第三十七話
グランドに戻ると、既にうちのクラスの試合は終わったらしかった。
先ほど試合のやっていたコート近くにあった手ごろな木陰に座ると、シュウが爽やかスマイルで出迎えてくれる。
「あ、コウおかえり。何樫さん大丈夫そう?」
「まぁ球技大会は厳しいだろうな」
「そっか。早く治ってくれるといいね」
「ああ。ちなみに試合はどうなったんだ?」
聞いては見るが、相手の疲弊ぶりを見ると言うまでも無さそうだ。
「うちが勝ったよ。花咲さんの大活躍でね」
「やっぱりな……」
まぁあかりだけに留まらず、うちは総合力が高めだろう。文学少年君はさておいても、なんチャラ君とその取り巻きは確かハンドボール部とか野球部だったし、シュウにしても運動神経抜群だしな。こりゃ俺の出る幕は無さそうだ。
「そう言えばあかりの姿が見えないよな?」
あいつの事だから勝ったら飛んできそうな気もするけど。
「あそこだよ」
シュウの指さす方を見ると、あかりが色んな人に囲まれていた。よほどの活躍だったらしい。
「あと姫野さんもさっきまでいたけど、水を飲みに行ったみたいだよ」
「そうか」
なら丁度いい。話すなら今しかないだろう。
「それよりシュウ、試合前に言ってた事だけど」
「花咲さんについて、だね」
流石シュウ、やっぱりあの時察していたらしい。でもちゃんとした答えを言わない事にする。この際、意味はなさないと思うが一応筋と言うものは通す。
「さぁな。それより、放課後東館の屋上へ続く踊り場に来てくれないか」
「別にいいけど、本当にいいの? もし仮に、だけどそういう事なんだとしたら、できれば僕としても傷つけるのは本意じゃないんだ」
「まぁ、そうだな。それでも黙って受けてくれると嬉しい」
結果はどうあれ、挑戦する事に意味はある。俺はそう考えた。だから今回、あかりがやるというならその意志を尊重しようと思う。例え失敗でもその中に得るものはあるはずだから。
でも、成功の中に得るものも確かにあるとは思う。
「そっか。二人が決めた事なら仕方ないね。挑戦する事に意味が無い、とは僕も思わないよ」
シュウが話はこれまでだと言わんばかりに立ち上がるが、引き留めさせてもらう。
「なぁシュウ」
「どうしたの?」
「前にも聞いたけど、お前に好きな人はいるのか?」
「いないけど、それがどうかしたの?」
シュウは特に取り繕った様子もなく、自然に返してくる。やっぱり嘘をついているわけではなさそうだ。
「いや。じゃあもう一つ聞く、あかりについてどう思ってるんだ?」
「花咲さん?」
シュウは少し考える素振りを見せると、やがて微笑み交じりに答える。
「魅力的な子だと思うけど」
「それは本心だよな?」
「うん。別に嘘をつく理由もないしね」
「そうか……」
ならやっぱり分からない。何故シュウはあかりを振る必要があるのだろうか。自分じゃ駄目だとシュウは言っていた。でも一体どこに駄目な要素があるというのだろう。
「なぁ、もしあかりに告白されたらやっぱり振るのか?」
「そうなるね」
間を置くことなく放たれるシュウの言葉からは、意志の強さを感じる。
「なんでだよ? 聞く限りじゃお前はあかりに悪い印象どころか良い印象しか抱いていない。あかりが嫌いなら嫌いでそれでいい。でもせめてその理由だけでも教えてくれないか。実際はともかく、普通に気になる」
訴えると、シュウは少しの間黙っていたが、やがてまた俺の隣へと座る。
「前も言った通り、僕じゃ駄目だから。いや、僕は駄目だからって言った方が正しいかもしれない」
「シュウが駄目だって?」
一体何を言ってるのだろうか。容姿端麗、勉学も運動もできて家柄も申し分ない上に、人の気持ちを読み取るのにも長けている。これの何が駄目なのだろう。
「そうだよ。僕はね、家の環境がああだから、ずっと周りに保護されて生きてきたんだ」
家の環境、つまり刑部グループの御曹司としての環境の事だろう。
「親だってそうだし、小学校も中学校も割と学校側が色々してくれるところで、それだけに気付いたら周りの事が見えない、自分じゃ何も動けないなんとも情けない人間になっている事に気づいたんだ」
