第12話「朝陽と、生徒会のお仕事」
「さて、とりあえず今日は10か所を回るわけなんだけど…」
そこまで行って、岬と朝陽はスマートフォンを取り出す。
「今日と昨日で回ろうと思ってた場所には、メッセージと電話で連絡をしてたのよね。なので今から行けるのは…6か所ね」
二人はメモらしきものを見ながら、これから行く場所を品定めしていく。岬によると、午前中の行先は主に新聞やメディアであるらしく、地元の新聞の名前やテレビ・ラジオなどの名前を列挙していく。
「とりあえず、鈴之原ケーブルテレビと
「多いですね。シンプルに」
「そうね。張り切りすぎているわ。私たち以外が」
岬は不満げながらも出された難題に向き合うようにスマートフォンを片付けた。
「とりあえず、まずは手分けしてケーブルテレビと新聞社に行きましょう。事情を知ってる私と朝陽が二手に分かれるとして…義隆君はどちらかに同伴と言うことで」
「どちらかにって…」
岬の提案により、テレビ局か新聞社のどちらかに行くことになる。しかし高校に入って間もない内にそんな大げさな二択を迫られても、義隆には判断が付かない。ましてや義隆は引っ越してきた身であり、その選択の難易度も一際高い。
「さすがにいきなりどっちに…って言われても、成田君には難しい選択かなぁ」
「そうね…それじゃあ少し選びやすくしましょう」
「選びやすく?」
そこまで行って、朝陽と岬はひそひそと相談をする。そしてすぐに相談は煮詰まったようで、岬から改めて選択肢を提示された。
「それじゃあ私は新聞の方に行く、それで朝陽はケーブルテレビの方に行く。だから、私か朝陽か、どちらかについていくってことで決めてちょうだい」
義隆は、岬なりの気づかいなのだろうと納得したが、これはこれで妙な選びづらさを感じていた。
新聞社に向かうのなら、岬と行動を共にする。会長の先導は心強いが、今までの自分の扱いや行動の事を考えると、道中で何を言われるかは不安である。
ケーブルテレビに向かうのなら、朝陽と共に向かう。それは義隆にとっては希望半分不安半分でもある。昨日の夕方の件があり、この大中朝陽と言う先輩も侮れない事は間違いない。
「うーん…それじゃあ、ケーブルテレビに同行します」
そうして、少ない時間で考えたのは、朝陽と同行するという選択だった。その主な理由は、岬なら一人で交渉が出来るし、本来の岬は間違いなく頼れる先輩である。それなら岬は一人で十分に仕事をこなせると考えて、自分は落ち着いて朝陽と行動を共にしようと考えたからだ。
「じゃあ成田君は私と同行だねー」
「ぐぬぬ…」
朝陽が義隆の側に付き、岬はなるべく表情に出ないように口元を歪めていた。当の義隆はと言うと、そんな二人の表情の探り合いに興味を持つような余裕もなく、ただただ自分が足手まといにならないかどうかの心配をしていた。
………
「それじゃあ、結果が分かればスマートフォンで連絡するか、集合したときに報告ってことで」
最初のスケジュールが決まった事で、岬はこの後の連絡だけしてすぐに目的の場所へ歩き出した。朝陽は、ひらひらと手を振りながら岬の背中を見送り、そして義隆に向き直った。
「さて、それじゃあ私たちも出発しようね。岬ちゃんが進んだ場所とは一つ離れた路地から進んでいくよ。歩いて10分ぐらいかな?」
「はい、よろしくお願いします」
そこまで行って二人は駅前から出発していく。以外にも速足な朝陽の先導で、二人は朝の町中を歩いていった。
………
鈴之原市本町、駅に隣接したこの場所の朝は、ここを目指して通勤してくる人で騒がしかった。市の中枢と言う事もあって、フォーマルに身を包んだ大人が多くみられる。
「実は、私と岬ちゃんのいた北部瀧中学校って、この本町の方が近いんだよ」
「そう言えば、瀧町って鈴之原の中心部にありましたね」
鈴之原市の地理にまだ疎い義隆にとって、朝陽のそう言った会話は土地勘を得るにはちょうどよかった。
「そうだよ、だから本当なら近いのは鈴之原学園の方なんだけどね、岬ちゃんは合唱を続けたかったから、ちょっと離れてでも鈴之原高校に行くって言ったんだよ」
「それで、大中先輩もついて行ったんですね」
義隆の答えに、朝陽は静かに首を横に振った。
「ううん?私からついていったんじゃなくて、岬ちゃんが引っ張ってくれたの」
