ウミガメレストラン
鈴蘭
第1話 桃子と先輩と女の血 上
仕事終わり、
今日も手提げの茶色い鞄に物を詰め、席を立とうとした時だ。
しかし、今日は少し違った。
職場の先輩に飲みに誘われたのだ。
断ろうかとも考えたが、喉がモノを求めていた。
桃子は了承し、先輩の後をついていくことに。
歩き始めて五分ほどのところだ。
てっきり居酒屋に行くのだと思っていた桃子の目は丸くなる。
そこは少し古めかしさの漂う小さな場所だった。
木製の亀の形をした看板には『ウミガメレストラン』とだけ書かれている。
木製のドア、レンガ造りの壁、ドアを照らすオレンジの照明。
まるでここだけ世界が違うようだ。
先輩はドアを開き、さっさと中に入る。
桃子も続いてドアを開ける。
上についていた黒いベルが鳴り、中からラジオ越しの音楽が流れてくる。
中は狭く、カウンター席のみだ。
レストランと言うよりバーである。
カウンター越しにグラスを拭いていた店員が桃子と先輩を見て「いらっしゃいませ」と落ち着いた声で言う。
先輩は「久しぶり」とだけ言って近くの席に着く。
桃子は店員に一礼してから同じようにする。
先輩に「ここですか?」と聞くと「違うぞ」とだけ返される。
桃子の頭の中に
看板にはレストランと書いていたのにレストランではないということになる。
桃子は店員に確認した。
店員は「ここはバーでございます」と言う。
どういうことなのか桃子の頭がこんがらがる。
先輩はやれやれ、と嘲るように笑っている。
桃子は納得いかず肘をついて顔を膨らますと店員が教えてくれた。
ここはウミガメレストランという名前のバーです、とのことだ。
なんだそれは、と思わざるを得ない。
桃子の頭の中に?マークがもう一つ増える。
先輩はお品書きを見ることなく「俺とこいつにスープをくれ」と言う。
店員は「かしこまりました」と言うとノートを取り出し、紙とペンを桃子たちの前に置く。
とても注文通りに見えないものに桃子は困惑する。
店員は「辛さは?」と聞くと先輩は「とりあえず甘口で」と言う。
スープ、辛さ、甘口、もはや意味が解らん。
耐えかねて桃子はストップコールをかける。
店員は桃子に一から説明してくれた。
スープとはウミガメのスープと呼ばれている水平思考推理ゲームのことで、この店で夜にのみ注文でき、辛さは問題の難しさとか。
問題文が出され、それに質問する。
問題の提示者はそれに『はい』『いいえ』のおよそ二択で答え、問題の正解を導きだしていくゲームらしい。
疑問が消えた桃子にもう敵はいない。
水平思考推理、おもしろそうな響きに桃子の好奇心は持ちきりだ。
今回は初回と言うこともあり、難易度は優しそうだ。
店員はゆっくりと問題文を読み上げてくれた。
内容は以下のモノだ。
『私は女を殺した、するとなぜだか自分の血がその女から流れた。なぜ?』
スプラッタで非現実的な文、ありえない。
問題にしても情報が少なすぎる。
先輩はお手本を見せてくれるそうなので桃子はひとまず傍観することに。
「私は女に恨みがあって殺しましたか?」
『はい、確かな恨み、憎悪はあったでしょう』
「私は凶器を使用しましたか?」
『いいえ、使っておりません』
「ふむ……私は素手で女を殺しましたか?」
『はい』
これで凶器はわかったが、肝心の死因がわかっていない。
殴ったのか、
「私は殴って女を殺しましたか?」
先輩も考えていることは一緒なのだろう。
『いいえ』
「なら、絞殺ですか?」
『いいえ』
この返しに私は驚く。
しかし、先輩にはまだ手がかりがあったのか焦っていない。
「私は女を高所から突き落として殺しましたか?」
桃子は手をポンッと叩く。
場所は凶器のうちに含まれない。
完全に抜け穴だった。
これで間違いないと思った、が。
『いいえ』
まさか、これでもないのか。
先輩も少し動揺が隠せない。
「なら、駅のホーム?」
『いいえ、そもそも突き落としてなどいないのです』
店員は笑顔でそう答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます