香ちゃんは皆にコーヒー飲ませて独りケモる

世楽 八九郎

第1話 香ちゃんはケモケモウェイトレス

 埼玉県某市某所。

 大通りから少し離れた角地にカフェひだまりはあります。

 個人経営の喫茶店で美味しいコーヒーと手ごろな価格の軽食、コーヒー豆の販売で人気のお店です。

 地元密着型のつつましいカフェひだまりですが、ここ最近は活気づいています。その理由のひとつが月1で行われているイベントデーです。

 ちょうど今日も開催しているようです。覗いていきましょう。

 カフェひだまりの入口のドアには看板がぶら下がっていて手書きのイベント告知が記されています。


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 カフェひだまり 本日コピルアクフェスティバル 

 コピルアク1杯1000円!(高いけど安いよっ)

「最○の人○の○つけ方」上映中 

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 からんころんとノスタルジックな音色を奏でるベル付きのドアをくぐるとコーヒーの香りが優しく出迎えてくれます。そして続いてウェイトレスさんがあなたを出迎えてくれることでしょう。


「いらっしゃいませっ、ようこそひだまりにっ!」


 クリっとしたより目が人懐こい印象の細身の女性がススッと現れます。頭に三角巾、私服の上にエプロンを身につけたザ・喫茶店員といった格好です。

 彼女は香ちゃん。人間名は六音香むつね かおり、本名は不明です。

 

「本日はイベントデーです。非常に珍しいコーヒー『コピルアク』を1杯1000円でお出ししておりますっ! え? 高い? ふふっ、スマホで調べてみたら気が変わるかもしれませんよ? 話のタネにいかがですか? ああっ! もちろん美味しいですよ、とても……」


 香ちゃんは着席したお客さんにセールストークを展開しています。人柄なのか押し売り感のないスラスラトークです。なんだか目はキラキラしています。最後に少し色っぽく笑うと美味しいコーヒーですからオススメですよと言って席を離れました。


 香ちゃんにコピルアクを勧められていたお客さんは店内を見渡します。どうやらほとんどのお客さんがこのコーヒーが目当てのようです。その人は香ちゃんの笑顔をふと頭に思い浮かべ、再び周囲を見渡してから「すいませーん」と店員さんを呼びます。


 おや? どうやらオーダー取りにやって来たのはまほよさんのようです。お客さんは心なしかガッカリしているような気がします。香ちゃんの甘い笑みにくらっときてしまったのでしょうか?


(よしっ! よしよし……!)


 一方、まほよさんとお客さんから離れたところにあるカウンターのなかで香ちゃんがガッツポーズを決めました。コピルアクが注文されたようです。香ちゃんは仕事熱心なのです。


(うん、最近はよく売れるようになった! 皆が飲んでくれる……!)


「……飲んで、くれてる……えへ」

「香くん」


 香ちゃんがだらしなく頬を弛緩しかんさせていると隣で店長が香ちゃんに声をかけます。香ちゃんが首を傾げると店長は右手を上げて耳の横でくりっと曲げて見せます。招き猫の真似でしょうか? 三白眼の身長180センチオーバーのマッチョメンがやるとシュールです。


「……はっ! すいません」

「ああ」


 ですが香ちゃんにはマッチョ招き猫の真意が伝わったようで、三角巾の上から手で頭を押さえました。心なしか三角巾のなかがモゾモゾと動いています。


「もう、大丈夫です。行ってきます」

「ああ。こちらも用意できた。6番さんと、こっちは8番さんへ」

「はい。ありがとうございます、店長」


 コーヒーとサンドイッチをお盆に乗せると香ちゃんは配膳へ向かいます。店長は頷き手を振り見送ります。


「♪♪♪」


 香ちゃんの足取りは軽くハタ目にも気分はルンルンです。ちょうどカウンターから出るところでまほよさんとすれ違います。一拍置いてまほよさんは立ち止まり振り返りました。彼女の瞳にはルンルン歩く香ちゃんの背中が映ります。


「あの子……!」


 そして苦虫を噛み潰したような表情を浮かべます。こわいです。接客業にあるまじき迫力です。


○●○●○●


「カオ、来て」


「どしたの? まほよちゃん」


 店内の賑わいもひと段落ついてから。

 まほよさんに呼ばれて香ちゃんはバックヤードへ向かいます。


「カオ、あんたケモってるでしょう?」


「えっ!?」


 まほよさんは突然、ケモってる疑惑を香ちゃんにぶつけます。香ちゃんはギクリとします。


「いくら、皆があんたのコーヒー飲んでるかって……自重しなさいよ」


 彼女はやれやれと首を振ります。ご丁寧に鼻をつまんで見せながら。香ちゃんは抗議します。


「そっ、そんなっ! 私、臭くない! 臭わせてなんかない!」


 両手をバタバタさせる香ちゃんの三角巾の中身が一緒にバタバタ暴れています。


「私、ケモってなんかいないもんっ!!」


 それは嘘です。今日の香ちゃんはケモっていました。もう終始、ノンストップ、エンドレスでケモケモでした。

 コーヒーが注文されるたび、お客さんがそれに口をつけるとき、ごくりと喉を通っていく様を見ながら彼女はうっとりケモケモしていたのです。


「嘘おっしゃい」


 まほよさんがシュルリと彼女の三角巾を奪います。途端に香ちゃんの側頭部の毛がピンとはねます。どう見てもはねすぎです。おまけにその毛束がピクピクしています。


「こんなにケモ耳をびんびんにしてるクセに」


「ん~~~!!」


 香ちゃんが赤面します。まほよさんは香ちゃんの三角巾をひらひらさせながら嗜虐しぎゃく的に笑います。


「ねぇ、カオ? あんたが付けてたこの布……クンクンしたらどんな匂いがするかしら?」


「やめてぇ! 嗅がないでぇ~っ!!」


 香ちゃんのケモ耳が逆立ちます。

 しかし内心では少しだけケモケモしています。


「物欲しそうにして……ほんとに嗅ぐわよ?」


 香ちゃんはカフェひだまりの看板娘です。明るく人懐っこい彼女は皆の人気者です。彼女もこのお店とお客さんが大好きです。

 そして、その正体は獣人です。彼女はケモ耳とケモしっぽと獣人の本能を隠して働くケモケモウェイトレスなのです。

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