第十六話


「しゃきーん」


 あかりの手に包丁。


「あほか」

「あいたっ」


 包丁を持って何やらポージングをしだしたので頭に軽く手刀を入れると、あかりは地面にうずくまる。いやそんなに強くやってないだろ……。


「もうだめだぁ……動けないぃ……」

「はいはい分かったから」


 ってこれいつものノリだな、シュウがいるというのに俺はなんという事を……。

自らの行いを反省しつつ備え付けてあったバーベキューコンロに目をやる。

 まだ温まりきってないか……。もう焼き始めてるところあるし、ちょっと炭増やしてみるか。


「なぁシュウ、ちょっと火力足りないから炭の箱持ってきてくれないか? まだ残りあったよな」


 言うが、シュウに反応は無く、座して森の方をボーっと見たまま動かない。


「おーいシュウ?」

「え、あ、ごめん、呼んだ?」


 もう一度呼んでみると、今度は慌てた様子ながらも応答してくれた。


「炭の入った箱とってきてくれないか?」

「ああうん。分かった」

「あ、大丈夫だよ刑部君、はい」


 既に姫野さんが聞いてくれていたようで、炭の入った箱を持ってきてくれる。


「ありがとう」

「どういたしましてコウ君」


 なんと眩しい笑顔!

 どういたしましてと言われただけでここまでの威力を発揮するとは! 名前入りっていうのもでかいのかもしれない。


「ごめん姫野さん」

「ううん、全然平気だよ~」


 シュウが申し訳なさそうに謝罪するのに姫野さんが応じる。

 あれだよな、シュウってたまにボーっとしてるところあるよな。日直も割と忘れがちだったし。まぁ、穏やかなこいつらしいと言えばこいつらしい。


 いや待てよ? それともあれか、俺があかりといつものノリで接しちゃったからか? シュウは別にあかりの事が好きだとは言ってないが、いい子だとは言っていた。もし仮に、シュウにとっていい子というのが好きな子だったとすれば先ほどの俺の行動はどう映るか……。


 恐らく、優しいシュウは怒りとか嫉妬より先に悲しみがやってくるだろう。悲しみに溺れた挙句に心が荒み切ってしまって今の優し気な眼差しは腐った魚の様に濁って不良と化してしまうかもしれない!


「うわあああシュウ! お前は今のお前のままでいてくれぇ!」

「急にどうしたの⁉」


 素っ頓狂な声を上げるシュウ。

 俺としたことが少し取り乱してしまった。


「あ、いや悪い。いつもの癖でさ……」


 マイナス思考はこういう時にも厄介だ。


 


 箱の炭を入れれば、火力も十分となった。

 野菜ゾーンとお肉ゾーンの振り分けも完了したのでいよいよあらかじめ切っておいた材料を投下だ。


「とりあえずに……」

「はい!」


 言い終わる前にあかりが素早く生肉の入った大皿を渡してくる。


「お、おう、サンキュー……」


 相変わらず食い意地の張った奴だ。

 大皿両手にこちらを見上げる姿は完全に犬のそれである。


「まぁ、とりあえず焼いていくかぁ」

「わん!」

「ほんとに犬になっちゃってどうすんだよ……」


 呆れ半分、肉を投下。

 刹那、芳ばしい香りが広がり、油の弾ける音が耳で踊る。

 おお、なんと蠱惑的な光景なのか……。


「あと、野菜だな」


 忘れてはいけない。肉にかまけて野菜をおろそかにすれば後々しんどい事になる。

 さて切っておいた野菜はどこかなと見渡してみると、シュウの手前辺りにそれを発見する。


「あーシュ……」

「あ、野菜?」


 シュウに頼もうとしたが、どうやら俺の視線にシュウより先に姫野さんが気付いてくれたらしく、野菜の乗った大皿を持ってきてくれる。

 おお、なんて気が利く方なのか! 

 やっぱり姫野さんっていいなと心の中で頷いていると、姫野さんが不思議そうな目でこちらを覗いてくる。


「コウ君?」

「あ、いやいや、ありがとう姫野さん!」


 すかさず大皿を受け取り、野菜を投下する。

 危ない危ない。ついつい見とれて反応が遅れてしまっていた。

 恐る恐る姫野さんの様子を窺ってみると、少ししっくりこないようにこちらを見つめている。これはいけない。


「そ、そうだ、とりあえず肉ひっくり返すぞ!」


 何かせねばと肉をひっくり返す。同時にじゅうじゅうと焼ける音が耳朶を打った。ああなんと香ばしい色なのか。網目もいい感じに入っている。


「おおおぉぉぉー」


 あかりが目を輝かせると、傍に大皿をテーブルに置き紙皿をスタンバイする。

 よし、これに乗じて乗り切ろう。


「よし、あかり、肉だ受け取れ!」

「おお!」


 焼けたのを確認し、その皿に入れてやると、あかりは嬉しそうに笑顔を見せる。


「姫野さんも!」

「え、あ、うん、ありがとう」

「さぁシュウも!」

「う、うん」


 どこか戸惑い気味の姫野さんだったが、とりあえず意識は逸れせただろう。

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