるんだな、たまに」


「…使って、ない」


「月にどのくらい?」


「…使ってない」


「週にどのくらい?」


「なんで、範囲を狭めるの…?」


 義隆は、三美の言葉に含まれる音を感じ取っていた。三美が視線を外して話題をそらそうとする事で、義隆には帰ってその心の動きが聞き取りやすかった。そして、おおよそ彼女が自分の能力を何に使っているのかに気付き、諦めたように呟く。


「…まあ、たまに休みに人目につかない程度で使うのなら、それ以上健全なことはないだろう」


「何も、言ってない、のに…」


 義隆が少しわざとらしく零すと、三美はビクッとハネて、義隆にあからさまに怪訝な表情を向けた。いたずらがバレた子どものようなその反応に、義隆は、自分の周りの人間がそういう反応を頻繁にしてる事を思い出した。


「けど、悪いことをしてるわけじゃなさそうだから、俺も余計な詮索はしないでおくよ。なんか歌のことと言い、俺は畑中さんに探りを入れてばかりだな」


「うん、びっくりはするけど、私は成田くんの、そういうのは、気にしてないよ」


「そうかい。あ、そういえば…」


 義隆は、先程の佳花と宗介との会話を思い出した。生徒会の臨時役員の件、三美が生徒会長を忌避してるような素振りは何度も見ているが、以前のように何かがあった時に、生徒会室が避難口になる事を考えたら、もう一度くらい検討してもらうのもアリなのではと考えた。


「生徒会の臨時役員、一度考えてみないか?もしこの間みたいに迷惑な人が来た時に、生徒会の名前が出せるから、より安全なんじゃないかって思うんだが」


「うーん…」


 三美は、改めての義隆の提案にいい顔はしなかった。義隆としても、三美が生徒会長のあれやこれを気にしている事は分かっている。ただ当の生徒会長もまた、三美の事情については理解者の方であると義隆は思っていた。


「…成田くんが、言うなら、ちょっとだけ考えさせて」


「…わかった、まあ無理のない範囲で考えておいてくれ」


 三美はしばらく考え込んで、ほんの1歩分譲歩したような返答をした。もちろん三美が、まだそこまで前向きではないことは義隆にもわかる。だから、義隆はあくまで三美に判断を譲って、その事についてはそれ以上何も言わずに、朝のホームルームを待つことにした。


………


「あら、クラスの生徒は良いとして、畑中さんも?」


 連休の中日にある平日の授業も普段通りに終わり、義隆はひとまずクラスメイトの臨時役員志望の話を岬に持っていくために生徒会室へ赴いた。当然というべきか、そこには岬と朝陽がいて義隆はすっかり馴染んでしまった生徒会室で話を進めていく。


「ええ、まだ決心した感じではないんですが、今までよりは前向きでしたよ」


「ふーん、ちょっと…と言うか、かなり意外ね。畑中さんならてっきり躊躇うと思ってたのに」


 岬はそう言って自分の机に戻っていき、書類の森の中から何らかの用紙をを2枚、義隆に手渡した。


「それじゃあこれ。臨時役員希望生徒のクラスごとの名簿。学年とクラスと学籍番号、あと名前を入れてくれたら私がその人たちをチェックすることにするわね」


「わかりました」


 義隆は岬が用意した2枚の紙を受け取って、会議用テーブルで指定された情報を書いていく。そして宗介と佳花の名前を書き出して、いったん筆を止める。


「さすがにあいつらの学籍番号はよく覚えてないんですけど」


「かまわないわよ。何ならあとでもいいし、クラスと名前がわかるだけでもすぐ調べられるから。ね、朝陽」


「そうだねー。入学した生徒の資料なら生徒会室も管理してるから」


 生徒会室でまったりと湯飲みのお茶を飲んでいた朝陽は、そう言うと資料が収められている棚にツカツカと歩いていき、鍵を開けてから、中にあった一冊のバインダーを取り出した。


