第11話「休日、朝食の時間」
「義隆君。私たちとゴールデンウィークの予定を立てましょうか?」
それは、生徒会長である吉岡岬による、決定事項だった。
「あの、そんなにまずいことが書いてたんですか?」
義隆は恐る恐る質問してみた。その質問に、岬たちは一旦顔を見合わせて、渡された書類について目で会話をする。
「まあ、まずいって訳じゃないんだけど」
「うーん…とりあえず、成田君はこのゴールデンウィークに予定ってある?」
義隆の質問をはぐらかして、先にスケジュールを確認してきたのは朝陽だった。岬がこれみよがしに反応するなら、大げさかもしれないと怪しむところだが、普段から落ち着きが制服を来ているような朝陽がそういう反応をした事に、義隆はますますその内容が気になった。そして二人の会話に残る音を察知して、義隆はあきらめたように返事をした。
「その様子だと、予定を押さえるまで教えてはくれなさそうですね。いいですよ、今のところ予定は入ってません」
「ありがとう。それじゃあ明日と明後日、鈴之原の
岬は、義隆が同意すると同時に、日取りを義隆に告げた。義隆はスマートフォンのカレンダーを取り出して。ゴールデンウィーク最初の2日…土曜と日曜にスケジュールを差し込もうとした。
「それで、その時間はどうするんですか?」
「あぁ、時間ね…うーん」
時間について問われた岬は少し唸る。何をもってそんなに悩むのかわからない義隆は、答えの出ない岬を待ちながら、朝陽の方に軽く目線を向けた。
「あはは…」
一方の朝陽も、岬の考えを待ちながら義隆を見ており、目が合った彼女は何を言えばいいのか分からず、少し困ったように笑ってみせた。そして、義隆と朝陽が顔を合わせてすぐ、朝陽は岬に提案をする。
「ねぇ岬ちゃん。お休みも長いわけだし、きちんとお願いして、午後だけだとか勿体ないこと言わずに、その2日間をまるっと貸してもらう方がいいんじゃないかな?」
「うっ…やっぱり私が遠慮してたの、気づいてたか」
朝陽が、自分の考えを見透かすようにそう言うと、岬はバツが悪そうに視線をそらした。
「…と、言うわけで。申し訳ないけれど朝から私たちと一緒にお仕事を手伝ってもらってもいいかしら?」
「わかりましたよ。何がそこまで言わせるのかはさておき、予定もなく家にくすぶっているよりはいい過ごし方だと思いますし」
義隆は、岬の申し訳無さそうな…しかし、切実そうな顔を見て、色々と文句を付けるのは後にしようと思い、岬の提案に乗った。こうして、義隆たち三人は、ゴールデンウィークの始まりを、生徒会の仕事に使う予定になった。義隆だけは、その仕事とやらが何なのかまでは、まだ知らないままに。
………
今日の生徒会が解散して、岬はいち早く音楽室に駆け出していき、生徒会室前には、戸締まりを確認する朝陽と義隆だけが残った。
「えっと…大中、先輩?」
「はいはい、大中先輩ですよー」
義隆が戸惑いながら朝陽に声を掛けると、朝陽はいたずらっぽくそれに返す。
「そういえば、生徒会と出会ってから、私、今日初めて成田君に呼びかけられたかも」
「そう、ですね。なんか、すごい呼び慣れません」
「ふふー、いつもみんなから先輩って呼ばれてるから、あまり驚かないけど、こうして成田君に呼びかけられるのは新鮮だねー」
朝陽は、義隆の複雑な気分を知ってか知らずか、少し上機嫌に話していた。
「あの、大中先輩は合唱部には行かなくてもいいんですか?」
「えっ?あぁ、ピアノの伴奏者が気になってるのかな?」
「ええ、まぁ」
「もちろん、戸締まりとかが済んだらすぐに行くよ。でも私も出ずっぱりにはなれないから、多分今は私が教えた後輩が代わりに入ってると思う」
岬も朝陽も3年である。それなら高校での活動に引退という期限があるのも当然であり、その前に継承できる人を探すのもまた自然なことだ。
「Eクラスには、音楽の色んな凄い人が居るから、私も引き継ぎがしやすくて楽なんだよねー…まぁ、生徒会のお仕事を加えたら、忙しさはトントンかもだけど」
余計な一言を添えて、朝陽は生徒会の窓やドアの確認を終えた。
「さて、それじゃあ明日はよろしくね、成田君」
「はい、よろしくお願いします。9時に制服で集合…でいいんですよね」
