第三十八話
あかりが称賛の輪から解放されたのは少し経ってからだった。
「お疲れさん。活躍だったんだって?」
「あ、うん……」
ねぎらいと称賛をしたつもりだったが、あかりの反応はどこか沈んでいる。
一体どうしたというのだろう。さっきは遠目からで様子まで分からなかったけど、何かあったのだろうか。
シュウの方に目を向けてみるが、首を軽く振る。トラブルがあったけでも無いか。
「ふうちゃん……」
つとあかりが何樫の名前を呟く。
なるほど、何樫が心配だったということか。
「あいつなら安心しろ。球技大会はちょっと厳しいかもしれないけど元気だぞ」
「あ、そ、そうなんだ。それは良かった良かった!」
一瞬言葉を詰まらせるが、あかりはうんうんと頷く。なんか反応が微妙な気がする。
「あ、コウ君戻って来てたんだ、何樫さん大丈夫だった?」
あかりの様子に疑問を抱いていると、後ろから声がかかる。
「ああ姫野さんか。球技大会は厳しそうだけど、元気ではあった」
「そっか、それなら良かった」
姫野さんが俺の隣にくると、あかりと対峙する形になる。
「あかりもさっき凄かったね」
「え、あ、うん……」
相変わらずどこか沈み気味になるあかり。
ふむ、ここは相変わらずだ。
「二組と九組は各陣地に入ってください」
どうしたものかと考えていると、審判の声によって思考は止められる。
そのすぐ後になんチャラ君が歩いて来ると、クラスが円陣を組むところだった。
陣地に入ると、敵の姿も自ずと見える。
なんとなく眼鏡率が高く、レンズを光らせ薄ら笑いしている連中が多い印象だ。なんか腹立つな。たしか九組は特進クラスの理数科だったか。うちの二組同様一回戦は白星と言う事だ。油断ならない相手だろう。
「忍坂考哉!」
ふと、敵陣地から名前が飛んできたので見てみると、やっぱり眼鏡をかけたいかにも優等生っぽい男が人差し指の紋を見せつけてきた。
「えっと、誰?」
「よもやこの俺の事を忘れたとは言わせんぞ?」
ちょっと待って。マジで見覚え無いんだけどどうしよう。でも何だろう、この腹の底から湧いて出るような嫌な感じ、どこかで経験したことがある。
「ならば刮目するがよい」
言うと、その男は片手をあげる。
瞬間、敵陣にいる半数程の男が一斉にポケットから何かを取り出し、頭にかぶる。
ぐしゃぐしゃにしわが寄ったそれは。より一層この集団を不気味なカルト集団に仕立て上げる。なるほどお前だったのか、ボス風紙袋……!
「我ら花姫親衛隊の本拠点はここに在り! これより貴様を個人的私怨で」
「ゲームスタート」
「え?」
審判が告げると、隊長の間抜けな声と共に、二つのボールがうちの陣地に入ってくる。
一瞬であかりは拾い上げると、隊長に至近距離での打撃。
「あかりちゃんバースト!」
「ぼふぅ……⁉」
隊長は変な声を上げると、倒れてしまった。
「我が人生に、一片の悔いなし……」
本当に悔いがないのか、隊長の顔は心なしか嬉しそうである。何なのコイツ……。
「隊長!」
親衛隊員が駆け寄ると、好機とばかりにクラスの猛攻が親衛隊を襲う。
「ぼるぼっくす!」
「あおみどろぉ……!」
親衛隊は次々と理数科っぽい奇声を上げると、親衛隊の全員が除外ないし外野送りとなった。
呆気ないな……。まぁ俺に声をかけるため、律儀にラインギリギリまで来てたもんねこの人たち。狙われるのも無理は無い。
だがこの勝負貰ったと思ったのも束の間、理数科とだけあって考えて戦っているのか、ボール回しが巧い。
ゲームにはボールが二つあるが、できる限り外野と内野から同時に放つように投げてくるのだ。
洗練されたボール回しに翻弄されていると、気付けばうちのクラスも半分くらいになっていた。
ただ幸いな事に、まだ内野にはあかりもシュウもいる。この二柱が崩れない限り負ける事は無いだろう。
あかりが飛んできたボールを受け止めると、早速敵方の姫を撃ち落とす。あちらは親衛隊が複数除外されてる事もあってか護衛の手が回り切っていないようだ。
「きゃー流石花咲さん! マジすご!」
ふと、声が聞こえたので見てみると、保健室から帰って来たのか、コートの外で何樫がサイリウムを振らん勢いではしゃいでいた。元気そうで何よりですね……。
あかりも何樫に目を向けるので、あっけらかーんと声援に応じるのかと思えば、特に何を言う様子もない。
どうしたのかと心配したのも束の間、外野からあかりを狙わんとするボールが飛んでくる。間一髪シュウが間に合ったようで、なんとか受け止めた。
「大丈夫?」
「あ、ありがとうシュウ君……」
「あ、花咲さん!」
シュウが叫ぶと、あかりの背後には迫りくるのは凶弾。
おいおい、シュウは少し無理な位置から取ってたし、これは対処できないぞ。
ゲームアウトにはならないが、外野に行くとボールが余計回らなくなる可能性がある。細かなルールにあったが、確かボールの譲渡は禁止だ。
今ボールはシュウの手元。ならあれをとれば流れを変えられるかもしれない。
「ちょっとごめん」
「あ、コウ君」
姫野さんに断りを入れてダッシュする。
即座にあかりの背後に滑り込むと、紙一重でボールと対峙する事に成功した。なかなか強いボールだったが、なんとかキャッチする。
「コウ……」
「ほらあかり、らしくないぞ。ここで負けたら景気が悪いだろ」
球技大会の後一世一代の大勝負を控えてるというのに。
「……そっか。そうだよね。うん! がんばる!」
あかりが従来の様な笑みを見せてくれる。それでこそあかりだ。
俺が即座に外野へボールを上げると、掴んだタイミングと同時にシュウが内野へ攻撃にかかり見事当てる。
その上跳ね上がったボールは、こちら側の外野にいった。流れが来てるな。
それを確認し、俺は姫野さんの護衛をまた再開する。
「コウ君……」
「ごめん姫野さん。あかりは大事だからついね」
女子のくせに男子以上の攻撃力はこのルールには強すぎる。
その後、あかりもいつも通りの力を発揮したおかげもあってか、理数科はおろか、他のクラスにも次々と勝利を収めることが出来た。
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