〇俺が彼女に嫌われているのは
第四十九話
あかりと山登りをした日を境にぐっと気温が上がった気がする。
かろうじで陽の当らない廊下内はヒンヤリしているが、それもじきに湿度と暑さに支配されるだろう。実際、先ほどは西日の射しこむ昇降口で立っていた時は、じっとしていても汗ばむほどだった。
さて、遂に迎えてしまったこの日。
あかりと山登りしてから三日ほど経った今日は図書委員交流会だ……。
いやまぁそれ自体はちょっとだけ楽しみではあるんだけどさ、一緒に行く相手がね、あの姫野さんだからね。
しかも俺達を指名した当の本人アラサー担任様は今日に限って出張ときた。元々上級生ともども車で送ってもらえるとの事だったが、そのせいで俺達は自らの足で他校におじゃましないといけない。ちなみに姫野さんが掃除当番という事で上級生の方々には先に行ってもらっている。目上の人を待たせるのは流石に良くない。
部活へ行く生徒、帰宅する生徒もそろそろまばら。
姫野さんを待っていると、見知った坊主――物見が走って来た。
そのまま通り過ぎるかと思われたが、物見は俺の前で足踏みしながら立ち止まる。
「おお、忍坂か! お前今日姫野さんと交流会だな!」
「ああ、おう」
「くれぐれも気をつけろよな!」
それだけ言うと、物見は昇降口の外へと駆けて行った。
なんていうかイメージ通り忙しない奴だな……。しかし気をつけろって一体どういう意味だ?
そんな疑問が脳によぎった瞬間だった。
不意に凄まじくどす黒いオーラが空間を支配する。
な、なんだこの禍々しい気は……!
本能が打ち鳴らす警鐘の赴くまま振り返ると、そこには掃除当番を終えたのか、歩いてくる姫野さんがこちらに手を振っていた。
まさかこれは、姫野さんの……いや違うッ!
焦点を姫野さん後方へ調節。
刹那、俺の視界には地獄絵図と見紛う光景が映し出された。
そいつらは人型をした異形共。奴らは忘れた頃にやって来る。
手に持つのは金属バッド、ゴルフクラブ、鉄パイプ。そしてその特徴である目がくりぬかれた紙袋と、花と姫が刷られたはっぴは間違いない。
そう、あれは花姫親衛隊……ッ!!
「ごめんねコウ君、待ったよね?」
「え、あ、えっと……」
後ろの光景の凄絶さにしどろもどろな返事をしてしまうと、さらに恐ろしいまでの怒気を孕んだ殺意が飛んでくる。それが意図する事はきっとただ一つ。
姫野さんに気を遣わせるな。
「いや! 全然待ってないぞ! うん! ほんとまーったく、これーっぽっちも待ってない!」
「良かった」
姫野さんが安堵したように息をつくと、途端、後ろの連中十数名がグッと親指を突き立ててくる。全員が全員で同じタイミングでするもんだから、その薄気味悪さと言ったら尋常じゃない。
「あの姫野さん、一応聞いとくけど後ろにいる人らは……」
「後ろ? コウ君の後ろには誰もいないよ」
「いやそうじゃなくてね?」
あなたの後ろです姫野さん。
気付いてないのはわざとなのか、それとも本当に気付いてないのか。
まぁもうどっちでもいいか、詮索しないでおこう。奴らの関わったらろくなことにならない気がする。それに俺も俺であんまり後ろばっかりに気を回していられないだろうし。
横目でちらりと姫野さんの方を見ると、姫野さんは小首をかしげた。
「んー?」
ほらまたそういうあざとい仕草してくる! いやそれはただの考えすぎか?
「……いやなんでもない、行こうか」
気を引き締めて。
というわけで、とりあえずカルト集団の方は気付かないふりをする方針で行くことにした。
♢ ♢ ♢
図書委員交流会は
姫野さんの幼馴染がいた岡高とは逆方面での隣の高校だ。
岡高はなんとか北高から歩いていける距離だが、真高は電車を乗る必要が出てくる。
しばらく姫野さんと共に歩いていると、いつも登下校に使う馴染みの駅に差し掛かる。え、カルト集団? そんな奴らいたっけ。
「確かこの駅だから……320円だね」
姫野さんが路線図を見ながら呟くと、一人で切符を買いに行く。
「あれ、どうしたのコウ君?」
「え、ああいや。定期だから……」
「そっか。でもごめん、ちょっとだけおトイレ行ってきてもいいかな?」
「え、うん。ああ」
姫野さんはそれだけ言うと、一人この場を離れていく。
……妙だ。
高校から駅まで、それなりの距離を歩いてきたはず。なのにここまで一切精神攻撃を受けていない。
もちろん黙々と歩いてきたわけではなく普通に話しながら歩いていたが、本当にただ雑談しただけというか。会話にああいう感じの色が無かったというか。言葉は悪いが、社交辞令的な。いや別にそれが本来あるべき姿なんだけどね? 急だと微妙に浮かないと言うか。
俺は何が何でもあかりが好きで、あかりは姫野さんを友達だという。
その事を俺達は証明できた、そういう事なのだろうか?
それとも単に嫌われただけ……いやむしろこっちだよなこれ。ああなんかそんな気がしてきた。いやだって思い出しても見ろよ、思い当たる節なんていっぱいあるんじゃないか? 姫野さん相手に全く鼻を伸ばさなかった自信無いし、俺こうやって図書委員交流会に来ちゃってるわけだし。
ああそうだよなそうに違いない。ほら見ろ、今もたぶん俺のせいで姫野さんの後をぞろぞろとカルト集団が付いていって……あ?
姫野さんどこ行くって言ってたっけ、確かトイレって……。
「いんやぁ隊長! 尿意って突然来るものですねぇ!」
「だな。まったくけしからんぼーこーだ! このおーぼーは実に許しがたい!」
「まったくまったく! 学校のプールを見習ってほしいものですなぁ!」
こいつらァッ!
いやいやそりゃ流石にやばいでしょうよ! 何さらっと女の子のトイレ付いていこうとしてんだ!?
「隊長、確認しておきますがちゃんと青い方に行ってくださいよ」
「あ、あたり前であろう!」
ふと会話を聞いていたらしい女子隊員の人が隊長たちを咎める。
そうだ良かった、花姫親衛隊は何も野郎しかいないわけじゃないんだ。
「まぁ女は赤い方に入れるんですけどね!? うっひょひょ~い!」
うっひょひょ~い! 親衛隊って時点でもう男女関係ないよね! 男女平等素晴らしい!
んなわけあるかよ! むしろ女子の方があぶないなぁ!? 無視しようと決めていたが、身を犠牲にしても奴らの侵攻を止めないきゃだめだ!
使命感に駆られ走りだした転瞬、あおいふくのおにいさんが奴らの前に立ちはだかった。
俺はぐっとブレーキをかけ、遠目から様子を窺うことにする。
「君たち、ちょっと交番でお話聞かせてくれるかな?」
あおいふくのおにいさんの正体は警察だった。
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