第9話 真相
「女二人で何を話しているんだか。それで……、先々の事を色々考えてはみたんだが、どうもあいつに関しては思い通りにいかない事ばかりで……」
そう言って話題を変えようとして、再び愚痴モードに突入しかけた清人に、真澄は怪訝な顔で尋ねた。
「上手くいかないって、例えば?」
「あいつは経験だけは豊富だが、まともな恋愛経験は皆無だからな。一人暮らしをさせた方が男と付き合い易いし、人恋しくなって家庭を持ちたくなるかと踏んでマンションを叩き出したら、あんな安普請のアパートを見つけてひっそりと節約生活に勤しみ始めてな。せっかくだからとさり気なく浩一に紹介しても、浩一の奴がちょっと可哀想なお金持ち扱いでインプットされるわで」
「何よそれ?」
そこで不思議そうに首を捻った真澄を、清人は若干責める様な目つきで眺めた。
「言っておくが……、それに関してはお前にも責任の一端はあるんだぞ?」
「私が? いつ、何をしたって言うのよ!?」
「彼女『仕事』に関する事以外には淡白でな、男が言い寄っても大抵はすげなくお断りしてるんだ。それで改めて家で俺に紹介された浩一が、川島さんに色々プレゼントを渡そうとしても『そういう物を頂く間柄ではありませんので』と一蹴されて。でも彼女が常日頃借金返済の為に無駄な支出を極力控えていたのを、俺を介して知ってた浩一は、せめて衣類や小物位は援助したかったんだ。それで浩一の奴、断られても後には引けなくて『貰い物で申し訳ないんですが、同じ様な物を姉がもう持っていて使っては貰えませんし、捨てるのも勿体ないので好きにして下さい』と説明して半ば強引に押し付けたそうだ」
「それってどうなの? 確かに恭子さんは、人から無闇に物を貰うタイプの人じゃないけど……」
何とも言い難い表情で考え込んだ真澄に、ここで清人は衝撃の事実を語った。
「そんな事が何回か続いてから、彼女はブランド物のスーツやバッグを未使用のまま纏めて売り払って現金化して、『臨時収入があったので、これを返済額に入れて下さい』と俺に持って来たんだ。……金の出所を聞いた俺は、流石に浩一が気の毒になって、理由を説明して『現金化できる品物は贈るな』と言ってきかせたら、当時かなり落ち込んでいた」
(浩一……。恭子さんに悪気は無かったとは言え、不憫過ぎる)
思わず貰い泣きしそうになった真澄だったが、ここで清人が若干口調を変えてきた。
「それから浩一は物は贈らずに、偶に彼女を食事に誘う様になったんだが……」
「何?」
不自然に清人が言葉を切って何とも言い難い顔つきで自分を見つめてきた為、真澄はその理由が分からず困惑した。すると清人は真顔で確認を入れてくる。
「真澄、お前も彼女と知り合ってから、ちょくちょく彼女を食事に誘ってたよな? しかも殆ど、お前の奢りで」
「ええ。それが?」
「察するに、倹約志向の川島さんに余計な負担感を与えない為に、『下手に媚びを売ってくる人間と食事なんてしたくないし、うっかりそんな連中と食事でもしようものなら、後々纏わり付かれて面倒で。でも一人で食事するのは物足りないし、気心の知れた友人も少なくて気軽に食べられないから、支払いは私がするから付き合って欲しいの』とか何とか言って、丸め込んだんじゃないのか?」
「確かにそんな事を言って、奢る様になった筈だけど、それのどこが悪いの?」
全く訳が分からず気分を害した様に告げた真澄に、清人は確信している口調で告げた。
「恐らく浩一も、似た様な物言いで彼女に食事に付き合って貰ってるな。それでお前達は『お金持ち過ぎて気が置けない友人が少ない、ちょっと変わっていて、気の毒な姉弟』で一括りされていると思う。当然彼女の方に、男女として付き合っている感覚は皆無だ」
「ちょっと待って。それじゃあ私が気前良く奢っているせいで、浩一も彼女に単なる気晴らしでその他の仲が良い友人に奢るのと同様に、食事を奢ってると思われてるわけ?」
「……多分な」
微妙に視線を逸らしながら肯定した清人に、真澄は慌てて弁解した。
「だって! 浩一が恭子さんの事を好きで、密かにそんなアプローチをしてたなんてこれまで全然知らなかったし!」
「俺達も、真澄が彼女とそんなに意気投合してるなんて、去年の夏のバカンス会まで知らなかったからな。全く……、二人揃って演歌フリークで、以前からのカラオケ仲間だと知っていれば、これまで色々手助けして貰いたかったんだが、どちらもひた隠しにしてるから面倒な事になって」
「ちょっと! どうして私達が演歌フリークだって知ってるのよ!?」
とても聞き捨てならない内容を口にされた真澄は、狼狽しながら追及したが、清人は平然と答えた。
