だから、俺の異世界生活はこれでいい

@namatame12

第1話

 ――ここは、どこだろう。

 

 見覚えがあるかないかで言えば、ある。何故か座らされている淡い赤色の座布団も、かすかに藁の臭いを漂わせる床一面にしかれている畳も、背丈の低い丸型の卓子も、馴染みはないが全部知ってる。

 

 これはあからさまな和風建築だ。今時、ここまで徹底された和室というのも珍しいか。

 

 畳の部屋が二部屋あるからというだけで、俺の家こそが『和風』の名にふさわしいと考えていた今までの自分が恥ずかしい。


 ――って、違う違う。そんなことよりも、今はこの場所がどこなのかを確かめるのが先決だ。

 確かに俺はついさっきまで自室で眠っていたはずで、こんな空間、見覚えはあれど記憶はない。つまり、これはあれか。


 悲観的に考えるなら『誘拐』。周囲に人影は見えないし、その可能性は低そう? 誘拐なんてされたことないから、それが普通なのかも分からないけど。

 

 楽観的に考えるなら『異世界転移』。いや、楽観的に考えていいような事象でもないのかもしれないが。

 

 現実的に考えるなら『夢の中』。多少現実味が強すぎるような気もするが、夢なんてそんなもんなのかもしれない。


 一番目は、願望をこめて選択肢から切ろう。そして二つ目は常識的に考えてありえないだろう、ってことで却下。


  残った選択肢が正解。つまりここは夢の中だ。もしも夢の中であるとするなら、それを簡単に確かめる方法が、確かにあった気がする。


「いってぇ……!」

 

 つい声が唇から漏れる。夢の中であれば、頬に痛みを感じることなどないはずなのだが。いや、ただのアニメ知識なんだけど。だとしても、夢の中で痛みを感じるというのはおかしいだろう。

 

 ――これは、まさか、誘拐?


 おいおいまじかよ。ありえないだろ、それ。人生なんてロクなもんじゃないとかんがえていた所もあったけど、これは流石にロクなもんじゃなさ過ぎる。誘拐されるくらいなら死んだほうがマシだぞ。嫌々マジで。


「やぁ、おはよう、桜井くん。ずいぶん長く寝ていたみたいだね」


「……ぁ?」


 頭を抱えて絶望していると、後ろから声が聞こえてくる。


 振り返ると、白髪の美少女が円卓に腰掛けていた。

 

「ふぇ?」


「――? どうしたんだい?」


 思わず呆けた声が出てしまう。どこの幼女だよ、俺。気持ち悪。とはいっても、仕方がないといえば仕方がないであろう。

 なにせこの美少女、あまりにも美少女過ぎる。

 

 綺麗に伸びた透き通るような白髪も、雪のような白い肌も、俺に向けられる優しげな青い双眸も、さながら澄んだ川のようでにごってさえおらず、毛先一本触れただけで崩れ去ってしまいそうなほどの儚さもあった。それは呆けた声も出るというものだ。


「えっと、あんたが、誘拐犯ってこと?」

  

 震える指を突きつけながら問いかける。


「はは。いやいや、こんな可愛い誘拐犯がいるわけがないだろう? 誘拐なんかしなくても男の子一人くらい簡単に釣れるんだから、さ」


 得意げにウィンク。ちょっとイラっときたけど、かわいいから許しちゃう!


「まぁ、もっともですよね。じゃあここはどこなんですか? 夢の中?」


「あたらずとも遠からずってとこかな。夢の中ではないけど、男の子の夢ではあるね」


「あ、そういう……」


 納得して頷く。つまり、これは異世界転移的な何かということがいいたいのだろう。こんな人外じみた美少女が現れやがった時点で、ここが現実世界だなんて選択肢はもとより消滅していたのだから。


「その顔、理解できたって顔だね。それじゃあネタバラシしちゃおうかな。――その通り、ここは、君の想像通り異世界と呼んで間違いのない場所だよ」


 指を一本立てて、少女は楽しげに宣言する。なんというか、美少女が楽しそうにしているのを見ているとこっちまで楽しくなってくるな。

 

