決断

〝先帝〟種族は、初めて量子頭脳への人格移転と共通人格の形成を成し遂げ、

高度な技術と戦略によりて、銀河系を統一せる種族なり。

しかし、帝国の完成後も軍事種族は増加して、その腐敗と抗争が進行し、

彼女自身も側近団たる〝中枢種族〟達の傀儡かいらいと化されたり。


銀河系中央部における系列種族間の抗争や、新興の産業・技術種族への抑圧、

発展途上星域開発への干渉、銀河系外周星域種族からの収奪が激化する中で、

彼女の中の良識的な人格群はかかる情勢を憂慮ゆうりょし、次の如き決定に至れり。


『かつて我等が〝全種族の共栄〟のために築きたる帝国は

もはや制御が不可能となり、建国の理想も失われつつあり。

その理由とは、我等が生産性向上のための〝技術的政策〟において、

取引の効率化や生産品防衛のための軍事的社会統合にのみ専心し、

軍事技術の流出・拡散対策や、民生技術の開発・普及をおこたりしことなり』


『また、統一による〝平和の配当〟を再投資・再分配する〝経済・社会政策〟や、

生産・分配を担う帝国種族自身の資質を維持・向上させる、

教育・保健などの〝人的資源政策〟、

戦後は軍事から民生への移行を促し、組織の腐敗を防ぎつつ、

より多くの種族で大規模な国家を運営してゆくための、

〝行政管理政策〟を軽視したるがゆえなり。

今や我等は、軍事的手段以外の方法も用いて帝国の再建を図るべきならん』


『例えば親衛軍種族グラシャラボラスは、優秀なる軍事種族でありながら、

戦闘による犠牲を深く悲しみ、被害を最小化する防御力場技術を開発せり。

彼女は同じく覇権主義におちいらざる上官バールゼブルと共に、

無用の戦闘を回避しつつ、種族間紛争の調停等の任務を遂行せり。

かかる種族は我が皇帝領を巡る軍事種族間の抗争を抑止する、

平和主義の普及に貢献せん』


『正規軍種族アスタロトもまた、軍籍にありながら自由と平等を愛し、

職能や属性を問わず、いかなる種族をも公正に尊重して信望を得つつあり。

彼女はまた、その生真面目な性格によりて、

不真面目なるも才知ある副官ヴォラクをぎょし、

両者相補あいおぎないて、多数の種族からなる大艦隊を円滑に運用せり。

かかる種族は、今後ますます巨大・複雑・加速化する中心星域の社会活動を、

より多くの種族が共に運営するための、自由主義や民主主義の普及に貢献せん』


『行政種族アドラメレクは、異種族心理分析の第一人者として、

統一戦争以来我等に反感を抱く、銀河系外周星域の監視のために派遣されしが、

彼女はその期待を、良き意味にて裏切りたり。

彼女は、自らもまた巨大液化気体惑星に適応・移住しつつ、

帝国の脅威とならざる惑星移動技術や分権化政策を考案し、

同星域を近代化して、外周種族及びその長ベールの信頼と協力を獲得せり。

かかる種族は、今後帝国のさらなる発展に不可欠となる地方分権や種族共生、

ひいては星域の壁を越えた産業投資・相互支援政策の普及に貢献せん 』


『 同じく種族サタンは強健ならざるも心優しく、直向ひたむきな種族にして、

地球人等の発展途上種族を支援する中で、新たな着想を得たり。

すなわち、惑星規模の自然的限界と社会的統合に到達せる種族においては、

資源枯渇や環境破壊を防ぎ得る材料・動力エネルギーや、

争い少なく生産と分配の両立を可能とする政策決定支援、

紛争や災害による淘汰の犠牲無き、先進教育・医療による資質向上を可能とする、

人工知能を中心とした〝持続可能性技術〟と、

その活用政策が求められるという仮説なり 』


は、物的資源、人的資源、経済・社会活動の持続可能性を実現する、

体内環境を含む自然環境や、社会環境に優しき技術と政策なり。

彼女はかかる理論に加え、産業種族出身で優れた実務能力を有する

副長官アスモデウスの手腕にも支えられ、文明開発の実績を挙げつつあり。

かかる種族は、開発途上星域はもとより、

今や拡大の限界に到達せる帝国全体に必要な、

文明の持続可能性を実現する新技術・新政策の普及にも貢献せん 』


『以上の理由から、我等は母星を離れて、

皇帝領から近過ぎず遠過ぎざる開発途上星域のサタンのもとに亡命し、

他の三種族を含むその友好種族達と共に、帝国の改革を試みん。

彼女はかつて、帝国によりて天文学的危機から救われしことにより、

我等に対する感謝の念を抱ける種族なり。

それは彼女が途上種族の文明支援において、我等を善神となし、

自らが悪役を演じる伝承説話を使用せることからも明らかなり。

我等は今後、彼女を依代よりしろとして活動し、

帝国史の新たなる局面を切りひらかん』と。


残念ながら、かかる決意も軍事種族達の暴走を阻み得ず、

中枢種族間の内戦によりて、先帝〟種族の母星は破壊せられたり。


しかし、この亡命人格群の尽力もありて、

サタン達は当初叛徒はんとの汚名を被りつつも、

〝全種族のための文明発展〟を理念とする新帝国を設立し、内戦を平定せり。


戦後、新皇帝サタンを初めとする新帝国の理事種族達は、

〝先帝〟種族の生存者を救出すると共に帝国の民主化を決定し、

新国家は復興を遂げて、戦前以上の繁栄を獲得せり。

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