「鹿角先輩達と飲んだ時に、翠先輩や裕子先輩から聞いた。全く……、俺に言えば演歌だろうがアニソンだろうがヘビメタだろうが、何時でも何処でも好きなだけ付き合ってやったのに。どうしてこそこそ、彼女と二人で歌っていたんだか」
「だって翠達に、釘を刺されたんだもの! 『あんたの弾けっぷりは友人だからまだ笑って見ていられるけど、好きな男の目の前で歌ったりしたらドン引きされる事間違い無しよ? 他の人には言わないでおきなさい』って!!」
「分かった。もう分かったから興奮するな。それで俺が彼女の事を、常日頃『川島さん』としか呼ばない理由だが、浩一が彼女の事をそう呼んでいるからだ」
これ以上真澄を興奮させないように、清人がやや強引に話題を変えると、真澄はそちらに気を取られて不思議そうに問いを発した。
「どうしてそれが理由になるの?」
「浩一の目の前でうっかり名前呼びしたり、話の中でそう言ったりしたら、浩一に嫉妬されるかも知れないだろうが」
それを聞いた真澄は、きょとんとして何回か瞬きを繰り返してから、些か疑わしそうに確認を入れた。
「だから? 清人も律儀にそう呼んでいるわけ?」
「ああ。もう習慣だ。今更他の呼び方は出来ないな」
淡々とそんな事を言われた真澄は、思わず小さく笑ってから清人に体を寄せ、その左腕を自分の両腕で抱き込むようにして囁いた。
「本当に、清人は浩一が大好きなのね。ちょっと妬けるかも。以前から二人は仲が良いと思ってたけど、あの堅物の浩一の、どこがそんなに気に入ってるの?」
その問いかけに、清人が小さく笑う。
「それにはれっきとした理由が有るんだが、またの機会にな。……それで真澄。お前にもう一つだけ、話しておかなければいけない事がある」
「何?」
慎重に自分を引き剥がし、両肩を掴んだまま向かい合う形にした清人に、真澄が訝しげな表情を見せると、清人は先程までとは打って変わって、感情を削ぎ落とした様な表情で冷静に告げた。
「実は川島さんは、加積の所から引き取ったわけじゃない。十年間、俺に貸し出しされているだけだ」
「え? 言っている意味が、分からないんだけど?」
「加積夫妻とは、十年間彼女をどう使おうが勝手だが、十年のうちに信頼できる男と彼女を結婚させる事ができなければ、彼女を二億で買い戻すという条件で合意して、外に出して貰った」
そんな予想外の事を聞かされて、真澄は瞬時に顔色を変えた。
「なんですって!? さっきの話と違うじゃない! そんな条件、恭子さんと浩一は知ってるの?」
「俺は『加積が彼女を手放した』とは言っていない。『外に出した』と言っただけだ。それからこの条件に関しては、二人は一切知らない。夫妻も俺も知らせなかったからな。変なプレッシャーをかけたく無かったし」
「清人!?」
殆ど悲鳴に近い真澄の叫びを聞いても清人の口調は変わらなかった。
「彼女が誰かと本気で好き合って結婚するも良し、その時は俺達が立て替えた借金は、結婚祝い代わりにチャラにするつもりでいた。それか浩一が本気で口説きにかかるか、辛抱強く待っていたんだがな……。今年で丸七年になるから、そんなに悠長に待っていられなくて、今回強硬手段を取る事にした」
「そう、なの……」
「時期が時期だし、この事に関しては二年以内にケリを付ける。その時、お前の意に添わない結果になるかもしれんが、それについての文句は一切受け付けないから、そのつもりでいろ。勿論この事は、浩一を含めて他言無用だ」
その常とは異なる強い口調に、真澄は清人の言わんとしている事を悟った。
「そこまで言い切るって事は……、当然浩一以外にも、彼女の結婚相手を、物色済みなのよね?」
「ああ、何人か考えている男がいる。この数年でポロポロ結婚して、だいぶ人数は減ったがな」
下手にごまかす様な事はせず、清人が相対している真澄に正直に告げると、真澄は泣き笑いの顔になった。
「馬鹿ね……、文句なんか言うわけ無いでしょう? 一緒に浩一を嵌めたんだから、もう一蓮托生よ。あなたが浩一から絶縁されたら、私も一緒に縁を切られてあげる」
その表情を見た清人は、反射的に僅かに顔を俯かせる。
「……すまないな、真澄」
「もう他に隠している事は無い?」
「取り敢えずは無い」
その答えを耳にした真澄は、明るい笑顔を作りつつソファーから立ち上がり、来月に迫った披露宴関係の書類を纏めて置いてあ、る机に向かって歩き出した。
「じゃあ披露宴の打ち合わせをしましょう。そろそろ出欠の最終確認をして、必要な物をチェックして、席や宿泊者の部屋割りも決めておかないとね」
「ああ、そうだな」
清人もそれで救われた様に顔を緩め、真澄の背中に視線を送る。その視線を意識しながら、真澄は(頑張ってね、浩一)と、心の中で密かに弟に声援を送った。
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