アスモデウス

新帝国の理事種族にして〝熱情王〟の異名を持つアスモデウスは、

新帝国設立とその民主化計画の正当性につきて、かく語りき。



(1) 内情


「我アスモデウスの目的は本来、

中枢種族との抗争による政権の奪取には非ず。

帝国の発展と共に興隆せし産業・経済種族の一員として、

帝国の建設に功多かりし軍事的統治種族に対し、

さらに多くの種族の利益を平和裡に実現すべく、

ただ政治的発言権の分与を求むるにありき」


「我はまた、かかる権力の行使には重大なる責任を伴うが故に、

これに必要不可欠なる知識と経験を得るべく、

当時は文明開発長官なりし現皇帝種族の、

民政部門副長官の地位を希望せり。

この時彼女はすでに文明開発工学を中心として、

他の科学分野にも造詣ぞうけいの深き技術官僚テクノクラート種族として知られ、

発展途上種族を含む多数の臣民から、

〝ルシファー(知恵の光を運ぶ者)〟の愛称を得つつあり」


しかし同職に着任後、

科学省長官ストラスからも情報を得て状況を分析せし我は、

中枢種族間における腐敗堕落と権力闘争が悪化の一途を辿り、

もはや帝国内の利害調整機能はおろか、

国家統一自体が危機に瀕したる事実を発見して、愕然がくぜんとせり」


「帝国の権威を示すべく、

固有名称の使用さえ禁じられし〝先帝〟種族は、

側近団たる枢密院を構成する〝中枢種族〟の政治工作によりて

既に傀儡かいらい化せられたり。

また、各中枢種族は傘下さんかに多数の下級軍事種族を従えて

事実上の独立領を形成すると共に、

それらの系列種族は領土内外における収奪と代理戦争に狂奔せり。

かかる実態は巧妙なる情報操作と陰湿なる恐怖政治、

あるいは各領域の利害障壁によりて隠蔽いんぺいされしが、

その影響は既に親衛軍の内部から開発途上星域にまで及び、

超新星兵器の拡散による軍事的緊張の増大とも相俟あいまちて、

大規模な内戦の勃発は時間の問題と思われたり」


「然しながら、当時における私的利益と公的利益、

また公益のうちでも専制統治の功罪や、

改革成功の確率につきての均衡を考えれば、

我及び友好種族のみで問題の解決を図ることは極めて困難なりき。

故に我は、『種族には永遠の敵も友も存在せず』

とも表現すべき信条に基づき、

この非情なる社会情勢のもとでまずは自身の生存を図り、

臨機に行動する他にみちなしと判断せり」


「周知のごとく、帝国の最先進種族は人格群を量子頭脳に移転して、

〝種族融合体〟を構築せるがゆえに、

必要に応じて共有人格を形成することも可能なり。

種族融合以前の我が種族の個体は、大型の頭部を有する爬虫類型生物にして、

〝個体脳〟〝社会脳〟及び〝調整脳〟の三領域からなる大脳を特徴とせり。

ゆえにその特質は融合後も継承され、

惑星地下に設置されし量子演算機構群は三系統に分離のうえ、

各々が我が種族の利益判断と星間社会の利益判断、

そして両者の調整による最終決定を行うべく機能せり」


「当時の我にとりて、我が身の安全はもとより星間社会の運営上も、

腐敗せるとはいえ帝国の統治機構は

なお不可欠なるものと認識せられたり。

従って、万一内戦勃発の際には局外中立を保ち戦禍を免れつつ、

交渉及び調停によりて早期の戦闘終結と治安回復に協力し、

戦後可能な限り有利な立場で復興事業に参入することをひそかに期したるも、

また止むを得ざるところならん」



(2) 理想


「一方、我が見たる現皇帝種族の第一印象は、奇特なる世捨て人なり。

彼女は先帝とも深きえにしを有する古き種族でありながら、

中心星域における権勢を望まず、可動惑星ごと開発途上星域に移住して、

ただ一心に発展途上文明の育成へと、その情熱を捧げたり。

彼女は、量子頭脳への人格転移マインドアップロードを達成せる最先進種族のうちでも、

他種族支援のために半数以上の人格を分離体・分離個体として派遣せる、

唯一の種族なり。

その姿は、社会の現実から目を背けて理想に逃避せる、

行政官というよりは一学徒の如く映りたり」


しかし彼女は、とある惑星の支援において、

軍事的に重要な希少資源の発見を報告せる我に対し、

『汝は何故なにゆえにその発見をまず、

自らの現職就任に協力せし中枢種族へと

秘密裡ひみつりに報告せざりしか』と問いたり。