「その1年生の名前は何ていうの?」


「えっと…三木宗介と、杉山佳花です」


「えっと…うん。2人ともちゃんと資料があるよ。だからクラスと名前をもらえればあとの情報はこっちで補完しておくね」


 朝陽の説明に、義隆はひとまず自分と同じ学年、クラスの情報を書き込んで、それらを岬に返した。


「畑中さんは…書かなかったのね」


「さすがに本人が決めてないのに書くのは…」


「了解。じゃあ今度私から参加の意思を確認しておくから。また増えそうだったら私に言うか…あとこの用紙を少し持っていっちゃってもいいわよ」


 そう言うと、岬は先程義隆が書いていた名簿用紙を十数枚ほど取り出す。いったい何クラス分集計させるつもりなのかと言う疑問も浮かんできたが、まずはその束を受け取ることにした。


「さすがにこれ全部は難しいですが、聞けるだけ聞いてみます」


「ええ、助かるわ」


 臨時役員の話が一段落して、これまで静かに見守っていた朝陽がポンと手をたたく。


「さてー、それじゃあティータイムを…」


「まったく…朝陽、今までそのタイミングを見計らってたわね?」


「ティータイムがない会議は会議とは呼ばないって偉い人も言ってたと思うよ」


「相変わらずの3時のおやつ信者だこと」


 朝陽の思いつきにも近い提案に岬がやれやれと肩を落とす。義隆もどちらかといえば岬側について、朝陽の断言に苦笑した。そして、朝陽主催のティータイムが始まろうとした矢先、またゴールデンウィーク前を思わせるノックの音が生徒会室に響いた。


トントン


「あら?」


 ノックの音にいち早く気がついたのは岬だった。そして、遅れて気がついた義隆は引き戸の向こうに目をやった。


 そこには、今までに見覚えのないシルエットがあった。ずいぶんと小柄で、何よりも目を引いたのは、両サイドに伸びる細くて長いツインテールだった。


「お客さんですね」


「ええ。お客さんよ。開いてるから入ってちょうだい」


 岬の声に、向こう側のツインテール…もとい、生徒はドアを開けて中に入ってきた。岬や朝陽に比べるとかなり小柄な少女。そして、細く艷やかな白銀の髪とツインテール。制服を着ているその人物は、義隆が今まで見てきた生徒たちとも違う、新しい人物だった。


「休みは楽しめたのかしら、会長さん?」


「まあね。おかげさまで業務がはかどったわ」


「それは何より。岬が回してくれた部室監査、無事に終わったわよ。はい報告書」


 小さな少女はそう言うと、クリアファイルにまとめられた10枚そこらの書類を岬に手渡した。岬は受け取ってすぐにその中身を確認して、たまに眉を吊り上げたりしながら一通り目を通した。


「助かったわ。今回もまた親衛隊のお仕事?」


「まあね。勝手にやってくれるのは助かるわ。私怨が混じらなければもっといいのだけれど…」


「あの…」


 二人の意味ありげな会話を聞きながら、義隆は話に入るかどうか迷っていた。取り敢えず何かを聞こうと思い声を発するも、先が続かない。そしてそんな葛藤を抱えていると、給湯室からお茶とお菓子を持った朝陽が現れた。


「あっ、楓子ちゃんも来てたんだ。じゃあ一緒に休憩する?」


「朝陽、相変わらず強制ティータイムを敢行してるのね。鷲羽先輩に何回も怒られてたって言うのに」


「まあまあ、今は先輩も居ないから、私たちが生徒会室の役割を決めていいんだよー」


 3人の会話を部屋の隅で聞いていた義隆。どうやらこの小柄な人物は同級生では無いのだろうと考えた。岬や朝陽と同じ目線で話しているというのもまた、上級生であるかのような印象を残している。そんな推理をしていた義隆に、ツインテールの少女が気づく。


「あら、今年の臨時役員かしら?見覚えもないし…あなた、1年生よね?」


「あ、はい」


「そう言えば、楓子は成田君が入ってきてからまだ話してなかったわね。成田君。彼女は竹久楓子、私達の同級生で、現在の風紀委員長よ」


「風紀委員長ですか?」


 岬の紹介に、義隆はもう一度ツインテールの彼女…楓子の方を見る。小柄であることと風紀委員長である事が意外だという表情をわずかに見せたが、ここで初対面の相手にそんな雑念を悟られては心象も良くないと思い、こらえるように口を結んだ。


