第7話「部活、それは合唱部」

「それで、俺を呼んでた理由って何ですか?」


「ああ、そうだったわね」


 朝陽が岬で遊んでいたとき、義隆が二人に今日の目的を聞いた。


「一つは個人的に謝りたかったからなんだけどね。もう一つは今日から始まる部活見学についてよ」


 部活見学。


 読んで字のごとく、今週から部活動の紹介が始まる。 それはこの間からすでに告知がされており、義隆もうっすらとそんな話をされていたことを思い出した。


「これから5月まで、放課後の規定の時間は部活の見学に割り当てられてるのよ。それで、部活の見学や紹介の為に、事前に申請があった教室の使用や、勧誘の貼り紙とかをチェックして、不備がないかを見て回ろうと思ってたのよ」


 学校で同好会以上のランクで申請されている部活は、学校内で部活の紹介や勧誘を許可されている。そして、学校の各掲示板には申請の通ったチラシ・ポスターを掲示することができる。


 ただし、時にはチェックの目を掻い潜ってこっそりと教室を占有していたり、無許可でポスターを貼っていたりしている場合もあるので、それを処理する為に見回りをしよう。と言うのが岬の話だった。


「それで、一応臨時役員として指名している義隆君にも、その仕事を手伝ってもらおうと思ってね」


「はぁ。まあ構いませんが、それって風紀委員とかの仕事なんじゃ?」


「まあ、前年度の風紀委員会もある程度手助けはしてくれるみたいだけど、外部の委員会も一枚岩じゃなくってね。まして風紀委員は嫌われ役っていうイメージが付いているせいでなかなか…」


 お手上げとばかりに両手を広げて、この学校の生徒会が難しいことを説明する岬。因みに、生徒会長の岬は前年から既に引き継ぎがされており、去年の夏ごろには既に生徒会長である。


「ま、そんな話は置いといて…とりあえず今から掲示物の点検に行くわよ。あぁ、あとついでに合唱部にも顔を出しに行くから。義隆君も来るでしょ?」


「先輩は、どうして毎回”決まっている”かのような説明をするんですか?」


 既に行くことが決定しているかのように、岬は義隆に言いはなつ。しかし、それの何が悪いのかとキョトンとして岬は尋ね返した。


「え?でも私たちの校歌に聞き惚れてくれたんでしょ?」


「それは…まあそうですが」


「じゃ、行きましょっか」


「もう少し話を聞いてくださいよ」


 義隆の葛藤などお構いなしで岬はすぐに生徒会室を出ていこうとする。ついでに義隆の手首をむんずと掴んで、だ。引き摺られる義隆は、生徒会室でのんびりしていた朝陽を見つめるが、彼女はとても嬉しそうに手を振って義隆を見送ることしかしなかった。そして、生徒会室を去る間際、本当は朝陽が岬の側について見回りをするはずだったのでは?と、今更な考えを巡らせた。



………



「さて、これで最後ね」


 夕方の教室棟で、掲示許可のない掲示物を着々と回収していく岬と義隆。そして、一年生の教室棟での作業を終わらせた岬は、無許可のチラシやポスターを抱えながらそう言った。


「これで今日仕事は一通り終わり。今度は水曜日に放課後の利用教室の立入検査よ」


「1年の教室棟は、無許可のポスター多かったですね」


 岬が抱えていたポスターを見ながら義隆が言う。


 ざっと十数枚はある掲示許可のないポスター達。2年・3年の教室棟には殆ど貼られていなかったが、最後に立ち寄った1年の教室棟で、一階を皮切りに次々と無許可のポスターが見つかり、それらを岬と義隆で剥がしていった。


「そりゃあ1年生で入ってくれる人がいる方がありがたいからね。1年の教室棟はそうなるわよ」


「なるほど。それにしても…」


 義隆は、自分の手元にある無許可のポスターを眺めつつ、何とも言えない表情を浮かべる。


「部活動の方は幾分ましだとしても、この同好会のチラシ、わけのわからないものばかりですね。カレー研究部、サイコロ同好会、無脊椎動物同好会…あとはコス研と…」


「趣味を堂々とやりたいのは良いとしても、ここは学校だから出来れば他所でやって欲しいって言うのが、生徒会としての意見ね」


「それは同情します」


 部活として認められているものは、基本的に学校から顧問がついていたり、予算が割り当てられていたりする。しかし、同好会は最低限の条件が整った場合に承認され、存在を認められる以外の待遇はない。ただし、条件さえ満たせば学校でも活動できると言うことで、学校と言う場所をやりたいことの出来る空間にしようとする生徒は少なくない。