「生徒会長が?」
「うん。岬ちゃんがね”朝陽は絶対にピアノを止めちゃダメだから、私がピアノを続けさせるんだ”って、中学3年の時に、私に息巻いてきてね。学力的には特に問題はなかったから、岬ちゃんのその勢いに押されて、途中まで鈴之原学園だったけど最後の最後で進路を変えちゃった」
「生徒会長…どれだけ大中先輩を離したくなかったんですか…?」
朝陽から語られる岬のエピソードに義隆はどういう顔をしていいのかわからずに突っ込むことしかできなかった。しかし、そんな義隆の返しに、朝陽はまたも首を横に振る。
「ううん。多分、私がピアノから身を引くのがホントに嫌だったんだと思う」
「ピアノから身を引く?」
少し神妙な朝陽の言葉に、義隆は言葉を止めた。
「私ね、今もレッスンは続けてるし、小学校・中学校ってずっとピアノをしてて、コンクールにも必ず出場してた。でも賞レース?って言うのは私は苦手で、頑張ったコンクールでも2着と言うか銀賞と言うか…とにかく”すごいっ!”って言う感じの結果は残せてなくてね」
「それは…俺たちから見れば、それだけの順位になるのもすごい事ですけど…」
「そう、みんなはそう言ってくれる。先生もそう言ってくれるよ。ただ、やっぱりずっとそう言う中途半端な順位ばかりだと、どうしても申し訳なくなっちゃうでしょ?」
「………」
朝陽からの問いかけに、義隆は肯定も否定も交わせなかった。
「だから、高校に上がる時にピアノも一旦お休みしようかなって思ってたの。少し休んで、それでピアノから手が離れればそれまで、またやりたくなれば…って考えてたらね、岬ちゃんからさっきのセリフを力強く言われちゃって」
「会長の言葉って、そう言う意味だったんですね」
「そう、それで、やめちゃおうって言う私の気持ちは岬ちゃんが全部ポイ!ってしてくれて、私は岬ちゃんに言われるままにピアノを続けることになりました」
朝陽は、少し吹っ切れたように義隆に向かってそう言った。義隆には、大中朝陽と言う人物の表情がどこか煮え切らない、何かを押さえた表情に思えていたが、今その瞬間の朝陽のさっぱりした表情だけは、間違いなく自然だと感じた。
「意外だった?いつもニコニコしてる先輩のこういうお話は?」
「意外…ではありましたけど、少し安心しました」
「安心?」
「いつも楽しそうに笑ってましたけど、なんか不安と言うかそう言うのもうっすら感じてたので」
義隆の反応に、朝陽は少しいたずら気味に義隆の側まで近づいた。
「ふふー。成田君って時々するどいからねー、迂闊に秘密を作れなくて、先輩としても困っちゃうよー」
「そうやって茶化して…」
「まあでも、こういう話をするのは成田君とか岬ちゃんだけ。もちろん他の人にはそんな弱音は言ってられない。だって、3年生だからねー」
そう言って、自信ありげに自分の事を話す朝陽、一息ついて自分を3年生だと言った時の朝陽は、普段と変わりない朗らかな笑顔に戻っていた。
………
「さて、そろそろ到着だよー。この商店街の角にあるのが、鈴之原ケーブルテレビ」
朝陽の案内でやってきたのは、ガラス張りのスタジオがある小さなテレビ局だった。
「おはようございます。私立鈴之原高校の生徒会です」
「おはようございます。鈴之原高校さんですね。どうぞ奥へお入りください」
朝陽がエントランスで事情を伝えると、受付の人は直ぐに把握したようで、二人に奥へ進むよう促した。
「いやぁ始めまして。スタジオの責任者になります」
「はじめまして、本日はお忙しい中お時間を頂き感謝します」
朝陽がそつなく会話をこなすと、責任者の男性に会議室へと案内される。そして、三人が席に着くと、まずは朝陽から話を進める。
「それで今日のお話しなのですが…」
「あー、鈴之原高校の春風祭の事だね。話は聞いてるよ。色んなところに挨拶に行くなんて大変だねえ」
責任者の男は、朝陽の開口一番の依頼に、話を先回りする。
「それで、ここでの放送に宣伝を挟んて欲しいってことだったね?」
「はい、お願いできませんでしょうか」
男は朝陽のお願いに、少しだけ口元を緩めさせた。
「事情は分かりました。それなら来週の何処かの日に収録した告知を番組で流すことにしましょう」
「ありがとうございます」
