究極の安心

ダリ岡

第1話

「戦争に行く? それとも、ひきこもりのままでいる?」


 神様と名乗る男から、そんなふうに言われたんですね。

 当然後者を選びました。戦争なんて行きたくないに決まってる。


「本当にそれでいい? 君が選ぶひきこもりの道は、つらいよ?」


 何がどうつらいのかなんて、最初はわかりませんでした。

 なので、ずっとひきこもりのままでいたいです、と言いました。

 それからですね。

 僕の住まいは大きな水槽になりました。

 ガラスの向こうでは、毎日毎日、銃撃戦が繰り広げられているわけですが。




 ※  ※  ※




 神様は、僕の願いを叶えてはくれたんですよ。

 ずっとひきこもりのままでいられる一生。

 しかも、お金の心配をしなくていい一生。

 それを保証してくれました。

 神様に入れられた水槽の中は、快適そのものでした。

 欲しいものをパソコンに入力すると、すぐに供給されるんです。

 神様が、水槽のポストに入れてくれるんですよ。

 だから、食べ物はもちろん、娯楽にも困りません。

 一方で、水槽で暮らすには条件があったんですね。

 絶対にカーテンをかけないこと。

 外の状態を、常に丸見え状態にしておく。

 いえ、「僕を」じゃないです。「外を」丸見えにするための措置です。

 僕がいつも、外の世界を見てしまうようにする。

 そうです。

 要は、今やっている世界戦争の様子を、ずーっと見ておけというわけです。




 ※  ※  ※



 

 水槽は特殊な強化ガラスでできているんですね。

 核爆弾でも破壊できないみたいです。

 水槽は戦地のど真ん中に置かれていますが、壊れることはありません。

 外ではどんどん、人が死んでいきますけれどね。

 毎日毎日、水槽が血と肉塊にくかいで汚れていくんですよ。

 でも、すぐに神様が洗ってくれるので、外はよく見えます。

 見えちゃうんですよ。

 どうして神様が「見ろ」って言うのか、わからないんですけれどね。

 いろんなものを見ました。

 手榴弾で爆殺される兵士だとか。

 敵に捕まって拷問をかけられる兵士だとか。

 あと、戦地と言っても市街地ですからね、兵士以外もいて。

 だから、子どもの目の前で殺される親だとか。

 大勢の兵士たちに強姦される少女だとか。

 生きたまま火炎放射器で焼かれた家族だとか。

 いっぱい見ました。

 なんでこんなもの見せられるんだろうってね。嫌な気分になりますよ。

 そしたら神様は言うんです。


「きつかったら、やめてもいいよ」


 って。

 つまり、外に出てもいいよというわけです。

 このひきこもり生活に耐えられないなら、別にギブアップしてもいい。

 その代わり、自分も世界戦争に巻き込まれることになるんですけれどね。

 僕は迷いました。この水槽生活、やっぱりやめようかなあ、って。

 毎日毎日、人が死んでいく様子を見るのって、こたえますしね。

 うーん。

 でもまあ。

 結局、ひきこもりを続けることにしたんです。




 ※  ※  ※



 

 楽なんですよ。

 この水槽での生活。

 外のことはさておき、楽なんですね。

 欲しいものはすぐ手に入るし、寝たいときに寝られるし。

 怪我することもないし、誰かに罵倒されることもないですしね。

 めちゃくちゃ楽なんです。

 そう考えると、戦争の光景が目に入ることなんて大した問題じゃないなって。

 そう思ったんですね。

 孤独かって?

 いや、そんなことはないですよ。

 だって、ネット環境も充実してますし。

 だからこうやって、体験談をこの掲示板に書き込んでいるわけで。

 正直、コミュニケーションに飢えたことはないです。

 ああ、もちろん、よく言われますよ。

 「お前はクズだ」って。家族や友人を放っておいていいのかって。

 うーん。確かに、家族や知人はどうなっているんでしょうね。

 世界戦争は終わる気配もないですし、やっぱり死んじゃったんでしょうか。

 でもねえ。

 僕が外に出たところでねえ、何ができるというわけでもなし。

 少なくともここにいればねえ。

 僕は安全なわけだし。




 ※  ※  ※




 人口、だいぶ減りましたね。

 でもまだこのスレッドを見てくれる人がいるんですね。嬉しいです。

 ああ、今日、神様の意図がわかりました。

 僕は「種の保存」のために選ばれたそうです。

 このまま世界戦争が続くと、人類滅んじゃうでしょう。

 だから神様は、優秀な種を残すべく、僕を水槽で守ったというわけです。

 はは、やっぱり叩かれますね。自分で自分を優秀って言うと。

 でも、実際そうなんですよ。

 現に、種として優秀かどうか、テスト済みなわけで。

 ええ、テストです。というか、この水槽生活自体が、テストだったわけです。

 外に出ないでいられるか。

 自分を守り続けられるか。

 雑念をいかにふり払えるか。

 そう。誰かを助けたい、っていう雑念です。

 そういうのに心を動かされないか、テストされていたわけです。

 結果僕は、この水槽生活を決してやめませんでした。

 それは、種として非常に優秀な判断だったわけです。

 だってそうでしょう?

 世界戦争をやっている今、外に出たらいずれ死にますよ。

 でも、水槽の中にいれば、快適な生活を保持できる。

 この二択を突きつけられたとき、前者を選ぶってどうなんですか?

 種としての欠陥でしょう?

 まあ、その欠陥を持った人間も、多くいるみたいですけれどね。

 だからこそ神様は、僕にもテストを課したわけです。

 お前はそういう欠陥品なのかどうか、と。

 で、僕はテストをクリアした。

 そこで神様も、こいつの遺伝子なら残していいだろう、と考えたみたいです。

 自分を守る力に長けた、強い遺伝子ですね。

 え? ああ、もちろんそうです。

 つまり僕は、第二のアダムになるわけです。

 イブは誰ですかね、まだ知りませんけれど。

 どっかで僕みたいに、水槽に入れられているんでしょうね。

 とにかく、世界戦争終結時には、アダムとイブ以外死んじゃうみたいなので。

 今のうちに宣言しておきますね。

 僕が次なるアダムです。

 













―数千年後―



 アダムの末裔まつえいたちは、世界戦争を起こした。

 みんな、自分を守りたくて、仕方がなかったからだ。



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