第14話 とある休日 

 翌日は土曜日だった為、いつもより若干遅い時間帯に恭子が起きると、既に浩一が朝食の支度を整え終わったところだった。そこで手早く着替えた恭子が、早速浩一と一緒にテーブルに着くと、朝食を食べながらの話題に、前夜の経過を持ち出した。


「……そういう訳で、昨日は夕飯を用意できなかったんです。すみませんでした、浩一さん」

「いや、小笠原物産に入る上で、小笠原社長から密命を受けていた話は聞いていたから、気にしないで良いよ。俺も残業だったから、仕事帰りに食べて帰ったし」

「それなら良いんですが。でも浩一さん、本当にお料理できたんですね。上げ膳据え膳って、余計に美味しいです」

「……どうも」

 笑顔で褒め言葉を口にした恭子だったが、何故か浩一の反応は鈍かった。それを不思議に思いながら、恭子は小松菜の胡麻和えに箸を伸ばす。


(浩一さん、何か不機嫌に見えるんだけど。寝起きが悪いタイプじゃ無いのは、この間に分かっているんだけど、仕事で何か煮詰まってるのかしら?)

(彼女に悪気は無いんだろうが……、横領の片棒担いでるオヤジに、愛想振り撒いてベタベタ触られた云々の話を、朝から聞かせられるとは……。これで平常心を保てって、何の拷問だ?)

 入社早々ちょっかいを出してきた成田と、それに嬉々として応じた恭子の両方に腹を立てながらも、浩一はその感情を押し殺して食事を続けた。すると恭子が、何気なく言い出す。


「ああ、それと浩一さん」

「何か?」

「お洗濯、帰ってからこまめにしてますよね?」

「ええ、それが?」

「浩一さんの分も私が一緒にしますよ? 遠慮無く出して下さい」

 サラッと口にされた内容に、浩一が一瞬怯む。


「そう言われても……。全自動だから手間はかからないし、自分の分は自分でするから」

「水と洗剤と電気と時間の無駄です」

「……お願いします」

 きっぱり言い切られ、反論の余地が無かった浩一は素直に頷いた。するとそれを見た恭子が満足そうに笑う。


「はい。その代わりと言ってはなんですが、私が時間が無くて出来ないとか、取り込んだりとかは気が付いたら浩一さんがして下さって構いませんから」

「分かった。そうするよ」

「ついでにブラウスとハンカチのアイロン掛けをお願いして構いません? 浩一さんがワイシャツをプレスしてるのをこの前見ましたが、凄くお上手だったので」

「じゃあ後からするから、リビングに持って来て」

「はい、お願いします」

(本当に、意外とマメなのよね浩一さんって。『使用人の人達に仕込んで貰った』とか言っていたけど。同じ社長令息でも浩一さんと比較すると、年下って事を考慮しても聡さんはかなり見劣りするわ。もし清香ちゃんが付き合ってるのが浩一さんだったら、邪魔なんかしないのにね)

(彼女が自分の下着を触らせたり俺が触っても平気って言うのは、一緒に暮らしている上では変に神経を使わなくて助かるんだが……。完全に男扱いされてないのが全面に出ていて……)

 互いにそんな事を考え、密かに溜め息を吐いて食事を再開した二人だったが、少しして恭子が何か思いついた様に、口を開いた。


「……何か、ちょっと変な感じですね」

「何か気に障った?」

 思わず手の動きを止め、心配そうな顔を向けた浩一に、恭子は軽く首を振った。


「いいえ、そうじゃなくて。なんとなくこういうやり取りって、恋人同士とか新婚家庭で交わされていそうだなって思って」

 何気なく恭子がそんな事を口にした瞬間、浩一は持っていたご飯茶碗を取り落とし、テーブルの縁にぶつかった上そのまま床に落下したそれは、無残に数個の破片に成り果てた。そしてその鈍い衝撃音に、恭子が目を丸くして浩一に問いかける。


「浩一さん、大丈夫ですか?」

 その声で我に返った浩一は、後片付けの為、無表情で立ち上がる。

「……ああ、何とか。俺が片付けるから、恭子さんはそのまま食べてて」

「はぁ……」

 制止されてそのまま食事を続けた恭子は、拾った茶碗の欠片を古新聞に乗せている浩一を眺めながら、不思議そうに首を捻った。


 そして朝食後、一日マンション内に居ると言っていた浩一が、宅配便の業者から大小数個のダンボール箱を受け取ると、恭子が玄関に顔を出しながら申し出た。


「浩一さん、運ぶのを手伝いますよ?」

「ありがとう。じゃあそっちの箱を書斎の方に運んで貰えるかな?」

「分かりました」

 指差された小さい箱を持ち上げたが、それは全くと良いほど重さを感じず、恭子は首を捻った。一方で浩一が苦も無く持ち上げた箱は重量感満載で、かつて清人が仕事部屋に使っていた部屋にそれらを運び込み、その中を開けてから恭子は納得したが、新たな疑問が生じる。


(どうしてこんなに、お米が必要なわけ?)

 そこで小さな箱の中身を、机の上に上機嫌で並べている浩一に向かって、恭子は問いを発した。


「……浩一さん、これで一体、何をするつもりなんですか?」

「姉さんの結婚式での、ライスシャワーの準備」

「はぁ?」

 端的な答えではあったが、机の上に並べられた極小サイズのチャック付きビニール袋と、それが入るサイズのカラフルなリボン付き布袋を目にして、恭子は浩一が何をする気なのか正確な所を悟った。


(ライスシャワーって……、確かにお米だけど。それに魚沼産コシヒカリなんて、投げるより、寧ろ食べたい。やっぱり良い、お家の人よね……)


「あ、ちゃんと俺達が食べる分も俺の支払いで買ってあるから、今日から食べよう。だから当日は、血相を変えて拾わなくても大丈夫だから」

「……どうも」

 どうやら自分の考えがダダ漏れだったらしいと分かった恭子が、微妙な顔付きで浩一に礼を述べると、浩一は笑って付け足した。


「俺なりの祝福の形がこうなっただけだから、あまり気にしないで。それと……、当日驚かせたいから、あいつと姉さんには内緒にしていて欲しいんだが」

(あいつって……、当然、先生の事よね? 大して害は無いと思うし、放っておいても良いかしら?)

 そんな事を言われて、幾分困った表情になった恭子だったが、清人の狼狽したところを見たいという誘惑には勝てなかった。


「分かりました。私は何も見ていません」

「悪いね。後から恭子さんに文句を言わせない様にするよ」

 そうして浩一は椅子に座り、機嫌良く計量スプーンで米を掬い、それを詰めて封をしたビニール袋を、更に布袋に入れてリボンを結びつけるという、地味な作業に没頭し始めた。すると何となくそのまま五分程その作業を眺めていた恭子は、「何も見ていない」という前言を覆す行動に出る。


「えっと……、取り急ぎする事も無いので、お手伝いしましょうか?」

「ありがとう。助かるよ」

 そうして二人は、様々な事を考えながら黙々と単純作業に勤しんだ。


(人をあんな悪辣な方法で騙しやがって……。これ位の意趣返しは許されて当然だ。式当日に、一泡吹かせてやる)

(やっぱり浩一さんって、鈍いのか鋭いのか判別できない上、何を考えているのか、今一つ読めない人よね……)

 そうしてその日、二人はほぼ一日がかりで二十キロもの米を小分けし終えた。

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