「いつかは部活に!って意気込んでいる同好会もあるけれど、それには最低限のマナーを守らなきゃ、ねえ?」


「はは…」


 乾いた笑いと共に岬への同情を見せる義隆。そして自分が手にしているポスターの中から一つを手にとって岬に尋ねる。


「先輩。この新聞部って部活ですか?」


「あー、それね」


 義隆の質問に、岬はわずかに困った顔をして見せる。


「新聞部は部活ね。学校の広報のための資料作成や学校新聞の発刊、あとは写真撮影も兼ねていたから写真資料の保存などが主な活動なのよ」


 鈴之原高校新聞部。それは、学校にとっては今でも重宝される、鈴之原高校を周知するための機関と言う位置付けにあり。卒業アルバムの写真資料なども、この新聞部か後発で発足した写真部の写真が数多く使われていると言う。


「でも、今って言いましたか?」


「そう。今は部の名前を冠した同好会扱い。その原因は単純な人数不足よ。何せ今は一人だからね」


「一人?」


 岬と義隆は、ポスターを抱えながら生徒会室へ戻ってきて、その途中に新聞部の話をする。


 新聞部のそもそもの発足理由は新聞の製版について知ることや、それに付随して写真の現像の仕組みを学ぶと言うものだったらしく、鈴之原高校の開校当時から多くの部員が知識を求めて日夜研究を繰り返していた。その内に、製版の技術は学校新聞の発行に、現像技術から写真資料の収集に特化し、一時期は新聞社にも退けをとらない技術力を持っていたらしい。


 しかし、時代と共に写真や印刷が手軽に出来るようになってからは、新聞部はただの学校広報の為の機関になり、技術に情熱を燃やしていた人は何時しか減っていき、最終的にそこに残ったのは、今いるただ一人になってしまったと言うことだ。


「さらに悪いことに、その人…新聞部に人が入らないからってもう5留もしてるのよ。つまり、最高学年である私たちよりも大先輩…」


「なんでそんなことに…」


「知らないわよ。しかもその新聞部の部員って人も生徒として所属してるくせにどこにいるのか知らないし…先生達に相談してもバツの悪そうな顔をするだけで」


「それはさぞや文句が言いづらいでしょうね」


 高校で5留と言う話を聞き流す義隆。そして自分が取り出した新聞部のチラシを眺めながら、廃れていった部活という背景に何となく寂しさを感じつつ、集めたポスターを岬へと返した。



………



 各学年棟を巡って、二人は回収したポスターやチラシをいっぱいに抱えて、朝陽の待っている生徒会室に戻ってきた。


「あ、おかえり~」


 朗らかな朝陽の挨拶を聞きながら、岬は手に持った回収物をテーブルにばらまく。義隆も同じように手に持っていたポスターをテーブルに並べて、その数を改めて確認する。


「すごい数ですね」


「数にすれば…30団体くらいかしらね。結構増えてること」


「増えてるんですか」


「んー、倍くらい?」


 あっけらかんとした岬の一言に、義隆は驚くのも忘れて岬を見た。そして、義隆のそんな心境など知ってか知らずか、岬は窮屈だった荷物持ちから解放されて、大きく伸びをした。


「んあー………とりあえず今日は終了っと」


「お疲れ様でした」


 少し距離を取るような物言いで岬に労いの言葉をかける義隆。だがそんな配慮を岬が受け止める筈もなく、岬は義隆の手を改めて取る。


「さて、じゃあ行きましょうか、義隆君」


「はい?」


「行きましょうか」


「何処に?」


「決まってるでしょ。合唱部の活動を見に行くのよ」


 岬の言葉に義隆は怪訝な顔をする。だが自分の手を痛いほどに強く握って、絶対に逃がさないという強い意思を込めた岬の手に、義隆はそれ以上何か言い訳をする気力を無くした。


「……はい」


「よし!」


「じゃあ私も行こっかー」


 二人の決定に続いて、椅子に座ってゆっくりとお茶を飲んでいた朝陽も、茶器を片付けながら会話に混じる。朝陽の言葉に真っ先に反応した岬は、朝陽の茶器を流れるように預かって隣の給湯室に向かう。


