第六十一話
土曜の昼下がり、やってきたのは県内屈指の蔵書量を誇る県立大和図書情報館。 まぁ情報館という名前がついているが、図書館となんら変わらないらしい。外観もほんの数年前に建築されたばかりの新築なだけあって、なかなか綺麗だった。
「うわぁ、おっきいねぇ!」
あかりが県庁よりも大きそうな野っぱらに佇む建物を楽しそうに眺める。
かくいう俺自身も今日初めて来るので、割と圧巻されていた。まさか地元にこんな近代的な場所があるとは。うちってけっこう古いというか、外観を守るためとかでビルの高さ制限あったりと全体的に地味なんだよな。その代わり寺とかは多いので別にそれが嫌なわけではないが、やはりこういう建物は新鮮味を感じる。
……でも、だ。
そんな感動もこれから待ち受ける事を考えれば自然と静まっていく。何せこの後会うのは俺が振った相手なわけで……。
河合も河合でどうして俺なんかまで誘ったのだろうか。それともこういうのって割と普通で、ただ単に考えすぎてるだけなのか? だとすれば俺も俺で切り替えなければならない。相手が気にしてないのにこちらが気にしすぎているのは相手に悪いだろうからな。そもそもあれだ、別に勉強するだけなんだからそういうの関係無いよな! うんうん。
さー、なんでもバッチコーイ! と気合を入れると、あかりが袖を引っ張ってくる。
「ねね、入ろ入ろ! もうるみちゃん来てるかもしれないし!」
「分かったから引っ張るな」
あかりになされるがまま中に入ると、ガラス張りの壁に並行して並ぶ長椅子に河合は座っていた。
河合もすぐに気づいたようで、立ち上がりこちらに手を振ってくれる。
「やっほ~」
……ん?
なんら女子にありきたりそうな挨拶だが、何故か喉に何かがつっかえた様な妙な感じがする。
「やっほーるみちゃん!」
「久しぶり~あかりちゃん」
あかりが抱き着くと、河合はニコニコと笑って応じる。
……やっぱり何か違和感。これは図書館の時にも感じたのと同じだ。
「忍坂君もこの前ぶり~」
「え、あ、おう」
屈託のない微笑みを向けられ、ついどもってしまった。
この前、というのは交流会なのかどっちの事を指しているのだろう。いやまぁそんな事よりだ。
「あれー? でもなんかるみちゃんいつもとちょっとだけ違う?」
ふと、河合から離れたあかりが河合の事をまじまじと眺める。普段の河合なら億しそうなものだが、今回は違った。
「あ、やっぱり分かる?」
「うん。うーんとね、なんだろう。なんか……そう、可愛くなった!」
あかりが言うと、河合はフフッと少し口元を緩める。
「可愛くなったかは分からないけど、実はね、ちょっとだけお化粧してみたんだ~」
「お化粧!? え、すごい!」
あかりが河合の顔をじっと見つめるので、俺も遠目ながらも少し注意して見てみると、なるほど、確かにいつもより肌が白い感じがするし、すごく薄いけど口紅も引いてありそうだった。
「服もこれけっこう最近買ったやつでね」
「すごい可愛い!」
河合がふわっとしたレースのスカートを揺らすと、あかりが嬉しそうにぴょこぴょこ跳ねる。
確かに河合の服装はなかなかいい感じだった。カジュアルという奴なのか、デニムのジャンパーとふわっとし白スカートの組み合わせもさることながら、それをまとめるように頭に黒いベレー帽をかぶる様は、今時のお洒落な女子という感じだ。
あかりも家にあるスポーティーな服の組み合わせは悪くないが、おしゃれ度で言ったら河合の方が上だろう。俺なんかはもうあるやつを着てきただけなので論外だ。
ついつい見入ってしまっていると、ふと河合と目が合う。
「どう、かな?」
「え、えと、いいんじゃ、ないか?」
またまた声を詰まらせてしまった。だって普段と全然違うから河合……。
「よかった」
少し頬を染めつつもはにかむ河合の表情はどこか大人びたもので、やはり中学の時の河合とはまったく違うようだった。
これはまさか心に深い傷を……!
などとほんの一瞬頭をかすめたが、流石にそれは自意識過剰もすぎるのですぐに振り払う。
だいたい、それよりももっと納得できるような答えに思い到る事が出来る。
これはつまりデビュー後の河合の姿、というわけなのだろう。恐らく今の河合は高校ではたぶんこんな感じで過ごしているに違いない。
今まで俺たちの前ではあまり中学と変わらない姿を見せて来た河合が、何故ここにきてデビュー後の姿を見せてきたのかは俺には分からない。
が、まぁ河合も河合で何か考えがあっての事なのかもしれない。それには少なからず、俺が振ったという事実も関わってきて……いやその事についてはもう考えない方がいいのかもしれない。
河合自身、その事については気にしてる素振りもないし、何より、俺は既に河合にあの場で「今までの事は忘れてくれると嬉しい」と言われている。
だったら、こっちで悩まずその通りにする事こそが俺の河合に対して成せる一番誠実な事なんじゃないだろうか。
もちろん、俺の気持ちが河合に向いた上で全てを受け入れる事が最善なのは分かる。でも、俺の気持ちはやっぱりどうしても変わりそうに無い。
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