「始めまして。3年クラスDの竹久たけひさ楓子ふうこよ。今岬が言った通り、風紀委員長をしているの。生徒会とは今後よく交流をすると思うから、まあよろしく」


「あ、1年クラスAの成田義隆です。ちょっとした縁で生徒会を手伝ってます」


「成田君ね、覚えておくわ。ところで…」


 楓子が義隆を確認してすぐ、楓子はゆっくりと義隆の正面直ぐ側まで近づいた。義隆はやや見下ろすような状態で楓子をみることになり、彼女が見せた先輩風の吹く笑顔に、どこか緊張感が走った。


「あなた、今さっき岬が同級生って紹介した時に一瞬私の頭のてっぺんを見たわよね?まさかとは思うけどこんな小柄な人が最高学年?なんて思ったわけじゃないわよね」














「オモッテナイデス」


 義隆は、何とか表情や視線を変えずに冷静に誤魔化した。少しでもあの笑顔をにこやかだと思っていたら絶対に何処かに反応が出ていたと思った義隆は、どうにか否定の言葉で切り返すことに成功した。


「はぁ…ねぇ岬。こんなを置いてていいの?それに彼だし、なんか頼りなさそうだけど?」


 岬に振り返り、義隆が努めていた事を全て看破して話す楓子。義隆は、あまりに自然すぎる楓子の話しぶりに、息の止まる心地がした。


「そんなにいじめてあげないでよ楓子。あなたと会う人はだいたい同じ反応をするんだから、今さら取り繕われても呆れるだけでしょ?」


 岬のフォローに、義隆は詰まっていた息が少し抜けた。つまり、楓子の先程の尋問は、今までに何度もあった事であり。今義隆自身が見抜かれたわけではないことを語っていたのだ。


「…そういう事よ、成田君。別にあなたが私のことを子どもみたいだと思ってても、それはもう言われ慣れてることだから隠す必要はないわ。まぁ他の考え方をしてたのなら聞いてあげてもいいけれど?」


「…はぁ、失礼しました。変に取り繕うようなことをして」


「結構。風紀委員のクセでね、人の動きの機微を見ることが多いから、そのついでだったのよ」


 楓子の謝辞に義隆は乾いた笑いを零した。自分も人の考えを読むことは多いが、改めてこうして詰め寄られると、確かに何かを隠そうとは思わなくなる。楓子のこうしたクセは、生徒の考えを探ったり態度を改めさせる立場においては武器になるだろう。


「さて、それにしても岬」


「なに?」


「あなた、今日…と言うか最近元気そうね?」


「そりゃ、学校で落ち込んでなんていられないもの」


「そうじゃなくて………」


 義隆との挨拶の後、楓子は岬の様子を窺ってそんな話を始める。当然のことのように岬は答えるが、楓子はまだ疑問の晴れないような表情を残している。


「それに、朝陽も何だか前に比べてツヤツヤしてるような…」


「そうかなー?岬ちゃんが元気だって言うのなら、私はそれで安心してるからかも?」


「うーん………」


 楓子は更に朝陽にも向かい、朝陽の顔を見てそんな事を口にする。朝陽は自覚は無かったが、楓子が岬を評した事について言及し、何処か元気な理由は岬の調子の良さにあるのではないかと結論付けた。


 だが、楓子の顔は未だに何か晴れない曇りをまとったような表情で義隆を含めた三人を見て回っていた。そして、しばらく考えた後に、楓子は義隆と岬の顔を交互に見合わせた。


「………あ」


 そして、義隆と岬、二人の顔を見合わせつつ時折朝陽に視線をくれていた時、ふと声を漏らした。しかしその声は続きを語ることもなく、楓子は何かに納得したようなニヤリ顔をした。