「勿論よ。伴奏者がいないと格好がつかないわ。さっと片付けちゃって行きましょ」


「はーい」


 茶器を洗うカラカラとした音と共に、生徒会としての活動が終わり、三人は生徒会室を閉めて、上の階へ上がっていく。


「そういえば、部長である先輩がいないのに合唱部の練習は進むんですか?」


 生徒会室から合唱部の部室に至る短い道すがら、義隆は岬に質問した。


「そもそも全部を私が監督するわけじゃないからね。歌を覚えてくるとか、学年ごとのまとめや合唱パートごとの練習…そういう細々したところは、自分で練習してもらわないとね」


「みんな向上心はあるし、逆にそれぞれで練習してくれないと私たちだけじゃ行き届かないからねー」


「じゃあ、先輩たちって部活だと何をするんですか?」


 二人の会話を聞きながら、素朴な疑問を投げ掛ける。そんな義隆に岬は人差し指を立てて横に振った。


「何よ、まるで私が何もしないような口ぶりね。そりゃあ個別の練習は言わずもがなだけど、何より合唱部よ?みんなが揃って初めて完成なんだから。その完成に至るまでの過程を誰かが担わなくちゃいけないのよ。あと朝陽は普通に伴奏者」


「は~い」


 個別で練習するのは当然として、必ずしもそのまま合唱が完成するわけではない。集団で歌う上での課題は個人ではどうにもできない。そういう時は岬の出番なのである。


 3人が階を上に進むにつれて、義隆は何かが耳を抜けるのを感じた。


「あっ」


 わずかな声が、不意に義隆の口からこぼれる。義隆の耳を抜けたのは音、日常の雑踏とかそういう生活音ではない音、それは3階に上がりきるより先にはっきりする。それは声、しかも明確な流れを持った歌と言う声だった。


「やってるわね。さすが我が部員だわ」


「しかもちゃんと歌いの森だね」


 音楽室に向かう廊下を歩きながら、岬と朝陽は満足げに会話する。一方で義隆は、事情は分からなかったが二人の様子を見るに今聞こえてくるこの歌声がここにいる二人の思う所にかなっているのだと理解して、わずかばかりに逃げる隙を伺いながら音楽室へと足を進めていった。そして、結局逃げるなど不可能なまま音楽室の手前までやってきて、義隆にとっては無情にも、扉は開かれていった。



………



「あ、おはようございますっ!」


 引き戸を開けて三人が入るや否や、音楽室の中から時間にはそぐわない挨拶が一つ聞こえてきた。そして、一つの挨拶を皮切りに、中にいた部員達が続々と三人に挨拶を向ける。


「はーい、お疲れさま。それじゃあとりあえず2、3年生は集合ね」


 岬が挨拶の波をくぐり抜けながらてきぱきと指示を出す。そして岬の言葉を受けた部員達もまた、岬の歯切れのよい指示と同じリズムで素早く移動して、態勢を整える。義隆達が音楽室に入ってから60秒、いやそれよりもわずかに短い時間で、思い思いに練習をしていた部員は、規律正しく音楽室の小さな壇上に整列を済ませた。


「さて、もうすぐ春風祭が始まるわね。3年生にとっては最後の年の始まりになるし、2年生には飛躍の年、そして今年入ってきた新入生にとっては、この鈴之原高校と言う場所を知るいい機会になる。それに今年は開校50周年とも重なるので、一つ一つの行事がとても重要なものになる…特に春・夏・秋コンは、この鈴之原市を背負って出場すると思ってもいいわ」


 岬が織りなす言葉に、一番反応が濃かったのは2年生だった。先輩からの激励ともプレッシャーとも思えるそれらの言葉は、一つしか変わらない後輩たちの気持ちを震えさせるには十分だった。一方で、岬の同級生である3年生たちは彼女の言葉を聞いて喜びのような表情を浮かべていた。さすがに岬の言葉を3年間信じてきた面々なだけに、彼女がこうしてハッパをかける時はを理解している。


「それと、朝陽は知ってのとおりとして。その隣にいるのは今年の新入生でクラスAの成田義隆君。訳あって今年の生徒会の臨時の人員としてお手伝いをしてもらってるの。今日は生徒会活動の見学ということで少し練習を見学するから、そのつもりでよろしく」


―はい!