「うん。お休みだけど生徒会のお仕事だからね」
結局あのあと、義隆の予定を丸一日預かれると言うことで、両日とも朝の9時に鈴之原本町駅に集合することになった。岬が言うには、どちらも一日仕事になる可能性が高いらしく、終わりについてはハッキリとは言えないままだった。
「さて、戸締まりはおわり。あとは音楽室に行って、様子を見るだけ、と」
「いつもお疲れ様です」
朝陽は鍵を揺らしながら、義隆と同じ歩調で階段までの短い距離を歩く。
「ところで、成田君」
「はい?」
「成田君って、指が綺麗だよね」
「いきなりどうしたんですか」
朝陽は、義隆の手に視線を落としながら、ポツリとそんな一言を呟いた。
「変かもしれないんだけど…私ね、人の指を見るのが趣味と言うかクセになってて、成田君が生徒会室に来てから、実は時々見てたんだよ?」
義隆は、どう反応していいのか分からない顔で朝陽を見る。一方で朝陽は、そんな話をした直後に、少し見定めるような目線で義隆の顔をまじまじと見つめる。
「ま、まぁ…趣味は人それぞれですから、別に見るだけって言うのなら俺から言えることは何も」
義隆が、わけもわからずフォローをしようとすると、朝陽が唐突に義隆に告げる。
「…成田君。ピアノずっとやってるよね?」
笑った顔のまま、淡々と指摘する朝日。義隆は、急角度からの言葉に、一瞬ノドを鳴らした。しかし、自分が言ったことにびっくりするように朝陽は少し慌てて弁明をした。
「あぁっ、ごめんね!別におどかしたりするつもりはなかったんだよ?ただ、その…成田君の指がね」
「ピアノやってるかどうかって、指でわかるものなんですか?」
義隆は、以前の岬の指摘を思い出していた。岬はあの時、義隆の感想に経験者のニオイを感じており、岬が言及しないことで事なきを得たが、今度の朝陽は、明確にピアノの経験者である事を断言した。そこまで踏み込んで言われると、やはり何も否定ができない。そう思い、義隆は言外の肯定を示すつもりで朝陽の指摘の理由を聞いた。
「私はすぐわかるかなぁ。成田君の指って、いつも自然体できれいなカーブなんだよ。手に無駄な力が入ってなくて…まるで私達が習う”たまごを持つ手“みたいな状態のままだったから。そんなにいつもその状態でいる人は居ないから、私には目立って見えたんだよー」
「そう、なんですかね?」
朝陽の指摘で、義隆は自分のピアノに向かってる時の指を思い出した。確かに、その指は柔らかく曲がった状態で、今、自分が見ている指と同じような形だった。
「すごいですね。どれだけピアノをしたらそんなに人を見抜けるんだか」
「ふふー、小さな頃からピアノを習ってる私には、お見通しだよー」
そういう朝陽は、右手を顎のラインに合わせる決めポーズをして、嬉々として義隆に自慢する。そして、それと同時に少し間をおいて、またポツリと一言呟く。
「…まぁ、ピアノが好きなだけって言うのもあるけど」
「えっ?」
「さてさて、階段まで着いたから、私は音楽室に上がって行くね」
義隆が何かを聞き返そうとした時、自分達が既に階段にたどり着いていた事に気がつく。そして朝陽は、軽やかなステップで階段を登っていき、中三階まで上がる。
「それじゃあまた明日。岬ちゃんと三人でおでか…あぁ間違えた、お仕事頑張ろうねー」
「はい、また明日」
別れる挨拶をして、朝陽が三階に上がるのを見送った義隆は、何も話すことなく一階への階段を降りて、自分の教室棟に戻り、靴を履き替えて、学校を後にした。そして、駅に向かうまでの道のりで、朝陽がうっかり口にした言葉と、その意味を考えた。
女子の先輩ふたりと、制服とはいえ市街地に出かける。季節は連休の始まり。行く先は不明。
「………これ、一つ間違えたらデートなんじゃ…」
最初は、男一人と女二人で出かけるデートなんて聞いたことがないと思っていたが、朝陽が言いかけた通り「おでかけ」には違いない。それならこの状況を、偶然にも休日に、遊びに出かけていたクラスメイトにでも見つかれば、どういう評価を受けても文句は言えない。
「………まぁ、考えないことにしよう」
義隆は駅に着くまで思い悩んだが、人気のない駅から閑散とした電車が来る頃には、あまり気に病まず…と言うより、思考を放棄して、流れに身を任せると言う結論に逃げた。