責任者の男性はそう言って了承を取ると、自分の紙の手帳を開いてスケジュールの様なものを確認している。そして一区切りついた時、朝陽と義隆が思いもしない提案をした。
「そうだ、ちょうど二人いてその上制服で来てくれてる事だし、今日その告知の映像撮っちゃってもいいかい?」
「えっ?今からですか?」
男性の提案に、朝陽が先に口を開いた。
「そう。一人だけだと絵面も寂しいから誰かもう一人用意してもらおうと思ってたけど、今日はちょうど二人いる事だし、この際撮っちゃった方がその放映も早くできるからさ」
「う~ん…」
男性の言葉に悩ましげな声をこぼしたのも、また朝陽だった。義隆はと言うと、終始言葉に耳を傾けて、特に問題は無いような気がして朝陽の判断を待っていた。
「成田君はどう…って、すっごい真顔だね」
「まぁ、その方が効率的だな、と」
「まあ、そうね…うん」
義隆のさっぱりとした返答に、朝陽は自分の悩みが小さなものに見えて、納得をする事しかできなくなっていた。
「わかりました。それなら、その告知の映像を撮っていただけますか?」
「あぁ、わかったよ。ちょうど今収録の隙間だから、すぐに準備しておくよ。それで、とりあえず君たちで読む原稿をまとめててくれるかい?」
「はい、よろしくお願いします」
朝陽のお礼に義隆も「よろしくお願いします」とつづいて、男性はいそいそとスタジオの方に進んでいった。朝陽と義隆は、会議をしていた応接間に残り、二人で原稿の相談をしていた。
「はぁ、こんなにとんとん拍子で話が進むとは思ってなかったよー」
「運がよかったんじゃないですか?後日とか言われてまた休日に改めて出るよりは」
「まぁ、それもそっかぁ…」
義隆は朝陽と会話をしながら、彼女の表情に目をやっていた。生徒会室で見ていた、いつも穏やかな表情を浮かべる彼女とは違い、急な提案にうろたえたり、話がまとまって安心したりと、普通なら見る事のない様々な表情の朝陽が、義隆の目には珍しく映った。
「じゃあ、とりあえず基本的な原稿は私が書くことにするね。さすがに義隆君はまだ春風祭初めてだし」
「その分、読むのぐらいは任せてください」
義隆の言葉に、また安心した表情を見せた朝陽は、その場でノートを開いて、告知分の草案をササっと書き上げた。
そこからの作業は非常にスムーズで、男性がスタジオの状態を整えて、朝陽の原稿を端的に構成し直し、収録時に読めるように書き出す。義隆と朝陽が番組セットの席について、原稿が読めるかどうかを確認する。いざ収録して、朝陽も義隆も読み間違えたり噛んだりと苦戦しながらも、およそ1分の告知映像の収録は、開始から30分程で終了した。
………
「それじゃあ来週の平日にこの映像を差し込んでおくから、また大中さんには事前に連絡を入れさせるようにするよ」
「今日は急な訪問にもかかわらず、対応ありがとうございました」
「あぁ、春風祭頑張ってね」
男性と朝陽がそんな挨拶を交わして、義隆と朝陽は深々とお礼をしてから、テレビ局を後にした。
「お疲れさまでした、大中先輩」
「いやぁ、予想外だったねー」
朝陽はそう言って頬を掻く。義隆はと言うと、先ほどの収録で7:3の分量で読み上げていた原稿が、音となって自分の頭の中に残っており、妙に集中できない状態が続いていた。
「何はともあれ、テレビ局のお仕事はこれで終わり。時間は…まあ予定通りって感じかな、岬ちゃんだったら、こういう仕事もすぐ終わらせてそうだし」
「やっぱり生徒会長ってすごいんですね」
朝陽の心配なさそうな言葉に、義隆は吉岡岬と言う人物が何でもこなす超人のような人であると改めて認識する。
「そうだよー、岬ちゃんは面倒見がよくて、何でも自分でやろうとする。あらかたの事は出来ちゃうからそんな岬ちゃんには信頼が集まる…だけど」
朝陽がそこまで行って少し間を置き、少し淋しそうな顔で話をつづける。
「だけど、何でも一人でやっちゃおうとするから無理もするし、負担も大きくなって、あんな感じで私にだけ甘えちゃうんだよ」
朝陽の嬉しそうな、そしてどこか淋しそうな表情に、義隆は岬と交わしている「岬の裏の顔を秘密にする」と言う事の意味を少し深く考えた。