「な、何よそんなスッキリした顔をして?」


「いいえ?たださっきの彼に対する評価は訂正しておくわ。気になるところはあるけれど、取り敢えずは岬が見込んだ人物だと言うことにしておきましょう」


「何を………あっ!」


 楓子が意味深にも義隆の評価を改めた事に、岬はハッとして書類の山が跳ね上がるほどデスクを叩いてすっくと立ち上がった。


「楓子!違うからね!?何を勘違いしてるか分からないけど、とにかく違うわよ!?」


「別に?何も言ってないし何も勘違いなんてしてないわよ。私はただ成田君の評価を改めただけ。そんなにうろたえないでちょうだい」


「あなたがそういう怪しいことを言うときは決まって何か察したときだってわかってるんだから。とにかく成田よしたか君は1年生の連絡役として入ってくれた人材なんだから」


 一気に怪訝な表情になる岬と、含みのある笑みを見せる楓子。その様子を見ていた朝陽は自分で用意したお菓子を嗜んでいたし、義隆はこの緊迫した空気にまた息を浅くしていた。しかし、そんな口論も楓子が背中を向けたことですぐに終わる。


「取り敢えず、部室利用の件だけで来たわけだから、今日は帰らせてもらうわね。どうせ春風祭のために人員の確保もしないといけない訳だし」


「…えぇ、なんか納得は行かないけれど。私たちも春風祭の配置や進行は纏めておくから、受け取る準備はよろしくね」


「ええ、存分にこき使ってちょうだい。生徒会長さん」


 そう言って、楓子は出口のドアに手をかける。そして、一歩廊下に出て、外でスンと立ち止まる。静かに、しかし確かに不敵な楓子の様子に、岬は恐る恐る声を掛ける。


「どうしたの?」


「いえ、最後に気になったのだけれど、あなたって?」


ガラガラガラ………


 顔半分だけ振り返り、口元を緩めて愉しそうに笑いながら岬にそう言い残した楓子は、そのままドアを閉めて生徒会室から去っていった。少しの静けさが生徒会室に立ち込めて、朝陽がお菓子を食べるサクサクとした音だけが響く。そして、事の意味に気がついた岬はすぐに生徒会室のドアを勢いよく引き開ける。


「っ!!!」


 生徒会室が面する廊下に、既に人の気配はなく日陰の冷ややかな風だけが通り抜けた。岬は盛大に肩を落として生徒会室のドアを閉めて、トボトボと会長のデスクについた。


「あぁぁぁぁーーー〜〜〜〜〜…………」


 椅子の背もたれに身体を預けて、盛大に背中を反らして天井を見た岬、その口からは咆哮の様なため息が漏れて、義隆はそんな生徒会長のくたびれた姿に驚いて身構えた。


「あさひぃ〜、なんか私、今年はとんでもない失敗をしそうな気がするぅ〜…どうしよう…」


「ふふー、いっそ視点を切り替えて、そんな失敗があってもいいって考えたら楽になれると思うよー」


「そんなぁ〜…合唱部だって春風祭だって受験だってあるのに、どれも失敗はできないわよ〜…はぁ、ほんとに辞めたい…」


 今までの凛々しい会長がすっかり萎れて、義隆があの登校日に見た以来の、弱音多めの岬を改めて確認する。


「会長、一応俺もいるんですけど、そんなスイッチ切っちゃっていいんですか?」


「んー?そうは言っても、義隆君はこの秘密は知ってるから、今さら取り繕ったって良いことはないわよ」


 机に積まれた書類の中から、手だけをヒラヒラさせて義隆に返す岬。いっそ清々しいその様に、義隆も何故か緊張は解けて、ようやく朝陽が出してくれたお茶に手をかけた。


「あー、まだ印刷関係で挨拶回りするところの割り当てとか原稿とか、手放せない仕事はあるのにぃ…もうやだぁ…」


「印刷…新聞…」


 岬の弱音に混じる次の仕事の話、それを聞いて義隆はそれらの言葉を頭の中で反芻する。誰かがそれを代わりに受け持つことができれば、ここで仕事に打ちのめされている岬にも余裕が生まれるかもしれない。そう思った時、義隆は一つの考え…いや、賭けに近いアイデアを思いついた。


「会長、その広報の事なんですけど、試してみたいことがあるんです」

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春のうららの 黒羽@海神書房 @kuroha_wadatsumi

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