………
土曜、午前8時50分。
人通りの多い駅前出入口。ゴールデンウィークの走りと言うことで、普段以上に往来を感じられる。休日の配置のせいで完全にまとまりきらない祝日に、小旅行にいくような、さっぱりした荷物を抱える人が多く感じられる。
そんな休日の駅前で、義隆は制服姿で二人の先輩を待っていた。
「流石に30分前は早すぎたよな」
義隆は、先輩たちが早く来るかもしれないと思い、早めのアラームをかけて、早めの身支度を済ませて、予定より一つ早い電車で到着していた。後輩として遅れるわけにはいかないと言う心と、遅れたらあの二人から何を言われるかたまったもんじゃないと言う心配が、義隆の行動を早めたのだ。
「まあ、とりあえずこれで変にいじられることもないだろう。いくら先輩たちでもこんな早くには」
「あらー?私たちをお探しかしら?」
「うわっ!?」
義隆が独り言を呟いていると、左肩から聞き覚えのある声が肩を掴んだ。
「あははっ!さすが私が見込んだだけのことはあるわね。いい時間に到着してくれたじゃない」
岬が楽しそうに笑いながら義隆の前に立ち、誇らしそうに言う。そして、朝陽も岬に遅れて集合して、いつもの呑気な笑顔で義隆と合流した。
「おはよー。意外と早く来てくれたね」
「おはようございます…って、来てくれたとか到着とか言ってますけど、先輩たちはいつここに来たんですか?」
義隆の質問に、二人は思案顔で互いの顔を見合わせた。
「そうね…8時にはもう着いてたと思うけど。朝陽もそんな感じだったわよね?」
「私は、8時10分には到着できる予定だったから、岬ちゃんよりは遅かったと思う」
義隆は唖然として、それ以上何かを考えるのは止そうと思った。
「まぁあまり気にしないで。今回は特別に早いだけで、私たちならいつもは義隆君ぐらいの時間感覚で集合してるもの」
「それでも30分前なんですが…それはともかく、今日は一体何の仕事なんですか?」
義隆は岬の言葉に疑問を持ちつつも、今日こうして三人で集合した理由を確認する。なにせ義隆はこれまでに集合の理由を聞かされていない。制服で来ている以上、遊びのつもりじゃないことだけは理解しているが、これだけ早く集めるほど急な用事については予想すらしていなかった。
「そうね、じゃあ三人集まったわけだし…朝陽、いつもの”アワノ珈琲”に行きましょ」
「いいよー、成田君は朝ご飯とか食べてきた?」
「一応軽く済ませたんですが、アワノ珈琲って駅によくお店を構えてる喫茶店ですよね?」
「そ。まずは“軽く”朝食を取りながら、今日の作戦会議よ」
岬はほんのり含みを持たせてそう言うと、三人の意見を聞きながら、駅の出入口から歩き始めた。程なくして岬が「ほら、あそこ」と指差すと、味のある書体の「アワノ珈琲」と言う看板が直ぐに目に付いた。
………
「卵焼きサンドと、カフェラテのS」
「じゃあ私は…ミルクティーにする」
「義隆君は何か注文する?」
三人で店に入って、流れるように席につく。義隆は一人で座ることにして、向かい側に岬と朝陽が隣同士で席を取る。そして岬たちは特にメニューを取るでもなく、水を運んできた店員にすぐに注文をした。こなれた感じで二人が注文を済ませて、直ぐに義隆に注文を振った。
「えっと…別に水だけでも」
「もう、そんな情緒のない事を…じゃあカフェラテのSをもう一つ」
店員がにこやかに「かしこまりました」と言って注文を受けて去っていく。そして、注文を待ちながら、岬が周りに気を使いながら話を始めた。
「さて、それで義隆君の待ってた本題なんだけど…薄々気がついてると思うけど、その原因は昨日突然やってきた書類のこと」
「アレをもらってから、急にこのスケジュールが立ちましたからね」
「そ。で、その中身がね…“春風祭について鈴之原市のメディア・広報関係の各社に告知を依頼する“って言う内容だったのよ」
「メディア各社…それって新聞とかテレビとかの事ですか」
義隆の話に、岬が諦めたような肯定を返す。
「その通り。そういう所に色々と宣伝をしてもらって、50周年の春風祭を盛り上げようとしたってこと」
