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「実はバーに来るの、今日が初めてなんです」

 一通り拭き終えてタオルを手渡してくれる時、彼女がそう言った。その顔は確かにどことなく幼さの残るはにかみだった。年齢は斉藤君とそう変わらないだろうか。

「当店を大切な初めてのバーに選んでいただいて光栄です」

「ふふ、実は知り合いがとても素敵なお店だと言っていて、絶対にデビューはこちらのお店にしようと思っていたんです」

「それはそれは」

 一杯目は甘いカクテルをオーダーされた。しかもオススメで。これもバーへ行ったらしようと思っていたオーダーらしい。なんてこった可愛い子だな。

「今日はこっちへ泊りの用事があって、台風が近づいていて大雨だって知っていたんですけど、どうしてもお店に来たくて」

 彼女に出したのはプリンセス・メアリー。甘くてクリーミーなカクテルだ。一口飲んだ彼女の顔。それはきっと一生忘れることはないだろう。俺の作った酒であんなに驚いて喜んでくれたのだから。あの表情の移り変わり、見ていてこっちが嬉しくなるほどだ。

「勇気を出して来てよかったです」

 グラスを空にしてホッと息を吐きながら彼女が言った。

「本当は結構な時間悩んでいたので」

「そうなんですか?」

「だってバーですよ? 大人の空間ではありませんか。と言っても、もう大人なんですけれどね」

「それなのに勇気を出して来てくださったんですね」

「はい、今日と言う日は今日しかありませんから。勇気を出して良かったです」

 ふわり、と微笑んだ彼女は人形なんかじゃない。素敵な女性だった。

 『また来ます』と少女さが残る微笑みを浮かべて彼女は出て行った。オールドローズ色のドレスを翻して。

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