パワハラ男と残酷な天使の鉄槌

kirillovlov

第1話 独房の訪問者

男は独房の中にいた。それほど狭くないが、たいへんな寒さだった。この場所では403号と呼ばれている。


403号はこうして独房の中にいるが、窮屈だとは思っていなかった。


「案外、独房というのも悪くない。看守を握れば気ままに暮らせるし、何よりここにぶち込まれてる犯罪者は、いくらいたぶっても誰も咎めやしない。会社勤めと比べたら、ここは天国かもしれないな。」


こうつぶやいて冷たくて固いベッドに転がり天井を眺めた。


403号は社会においては実直なビジネスマンだった。仕事にはひたむきで、会社や組織の成果に対して真剣に向き合う優秀な男だった。ただ、部下や下請け会社に対しては実利主義を逸脱するほどの冷徹で通した。そして周りに対して冷徹である程、仕事の成果はみるみると出ていき、出世していった。そしていつしか自分の求める能力に見合わない人間を精神的に追い詰め、心を嬲り、痛めつけては廃人にすることに快楽を見出すようになっていった。


少なくとも5人の人間を重度の鬱に追い込み、2名を自殺に追いやった。そして1名を自らの手で撲殺した。常軌を逸した指導に耐えられなくなった部下が、精神の限界をきたしたのか、彼の顔にツバを吐きかけた。その時、何かが頭の中でねじきれた。気づいたら顔面の原型がなくなるほどに部下を殴りたおしていた。止めに入った同僚をも殴りつけた結果、1名が死亡。2名が重軽傷を負った。ふりかえると犯行のことはよく覚えていない。ただ、極限まで勃起していたことだけは覚えている。昂ぶりすぎてパンツの中で射精し、気持ちが冷めて殴るのをやめたのだった。


「やっぱり殴って顔を歪ませてもダメだな。精神的に詰めに詰めきって、心の歪みが顔面の歪みに変わるあの顔がいいんだ。最初に廃人に追いやったあの新人の女は良かったなぁ。心がつぶれると無抵抗になるからな。心も体も貪り尽くしてやったんだ。あれは楽しかったなぁ。」


ベッドに転がり仰向けになり、過去の思い出にひたる。ふと天井にひび割れが入っているのがわかる。403号はその亀裂を眺めながら、下劣な思い出にひたり股間を膨らませていた。するとその天井の亀裂から、スルスルと煙のようなものが吹き出てきた。


「うわ、なんだ!?火事か?」


天井から吹き出てくる白い煙は、みるみるうちに独房へと降りてきて、まるでドライアイスみたいに床いっぱいに煙が溜まっていく。


「なんだこの部屋!おかしいぞ!おい!誰かいないのか!?」


天井から吹き出てくる煙は部屋の半分を埋め尽くし、403号は煙にまかれた。


次の瞬間、煙の中で青白い光が放たれたかと思うと、少しづつ煙が薄れていった。


煙が晴れていくと、そこには白い仮面で顔を覆った背の高い人間が立っていた。


背丈は2メートルはゆうに超えているだろうか。天井すれすれのところに頭があり、白くて表情のない仮面がこちらを見ている。ヒョロリと長い体にピッタリあった黒いスーツを着ている。


403号は、突然あらわれた不気味な怪人に食ってかかった。


「なんだお前!どこから入ってきた!何しに来た!」


仮面の怪人はクククと震える声で少し笑うとこう答えた。


「わたしは天使だ。」


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