岬が会話を区切ったところで、義隆は驚きと共に困惑を顔に表す。市内の学校のいち文化祭にそれだけの宣伝をするというのは、鈴之原高校にやってきたばかりの義隆には足のつかない話に感じられたのだ。
「でも、それって何もしないのに広報に載せてもらえるわけではないですよね」
「えぇ、そうよ」
「それは誰かがそう言った場所に依頼とか相談をする必要があるわけですよね」
「そうなるわね」
「…今日、どうして俺たちは鈴之原市の真ん中にいるんですか?」
義隆が、確かめるように質問をしていき、岬はそれらに簡潔に答えていく。そして、最後の義隆の質問に、岬はこれ以上ないニヤリ顔を浮かべて答えた。
「…あなたの様な勘のいい新入生が来てくれて、助かるわ」
「ふふー」
岬の答えを聞いて、隣にいた朝陽まで自信ありげな表情で義隆の予想を裏付けた。
「もうそこまで見当がついているのなら説明するけど、今日と明日の予定って言うのは、その広報の件で先生たちの方から依頼が来てね、生徒会でも、先生たちがリストアップした広報各社にお願いをしてきてほしいって言われてたのよ」
「なるほど。でもそう言うのって大人が一貫してやるものじゃないんですか?」
義隆は素朴な疑問を投げかける。
「そうね。大体はそう言った仕事は先生たちがするものなんだけど…」
岬は、少し間を置いて気まずそうに義隆から目線を逸らす、そして一呼吸落ち着けてから、話の続きを口にする。
「…まぁ、私立鈴之原高校がちょっと特殊だってことで、ひとまず納得してちょうだい」
義隆は、岬の”音”に隠しているものがあるのは分かっていたが、やたらとそれを詮索するのも野暮だと思い、あまり言及はしなかった。
「まぁ事情は分かりました。つまりこれだけ朝早くから予定を立てたのは、そんなに悠長に構えてられない程、そのお願いが忙しいという事ですね?」
「さすが義隆君。私の意図を見抜いてくれて助かるわ」
指鉄砲のポーズを向けて、義隆にさすがとばかりの賛辞を贈る岬。こうして義隆は、ようやく今日のこの外出の意図を理解したのだ。
「で、朝からってことは相当な数なんですか?」
「まあね、昨日の書類で上がった分は46…殆どの場所は自治会の広報誌だから、それはその印刷を請け負ってる所に頼む形なんだけど、新聞や雑誌、あとはメディアとかも入ってるから、私たちの仕事はそんな大元への依頼よ」
岬は頭をトントンと叩きながら、あの日の書類の中身を反芻するように話を進める。丸2日のスケジュールを押さえてまで回るというのだから、数が絞られているとは言えかかる労力も生半可ではないという事は義隆にもよくわかった。
「そう言う事でね、私たちだけじゃ大変だし、義隆君にも手伝ってもらおうと思ったのよ。直前まで何も言わなかったのはごめんなさいね」
「まあ、普通の生徒会長がそう言うのなら、言わなかったのにも何か考えがあるんでしょうし、俺は特に気にしませんよ。入るって決めたのも俺ですし」
「普通のって言うのはなんか引っかかるなぁ…まぁいいけど」
義隆の返答に、岬はいつになく安心したような表情を浮かべて胸をなでおろす。そうしてひと段落ついたところで、先輩たちが注文したメニューが一通りテーブルに届いた。
「ご注文は以上ですか?ごゆっくりどうぞー」
並べられた軽い食事を見て、岬も朝陽も気持ちを切り替えて朝食に取り掛かった。
「まぁまずは腹ごしらえからね。はいこれ、義隆君の分のカフェオレ」
「じゃあ私、右端の卵焼きサンド貰うねー」
「あの、ちょっと待ってください?」
事も無げに全員の注文が届いたテーブルで朝食を取ろうとする岬と朝陽に、義隆は一旦ストップをかけた。
「ん?どうしたの義隆君?」
「いや、デカくないですか?そのサンドイッチ」
義隆が驚いたのは、バスケットに3切れで入ってきた卵焼きの挟まれたサンドイッチだった。
「挟んでるパンの厚さの倍の卵焼きってなんですか、なんかマヨネーズもあふれ出してるし」
義隆の新鮮な反応に、いち早く愉悦を察知したのは岬だった。すぐさまニヤニヤと義隆のほうを見て、したり顔で話しかけてくる。
「あらぁ?義隆君はこのアワノ珈琲は初心者なのかしら?」
「うわっ」(絶対めんどくさい事言いそうな顔だ)
「うわって何よ失礼なっ!」