シュウは少し目線を落とすと、また続ける。
「高校も同じような学校に入る予定だったんだけど、このままじゃ駄目だと思って父さんと母さんに普通の高校に入れてほしいって頼んだんだ。言い方は良くないけど、普通の家庭の子達と一緒に過ごせば自分も変われるんじゃないかって思ってね。最初は二人とも渋ってたけど、とりあえず勉強を怠らない事を条件に許可してくれたよ」
なるほど、だからシュウは大企業の御曹司にも拘わらずこの高校に入っているのか。
「でもいざ入ってみてもやっぱり僕は駄目だった。コウも思い当たる節あるんじゃないかな? 僕って日直とか忘れがちだし、校外学習の時のバーベキューの用意とかも結局みんなに任せっきりだった。今まで自分から動いた事が無いからそもそも動くという発想が僕には無かったんだよ。気が利かないって奴。ほんと、情けないよね」
言われてみれば確かに時々だがシュウはボーっとしてるなとは思った事があった。
でも、別に迷惑だったかと言われればまったくそんな事は無い。
「だから僕じゃ駄目なんだよ。僕は頼りないし気も利かないから、きっと誰かと付き合う事になれば色々と迷惑もかけるし嫌な思いもさせちゃうと思う」
一通り言い終えると、シュウの視線は空に向く。
ふむ、シュウがあかりを拒むのにはこういう理由があったのか。なんていうか、シュウはのんびりしている奴だと思ってたけど、意外とストイックな人間らしい。
「なるほどなぁ……」
シュウなりに気遣っての事なのは分かった。
でもそうだな……あえてここはネガティブに考えてみようか。元々そういう思考は得意な方だし。
「でもシュウ、それこそ甘えなんじゃないのか?」
「え?」
「新たな変化に身を投じる事で自身の成長につなげる。俺にはシュウがそれを拒んでいるようにも見える」
言うと、シュウの瞳が再度俺を捉える。
「自分で変わりたい、と言いながらそれを拒む。この矛盾は行ってしまえばお前の甘い根性が生み出したものなんじゃないのか?」
「それは……」
シュウが言葉に詰まると、束の間の沈黙が訪れる。
……やっぱこういう役回りは俺には向かないな。
「……とか言ってな。本当にお前があかりの事を思ってそういう事言ってるのはよくわかってる。でもなシュウ、人間誰だって欠点の一つや二つくらいあるんだよ。ていうか俺なんか一つや二つどころじゃないし。でもその点シュウはどうだ? 容姿端麗、成績優秀、スポーツもできるハイスペックナイスガイで、欠点なんてその一つくらいなんじゃないのか?」
「そんなのただの記号だよ」
シュウが苦そうな笑みを浮かべて否定してくる。
「さてどうだかな? でもまぁそれはさておいても、少なくともシュウは自分の欠点を見つけて、それと向き合ってる。それってけっこう凄い事だと思うんだ。ほら、人って自分に不利な事は見たくない生き物だろ?」
主に俺とかそれに滅茶苦茶当てはまる。
「まぁつまり俺が言いたいことはだな、自分に自信を持てばいいと思うって事だな」
「コウ……」
名前を呟かれると、どうにもむずがゆい感覚が全身に渡る。流石に色々と言い過ぎただろうか……。
嫌われやしないかとひやりとしたが、それは杞憂だった。
「それ、そっくりそのままお返しするよ」
「うっ……」
流石シュウ、やられっぱなしじゃ終わらない。いやでも第三者から見たら俺なんてシュウに比べたら絶対しょぼい人間だし、自信持つのはちょっとできそうにないです。
「でもありがとう、おかげで少し気は晴れたよ」
「そ、そうか。それなら良かった」
とりあえず、こいつ何講釈垂れちゃってんのとか思わてないようで良かった。さて、たぶんこれであかりの告白も……。
「でもそうだね。もし今日何かがあるとしても、たぶん僕は頷かないと思うよ」
「……そうか」
そう簡単にいかないよな。
「ちなみに理由は?」
「さぁ、なんだろうね」
シュウは肩をすくめると、どこか楽し気に笑う。
どうやら教える気が無いのは明白らしい。何樫と言いシュウと言い、俺の周りには秘密好きが多い。
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