「でも、そう言った意味でも成田君が来てくれたのはいい事かな。これからも生徒会に3年生に、そして合唱部に忙しくなるから、本当に私だけが気の休まる場所になっちゃったら、それはもう大変だったと思うから」
「と言っても、俺には秘密を守る事しかできませんけどね」
義隆が自虐的にそう言うと、朝陽は義隆の顔をはっきりと見て、また少しだけ自然な笑顔できっぱりと一言答えた。
「それで、いいんだよー」
………
「それはまた災難と言うか、幸運と言うか」
朝陽と義隆が駅前に集合したとき、岬はすでに到着していた。行きがけには持っていなかった紙袋を持っており、そこには新聞社であろう印が付いていた。そして義隆と朝陽の話を聞いて、意外そうな驚きの顔を浮かべていた。
「岬ちゃんも、私たちが終わったぐらいのタイミングで連絡してくれたからね」
「ええ。とりあえずその場で原稿を書き上げて渡したら少しの手直しで通っちゃった。あとついでに新聞をサンプルで一つ二つもらっておしまい。予想以上にすんなり終わったわ」
岬は手をひらひらさせながら、手応えなさそうに話をする。
「しかし…朝陽と義隆君がテレビにねぇ…それはそれで見ものだわ」
朝陽たちの話を聞いて、岬は興味深げにその話題をする。
「朝陽って、私が何もしてない時にも私と一緒にいるから、他の人と仕事してるのって珍しいのよね」
「そうだねー。結局クラスEでも合唱部でも、岬ちゃんと同じ場所にも居ることが多いからねー」
岬と朝陽の話を聞きつつ、義隆は朝陽に同行していた時の色々な話を思い出す。快活で少し強引な彼女にも、色々な苦労があると言うことが遠回しに理解できて。義隆は自分の目に映っている生徒会長に、改めて尊敬を感じた。
「さて、今度は雑誌社を2つ回るんだけど、今度も私と朝陽が二手に分かれることにしましょう」
「いいよー。あ、そうだ」
二手に分かれるという話をしてすぐに、朝陽が何かを思いついて話し始める。
「このあとの予定の“芸術の友”の方なんだけど、私が行ってもいいかな?」
朝陽は、次に向かうであろう雑誌社のうちの一つを指名した。義隆は、その名前に聞き覚えがなかったので、朝陽に事の次第を質問する。
「その”芸術の友“って?」
「文字通り、芸術関連の書籍を発行してる所だよ。実は中学からちょくちょくここの記者さんにインタビューを聞いてもらってて、多分私から依頼をしたら少しはスムーズに進むと思う」
「それなら芸術の友社は朝陽に任せてみるわ。と言うことで、義隆君は今度は私と同行してちょうだい」
「今度は選択権なしですか」
朝陽の申し出を承諾した次の口で、岬はさも自然であるかのように義隆を自分の側に引き入れた。
「まあまあ、今回は朝陽の方が頼りになるみたいだし、今度は交代で行きましょ。それに、私の仕事ぶりをちゃんと見ていてもらわないと。生徒会長の継承はさすがに無理でも、頼れる秘書にはなれるだろうし」
岬はそれらしい事は言っていたが、彼女の少し早口な言い回しが、義隆には、本当の目的を隠すためのメッキのように感じられた。ただ先輩の大義名分もまた一里ある上に、ここで岬の話を聞いておきたいと思う気持ちもあった。
「わかりました。じゃあ今度は生徒会長に着いていきます」
「決まりね。それじゃあ今度は12時頃に同じく駅前に集合と言うことで」
岬の集合の時間を合図に、三人はまたそれぞれの目的地へと進んでいった。
………
昼を前に、駅前は人が増えてくる。ましてやゴールデンウィークの始まり、あたりは様々な人で賑わっていた。
「鈴之原市って、意外と人が多いんですね」
「まあ、駅周辺はまさに中心部だからね。お仕事しかり、レジャーの行き来しかり、人の往来は多いと思うわよ。そういえば義隆君は鈴之原に越してきたって言ってたわね」
「はい」
「前はどこに?」
「
岬は、その場所がどんな場所であるかは知らなかったが、義隆の口ぶりのわずかな特徴から、質問を重ねる。
「でも、意外と…って言う言葉が出てきた感じだと、その蓮華坂ってもしかして大きい街だったりするのかしら?」
「それは分からないですね。旅行で行った東京と比べたら、堂々と言えるほど大きい印象はありません」
「それは東京と比べるのが間違いなんじゃないかしら」
「ん?」
「ん?」