 岬の気遣いと、その説明で納得した合唱部の生徒たちの返事によって義隆の存在はほんの数秒で許されることとなった。


「じゃあ15分後、春コンの課題の練習から始めるから、みんなしっかり合わせといてね。ピッチに気をつけてね」


 義隆が許されてすぐに、岬は彼女たちに練習の時間を言い渡す。岬の手拍子一つで、そこにいた部員たちは、少数のグループを作りながら、音楽室の四方に散らばっていった。


「さて」


 練習が始まったであろうことを確認して、義隆は空いている場所をキョロキョロと探す。居させてもらえるのはありがたいことだが、だからといって居場所があるわけでもない。どこか邪魔にならないところはないかと音楽室を見回す。すると、


「Aクラスってことは、佳花のクラスだよね?」


 居所のない義隆に、この女子ばかりの空間では珍しい男子の声がかけられる。義隆が声のする方に向き直ると、穏やかな表情で一眼のカメラを抱えた男子生徒が立っていた。


「俺のこと、知ってるんですか」


「そうだよ。よく佳花がクラスの事を話してくれる時に聞いてたんだ。2年生の杉山すぎやま文人ふみと。佳花の兄だよ」


 文人はそう言って、カメラを持っていた右手を差し出す。義隆はそれに促されるように握手を返して。その優しい表情と佳花の様子を比べていた。


「あれ、佳花は兄弟の話はしたことなかったな」


「はは。まあ、そうだろうね」


 義隆がつぶやいた疑問に、文人は少し苦笑いを浮かべて返す。


「たぶん佳花は僕の事を話したがらないんじゃないかな」


 そこまで言って、文人は少し寂しげな目をする。義隆は、岬の時のように触れられない事情に口を挟んだのではないかと内心で思っていたが…


「佳花って、家では僕にべったりでね。ことある毎に僕を呼んだりいつも学校の事とか話してくれるんだけど、それを同級生にさとられたくないから、外では兄妹の話を一切しないようにしてるんだ。別に複雑な事情があるわけじゃないんだけど、佳花はよくみんなから勘違いされててね…あはは」


「それブラコンっていうんじゃ」


 想像していない答えが返ってきて、義隆は安心したような調子が外れたような気分で顔を引きつらせた。そして文人は、少し離れたところから2人分のパイプ椅子を持ってきて、義隆と共に東の窓際で合唱部の様子を見学する。


「文人先輩はどうしてここに?」


 合唱部の練習の短い時間で、義隆は杉山文人と言う先輩に、ここでの話を聞くことにした。何せここは合唱部の領域。それは同時に女子しかいないと思われていた場所でもある。


「あー。実は僕、クラスEなんだ。でも合唱部には原則女子しか入れなくて、それで僕は合唱部専属のカメラマンを任されてるんだよ」


「クラスEって女子だけじゃないんですね」


「そうだよ。僕は音大に行きたかったからここを受験したんだ。クラスEは音楽専攻クラスでもあるから、音大や芸大の音楽学部に行く人にも門戸を開いてるんだ」


 文人によると、クラスEの男子は全学年で十数人。毎年何人かずつ入ってくる程度で、ほとんどの生徒はクラスEに男子も入れることを知らないらしい。また、入ってくる男子と言うのは文人のように音大志望などの専門的な道の人間ばかりで、日々それらの情報や会話が多く繰り広げられているとのことだ。


「確かに、うちのクラスAの人も、そんな話してませんでしたね」


「佳花は僕が入ってるから知ってると思うけど…まぁ、学校で僕の話はしてない、か」


 呑気に笑いながらそんな言葉をこぼす文人。義隆はそんな自虐的な文人の言葉に乾いた笑いしか返せなかった。


「あっ、文人君に義隆君。そろそろ集まって練習をするから文人君はいい角度で練習風景をお願いね」


 文人との会話を楽しんでいるうちに、岬が声をかけてくる。いつの間にやら自由練習の時間も終わったようで、先ほどまで音楽室の端に集まっていた部員たちは、いつの間にか西側の黒板の前、合唱用のひな壇に整列し始めていた。文人は岬の言葉を受けて立ち上がり、カメラの状態を確かめ始める。


 義隆は、と言うと、立ち上がった文人を見送ってそのまま今いる場所に座っていたが、そんな義隆の近くに、自分と同じ学年の女子生徒たちがぞろぞろと座り始めた。


「こんにちは、生徒会の臨時役員さん」


「あ、はい」


 3列に椅子を並べて、義隆と同じ東の窓側に椅子を並べる1年生の部員たち。その中で義隆に最も近い生徒が挨拶をしてきた。


「さて、じゃあ春コンの課題曲一つ、あと”歌いの森“ね」


 1年生と挨拶を交わしてすぐに、岬がひな壇の衆に予定を説明する。義隆たちから見てひな壇の左手側。グランドピアノの前には、いつの間にか準備を終えていた朝陽と、その隣で緊張した面持ちの生徒が待っていた。


