俺は青春ラブコメがしたい!

じんむ

第一章

〇俺は青春ラブコメがしたい

プロローグ 


 中学卒業の日。


 まだ花開かない桜並木の下、別れに涙を流す者もいれば、新たな門出を喜び笑い合う者もまたいる。あの時はこうだった、そういえばあんな事もあった、皆一様に過去を懐古し語り合う輪から俺はそっと離れた。


 やって来たのは校舎裏。プリムラの花が咲く花壇の傍に俺の幼馴染こと花咲はなさきあかりは立っていた。


「やっほー!」


 天真爛漫な笑みを浮かべながらこちらへ手を振ってくるその姿はやはり眩しい。いつも絶やされない笑顔に見惚れたのはいつの頃からだっただろうか。


 改めてその姿を眺めていると、不意に風が吹いた。連動して木の葉が軽くざわめく。

 肩に届くか届かないかくらいの髪の毛がなびき、それを押さえるあかりの所作に、どうにも心臓がくすぐられる感覚をおぼえた。


「それで、どうかしたのコウ? ここに来てって言われたから来てみたけど……」


 極めていつもと変わらない様子であかりが尋ねてくる。

 コウとは俺の事だ。忍坂孝哉おしさかこうやという名の名前の方の頭文字を抜き出し親しい奴らからはそう呼ばれている。


「あ、分かった! ここにツチノコが出たんでしょ!」


 俺が答えないから彼女なりの解釈をしたらしく、自信たっぷりにこちらを指さす。


「なんで学校にツチノコが出るんだよ」


 いやまぁ確かにここって割と郊外だしそういう可能性も無きにしもあらずだとは思う。でもなんでわざわざ感動の卒業式でツチノコ探しに誘わなきゃならないんだよ。ていうかほら、卒業式の日に校舎裏なんだからもっとあるだろ、この場に合ったイベントが!


「えー、じゃあ何ー?」

「いやー、その、だな……」


 直球で聞かれると困るなぁ……ハハ。

 でも本当に理解していないらしいな。確かにあかりは昔っから理解力に乏しい節があったがまさかここまでとは。


 ……にしてもこんないつもの空気で行けるのか? なんか知らないけど胃もキリキリしてきたし。というか待って、これ時期尚早じゃないの? 高校もどうせ一緒のところに行くしなんかそんな気しかしない。


 だとすればここで俺が告白すれば俺は一生癒えない傷を負ってずるずると引きずり続けて人生破たん、挙句には誰にも看取られず自分の人生はなんだったんだと自問自答しながらも孤独死していく未来が待ち受けてるんじゃないのだろうか……。だとすればここは俺の人生の最大の分岐点で失敗は絶対に許されない……。


「ねぇ、何もないなら帰るよー?」

「分かった、ちょっと待ってくれ。頼む!」


 しびれをきらしたか、あかりが帰ろうとするので咄嗟に腕を掴むと、進もうとする足を止めてくれた。


 ああ引き留めてしまったぁ! いやでも、あれだ、悪い方に考えるのは悪い癖だな。とにかく決めたんだから言わないと。


「そのあれだ、話があってな」

「話? ツチノコのー?」

「だからなんでお前ツチノコにこだわるんだよ」

「お金貰えるしきっとテレビにも出れるよ!」

「それにしたってツチノコ限定にする必要なくないか?」


 どうせならもう少し現実的な夢を持てよ。例えば芸能人になるとかそういう感じの。


 って違う。これじゃあいつものどうでもいいやり取りと変わらないじゃないか! 腹を決めてしっかりと伝えないと。さて、いよいよ心臓が暴れ出してきたぞ。


「ツチノコはどうでもいいんだよ。どうでも」

「そうだね」

「そうだねって他人事みたいに、だいたいお前から……違う! 俺はそういうやり取りしに来たんじゃないんだ!」

「じゃあどういうやり取り?」


 あかりはきょとんとした表情で軽く首をかしげる。そもそも俺がいけないんだ。とっとと伝えないからこんな事になるんだ。よーし、もういい、とにかく何も考えない!


「実はな」

「実は?」


 即座に聞き返すなよ! 言いにくくなるだろ! でもここまで言ったらもう引き下がれない!


「俺は、お、お前の事が好きなんだ! もしよろしければ付き合ってください!」


 ……言ってしまった。もう怖くて頭があげられない。


 ていうかなんだあの言い方。軽くどもっちゃったし中途半端に敬語だし! ああやばい、今の俺あかりに完全にキモいって思われたぁ! 死ねって絶対思われたぁ! 


 いやだってそうだろ? イケメンじゃない俺がそんなどもって変な言い方したら十中八九気色悪いでしょ! そもそも今こうして考えてる間も何の反応が無いって事は今頃俺の頭上ではあかりが侮蔑した眼差しでこちらを見下げているに違いない。……え、いやそれはそれで悪くない?


「私も」


 心内環境が荒れ狂い、果てには思考が明後日の方向に向いた時だった。思いがけないあかりの言葉が耳に届く。

 すかさず頭を上げるとそこには、


「コウの事好きだよ! なんたって大事な友達だもんね! でもそんな改まらなくても一緒に遊びに行くくらい携帯で教えてくれればよかったのに。いやしかしもう春休みの事を考えてるとは流石だねぇ」


 なんの恥じらった様子もなく、逆に取り繕った様子もなく、ただただ平生と変わらずニコニコと俺の肩を叩くあかりの姿があった。

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