義隆の謙遜ともつかない言葉に、岬は義隆の事を見誤る。珍しく岬が真っ当に義隆に物を言う様子に、二人とも一瞬首を傾げた。
「それはさておき、生徒会長」
「なに?」
「今の様子だと先輩たち二人で挨拶回りをしてるような気がするんですけど、俺には何か仕事を頼まないんですか?」
「あーそれね」
義隆は、テレビの件があるとはいえ、先導する二人の先輩に着いていくままで、自分から何か仕事をしているような気がしなかった。しかし、義隆の焦りを知ってか知らずか、岬はすぐに答えを返した。
「心配ないわよ。午前中はお仕事の見学。何も知らずに義隆君一人にこの仕事を任せるわけにはいかないからね。だから、お昼が終わったら、改めて義隆君には個別に挨拶回りを任せるつもりだったのよ」
「なるほど、それでこうして会長の交渉を見に行くわけか…」
義隆は、目的地を目指しながら歩いていく岬が持っていた、新聞社の紙袋に視線を落とした。よく見ると、新聞を分けてもらったにしては重厚そうに揺れており、新聞のような紙束一つだけとは思えない、重みのある揺れをしているように見えた。そして、あまり距離を取りすぎないように、と言うつもりで岬の隣に来て、紙袋の中を見る。
数冊のバインダー。それも、書類をしっかりと蓄えた厚みのあるバインダーが入っており、一目でそれが軽々しく運べるような容易いものではないとわかった。
「会長、よかったらその紙袋持ちましょうか?」
「へっ?」
いつの間にか隣にやってきていた義隆からの申し出に、岬は少し驚いたような声を発した。
「あぁこれね。今日明日のお願いに使う資料だけど…まあせっかくだしここは任せようかしら。落としたりしないようにね」
「肝に銘じておきます」
岬からの少し圧のかかった言葉に、余計な緊張を走らせつつも、岬はずいぶん重みのある紙袋を義隆に渡した。
持ち手の紐からそれなりの重量を感じた義隆だったが、そんなに困らない程度だとすぐに悟って、岬と同じように持ち運ぶ。
「ありがとね。侮れない重さだったから助かったわ」
「確かに、侮れない重さですね」
岬は、荷物から解放された左腕をぐるぐると回しながら義隆にそう言った。義隆はと言うと、岬が言ったことを自分の右手でハッキリと感じつつも、多少の余裕を残して岬からの預かりものを大事に運んでいった。
………
「では、後日写真をいくつかと原稿を送りますので、よろしくお願いします」
岬たちの二軒目の仕事もまた、1時間しないうちに終わり、二人は程なくして目的だった雑誌社を後にした。
「編集担当の人、嬉しそうでしたね」
義隆は、面談を担当した女性の事を岬に聞いた。
「あの人、鈴之原高校のOBだったわね。嬉々として話してくれたわ」
岬はと言うと、面談前に比べると、どこか疲れたような声で義隆に返した。
「それに、私が鈴之原高校の生徒会長だって言った瞬間、目をらんらんと輝かせて、高校の思い出だの当時の春風祭だの…クラスEの合唱部だから、私にとっては大先輩よ」
「はは…けど、さっきの人やこの間の部活の見学もそうですけど、やっぱり合唱部ってまとまりが強いんですね」
「そうねぇ…合唱部故のものもあるし、ライバル校がいるから団結しやすい…ってとこかしら」
岬は、少し落ち着きを取り戻して、自分が見てきた合唱部が何をしてきたのかを話す。
「鈴之原高校には市内のライバルがいる。特に市が制定されてから生まれた鈴之原学園は、同じ名前を冠している者同士で、市内のコンクールでは毎回実力を競い合うことになる。そう言う相手がいると、そう言う相手に勝とうとする気持ちで仲間意識は強くなるからね」
「なるほど」
「私も、その団結に助けられてる一人で、だからこそやる気を落とすような事は、出来ないのよね」
岬は、どこを見るでもなくそう呟く。朝陽が時折口にする、そして義隆がその目で見た吉岡岬と言う人物の、昼前の黄昏に、義隆は何も声をかけられなかった。
「…さて、とりあえずここの仕事は終わり。早く朝陽と合流しましょ」
自分の頬を軽く揉んで、岬は気分を変えて義隆を迎える。わずかに見せた岬の表情に義隆は不安を抱えていたが、その後に岬が見せた快活な生徒会長の顔で、その不安も昼の人混みの中に紛れた。
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