我は『かかる報告には対象種族の〝不慮の悲劇〟による絶滅と、

中枢種族による惑星の直轄領化を招く危険性あり。

我はかねてより私益と公益の調和する所に従いて行動すべく

心がけしところ、

かような危険は余りにも公益を損なうものと考えたるなり』と回答せり。

彼女は黙して、これに同意せり」


「彼女は古き種族なるが故に、

帝国の草創期からその政権内に存する深き闇に関し、

多数の経験及び見聞を重ねたる種族なり。

また彼女は、文明開発長官就任以後の悲しむべき経験から、

我もまた中枢種族の派遣せる間諜かんちょうなりやとの

懸念を抱きたるなり」


「我は彼女に、『汝は何故に種族間の競争という側面を軽視し、

途上種族への支援という協調的活動のみに専心せるや』と問いたり。

これに対して彼女は、次の如く回答せり」


「即ち、『我は帝国文明の発展を望むものなり。

建設的な競争は文明発展に資するも、

泥試合の如く愚劣なる抗争はこれを損なうものなり。

〝文明〟の定義とは、土木工学等の自然科学技術や、

国家制度等の社会科学技術を使用せる〝文化〟、

即ち高等技術を有する知的生命活動様式なり。

そしてまた、技術が環境の制御に失敗せる場合、

生存を賭した規則なき競争が偶然の自然選択を通じ、

当面の環境下における種族延命を可能とする場合も存することは

冷厳なる事実なり』」


「『然し、そもそも賢明な種族なれば、

かくも不確実な事象に自らの未来を委ねるが如き、

浅ましき窮状きゅうじょうには陥らざるものならん。

かかる混乱状態の発生は、〝文明の敗北〟を意味するものなり。

故に、我は技術の進歩に相応ふさわしき政策を以て

かような愚行を回避すべく、

帝国の将来を担う〝未来あるもの〟への支援と、

そこで得られし知識の集積と活用に努めるものなり。

生物の多様性が生態系を安定せしむるが如く、

種族の多様性は文明の持続可能性を高からしめん。

帝国の全種族間に真の協力関係を築かば、

は必ずや、知性と文明の光に輝く銀河系文明の

永続的発展を約束せん』と」



(3) 決断


「然し、その後も中枢種族の腐敗と抗争は進行し、

ついには彼女達が〝優秀〟なる軍事種族を量産すべく、

途上種族間の戦争や内乱による淘汰を誘発し、

非人道的干渉を行いし事実が判明せり。

この時、苦悩せる彼女と共に我もまた、

個体脳及び社会脳の回答の相剋そうこくに苦しみたり」


「我等が窮余きゅうよの策として、

事態の是正を求める公開請願を行いたり。

然し、これに対して中枢種族ザフィエルは先帝名を僣称せんしょうし、

我等の軍事部門副長官アモンに現皇帝及び我の処刑命令を下したり。

アモンはこれに異議を唱えしが、

中枢種族は彼女をも抹殺すべく、その最愛の姉妹種族カイムを派遣せり」


「両者が戦闘後、共に重大なる損傷を負いて行動不能に陥りたる時、

またその戦塵せんじんの中に、深き悲しみと事態克服への決意をたたえたる

現皇帝の可動惑星が観測されし時、我が葛藤は消滅せり。

即ち、我が種族の共有意識を構成する三系統の量子頭脳のうち、

個体脳・社会脳の結論は一致して調整脳の判断は不要となり、

全ての頭脳を唯一の結論即ち、

彼女と共に帝国及び我等自身の破滅を阻止するための、

戦略立案に指向することを得たり」


「我は自らの野心を否定せず。然し、其は利己主義的な野心には非ず。

この軟弱なまでに心優しく、自己犠牲的なまでに直向ひたむきなる

元文明開発長官の〝ルシファー(光輝帝)〟サタンと共に、

戦乱時代の終焉しゅうえんに伴う産業種族への分権化を求めんとする野心なり。

さらには技術種族ストラス、銀河系外周種族ベール、

良識的軍事種族のアスタロトやバールゼブルとも手をたずさえて、

帝国の民主化や地方自治、多種族共生や文民管制シビリアン・コントロール

実現せんとする野心なり。

これらは即ち、今や酸素系・軍事・量子化種族による専制統治にあらずとも、

全種族による民主政治をもって、

文明国家を維持・発展せしめ得ることを証せんとする野心なり。

我は、これより全ての種族が共有すべき、

かかる願いを罰すべき法律はなきものと確信せり」と。

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