岬が、義隆の言葉にツッコミを入れていると、一口目を食べていた朝陽が先に話を始めた。
「このアワノ珈琲って逆メニュー詐欺で有名なお店でねー、チキンサンドとかカツサンドとかを頼むとその日で1kgは太るって言われてるチェーン店なんだよー」
「1kg太るって…それは誉め言葉なのかネガキャンなのか。そういえば、頼んでもらったカフェオレもSサイズなんですよね?何かデカいジョッキみたいなのに入ってますけど」
「そうよ?Sサイズで自販機のコーラの缶と同じぐらいの量って言われてるわね」
3人の前に運ばれてきた飲み物のサイズ感もまた、義隆が想像していたものとは大きく異なっていた。朝陽の前に置かれたのは、やや小さく感じるほどのティーカップと、カップとペアになっているようなデザインのティーポットのセット。対して岬と義隆の前に並べられたのは、朝陽のティーカップが霞むようなサイズのステンレスコップと、それに7分目まで注がれたカフェオレだった。
「岬先輩、よく飲み切れますね」
「なに?義隆君はコーヒーは苦手だった?」
「いえ時々飲みますけど、一度にこんなに飲む事は…」
「こうしておっきなカップに驚く新入生を見るのも、アワノ珈琲の恒例行事だねー」
「中3の生徒会の時から、もう風物詩よね」
「そう言うのは風物詩じゃなくて洗礼って言うんですよ」
岬と朝陽が生徒会室でするような会話を聞きながら、義隆はカフェオレを口にする。淡い苦みと、牛乳の風味が感じられて、量はさておき非常に口当たりがよく、よく自販機などで買うようなコーヒーよりも飲みやすく感じられた。
「はい、義隆君の分」
コーヒーの味に心を落ち着けていると、岬が義隆の前に取り皿と一切れ分の卵焼きサンドを取り出してきた。
「え、俺は軽く朝食は済ませてきたんですけど」
「せっかくのアワノ初心者なんだし、一つ食べてみてちょうだい。これから歩きとおすことになるから、きちんと食べておかないとね」
岬はそう言って、紙ナプキンで取り分けたサンドイッチを義隆の前に差し出して、残りの一切れをすぐに自分の口に運んだ。一口ずつ、ほおばらない程度に口に運んで、時折自分の食べている姿を気にするように、岬は自分の分の卵焼きサンドイッチを食べていた。一口ずつ食べている岬の姿は、どこか楽しそうで、それでいて上品にも感じられて、義隆は、短い付き合いの生徒会長の色んな表情に、関心の様子を見せていた。
「…ん?どうしたのよ義隆君、もしかして私、顔にマヨネーズついてたりする?」
「心配しなくても、それを気にして食べてたみたいですし大丈夫です」
「う…」
義隆の指摘に、岬は気まずそうな声を一つこぼす。やはり自分の事が読まれているのでは…岬は義隆の些細な一言にそう感じずにはいられなかった。そして、そんな岬の内心をよそに、義隆も岬から分けてもらった卵焼きサンドを一口食べる。
「…うまっ」
小さな声と共に、ほんのり甘い卵焼きと、マヨネーズの酸味が、既に朝食を済ませていた身体に沁み渡るのを感じつつ、義隆は先輩たちと過ごす最初の時間を楽しんでいった。
………
「さて、それじゃあようやく出陣ね!」
3人で一通り朝の喫茶店の食事を済ませて、岬は勢いよく二人に声をかけた。
「あの、本当によかったんですか?おごってもらう感じになったんですけど」
義隆はと言うと、会計を一人で済ませた岬に申し訳なさそうに質問をしていた。
「いいのいいの。私もお金はある程度持ってるし、そもそも生徒会の活動の予算もあるから多少は問題ないわ」
「そう、なんですか」
岬はそう言って先ほどの店でのレシートをひらひらとさせて、義隆に自身ありげな表情を見せる。義隆も持ち合わせは持っていたが、そんな財布を出すより早く、岬はレジまで行ってササっと会計を済ませた。
「後輩に出させるつもりはないし、ちょっとした所は今日の仕事のお礼だと思ってちょうだい」
「そう言うのなら、ごちそうさまです」
義隆のお礼に「うんうん」とうなずいて、岬はすぐに二人に声をかける。まったりした時間を過ごしてはいたが、本来の目的はまさにこれからである。
「さて、じゃあお仕事と行きましょうか」
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