「じゃ、1年生に見せつけるつもりで…行くわよ」


 そう言って岬は左手を上げて、それをゆっくりと降ろす。


 その手の振りに誘われるように朝陽はピアノを弾き始めて、この音楽室の空間に一気に音が満ちる。狭くない音楽室をピアノだけで包み込む朝陽の音に、義隆は心が湧き上がるのを感じた。


 そして岬が右手を振り始めて、この空間は一気に華やいだ。


 数メートル向こうにいる合唱部の先輩たちの歌声。校歌の時以上に折り重なり、複雑なハーモニーを奏でる。時には喜びを、時には切望を、様々な感情が、歌一つから溢れるほど伝わってくる。その迫力に、隣に座っていた1年生たちも目を丸くしていた。自分達が今から歌うべきその歌の、聞いたことのない豊かさに、義隆と1年生たちは息を呑んで見つめることしかできなかった。


「…はい、じゃあ歌いの森。朝陽、お願い」


「わかった」


 数分を数秒にするような鮮烈な一曲が終わってすぐ、岬は朝陽に次の曲を促す。朝陽のピアノが1音を奏でると、それを聞いて岬が再び左手を振る。そして、岬はさっきと同じように右手の指揮をひな壇の生徒たちに振り始めた。


「歌いの森」詞・曲:不詳


 先程までの壮大な曲とは違う、静かで語りかけるような曲。柔らかで、しかしハーモニーが豊かに響くその曲は、座って聞いていた1年生の顔を穏やかにさせた。そして、歌の最後のピアノが優しく終わった時、1年生の部員から零れるような拍手が響いた。


パチパチパチ…


 先輩たちの静寂を見て、どこか悩んだような盛り上がりの拍手が聞こえてきて、1年生はこの空気が拍手をしていい空気なのかを探る。そんな中で、ひと区切りついたように岬が1年生へ向き直って言葉をかける。


「拍手ありがとう。まだまだこれからだけど、自然と拍手が出るくらいのものを聴かせられたのは安心するわ。はい、礼!」


 岬の言葉で、静かに一礼をする壇上の先輩たち。その計らいで安心した1年生は、今度は遠慮なく先輩たちに拍手を送った。


「さて、思うところはあるけれど、まずはパートリーダーで話をまとめてちょうだい。歌いの森はもう一息、課題曲は…まあ3年生ならわかるでしょう?」


 岬がそう言うと、3年生の何人かが苦笑いを浮かべていた。そして、ひな壇の先輩はそろそろと降りていき、先程と同じようにパート別のグループに分かれて音楽室の端々に分かれていった。


 生徒会の人間として一幕を見ていた義隆は、そのパート別の散開を見て、ようやく一息ついた。すると、盛大なため息を聞いてか、先ほど義隆に声をかけた1年生の部員が再び声をかけてきた。


「なんであなたまで息を詰まらせているのよ」


「いやぁ…生徒会長に連れられてきたもんだから、会長の目線で見てたらつい、な」


「よくわからない感覚だわ」


 義隆の一連の行動に眉を歪める女子生徒。そして義隆は、その部員であろう生徒に質問をする。


「そう言うあんたも新入生か?」


「ええ。クラスE海撫かいなで睦美むつみよ。あまり会う事は無いでしょうけどね」


「海撫さんか、クラスAの成田義隆だ」


「クラス…A」


 睦美は、義隆がクラスAと言ったところで唖然とした。そしてそんな睦美の後ろの生徒が更に話に割って入った。


「あれ?むっちゃんどうしたの?あ、始めまして。私は信時のぶときあかねって言うの。もちろんむっちゃんと同じくEクラスだよ」


「あぁ、えっとクラスAの成田…」


「おっ、クラスAってことはあのカナリアちゃんと一緒ってこと?むっちゃん良かったじゃん!カナリアちゃんとお話し…」


「茜っ!その話はもういいのよ!」


 茜が睦美に嬉々として話を持ちかけたが、睦美はそれを一蹴する。茜は睦美の言葉に驚いた表情を見せたが、それもすぐにバツの悪そうな笑顔に変わり、義隆に一言告げる。


「ごめんね成田くん。むっちゃんってカナリア…あ、えっと三美さんかな?その三美さんの事ずーっと追いかけてたから、その人の事になるとつい熱くなっちゃうんだよね。だからあまり気にしないでね」


 別に自分からは何も言ってないし、むしろ茜の方が焚き付けたような気がした義隆だったが、そう言う余計な事は言わないように茜の顔からわずかに目を逸らした。

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