「異世界周りに関してはおいおい話を伺うことにするとして、少女さん。名前を教えてもらっていいですか? ちなみに俺は桜井優也さくらいゆうや、しがない男子高校生です。以後お見知りおきを」


 腰を折り、俺に出来る最高級の礼儀を示す。すると、少女はニコリと笑い、円卓から飛び降りる。


「はじめまして、ユウヤくん。僕はパンドラ、しがない美少女だよ。気安くちゃんづけで呼んでくれてかまわない。仲良くしようね」


 笑顔で右手を差し出される。


「えっと、はい。よろしく……」


 一瞬取るかどうか迷ったが、流石にここで手をとらないというのも失礼だろう。意識しないように目をそらしつつ手を握り返す。


「――それで、パンドラちゃん。今の俺ってどういう状態なんですか? 異世界の危機に招かれた伝説の英雄とか、そういうパターン?」


 勇気を出して言われた通りにしてみた。相当勇気を出したのに、それに対するパンドラちゃんの返答は、苦笑しながらの「あ、本当につけるんだね」だ。俺の勇気返して……。


「なんだよ、呼べって言ったから呼んだんじゃんか」


 つい顔を顰めてしまう。すると、パンドラはごめんごめんと手を振ってから、話を戻す。


「――で、英雄なのかどうか、だけど。それは僕にもわからない。君が英雄なのか、それを決めるのはほかでもない君自身だから、ね」


「お、おおっ! なんかかっけえ!」


 言ってやったりみたいな顔をしているパンドラに、割と本心から感嘆の声を上げる。 

 

 その賞賛に、彼女は満足そうにクスリと笑い、再度円卓に座りなおす。座布団に座ればいいのに。


 学校にもわざわざ椅子じゃなくて机に座ってる奴等いたけど、なんでなの? 折角椅子があるんだから椅子に座れよ。


 そんないっそ壮大なまでにどうでもいいことを考えていると、少女は指をふりふりしながら、


「さて、じゃあ話を戻すよ。君の今の状態について、だね。気楽に座布団にでも腰を下ろして聞いてくれたまえ」


「それじゃあ遠慮なく」


 言われるままに座布団に背筋を伸ばして正座する。気軽ではないな、うん。


「で、何から聞きたい?」


「ここはどこか? ――ってのはさっき聞いたから、うーん……俺はどういう経緯でここに来たのか、かな」


 異世界転移ってのは認める。だとするなら、どういう経緯で異世界に来たのか、ひいては日本に戻ることができるのか、その辺を知っておきたいところだ。両親には申し訳ないことこの上ないが、もどれないというのならそれはそれで受け入れよう。


「そうだね、君達に分かるように説明するなら、異世界転生ってところかな?」


「なるほど、転生か……」


 パンドラの説明に、顎に手を当てながら納得して頷く。

 いやしかし、何かひっかかる。なんだろう、このひっかかりは。


「いや、なるほどじゃねえな。異世界転生ってなんだよ。何、俺死んだの? 普通に家で寝てたはずなんだけど……」


 加えて言えば別に病気にかかっているわけでもなかったし、常日頃から体調には気をつかってきたつもりだ。もしも本当に死んだというなら、親に死ぬほど恨まれていたとか、その位しか考えられない。いや、我ながら家族仲はいいほうだ。それもありえない。


「だとすると、寝室に隕石が落ちてきたとか……? 確かに、それなら体調は関係ないし、家族仲のよさも関係ない。確かに辻褄が合うな……」


「馬鹿なこと言ってるところ悪いけど、話を進めていいかな?」


 小声でぶつぶつ考えをまとめているところを、パンドラが声を上げて制止する。


「ちょ、ちょっとまって。死因は? 死因はなんなの」


「んー? しらないよ、そんなの。女の子の身代わりになってトラックに轢かれたとか、そういうことでいいんじゃないのこの場合」


 なんて適当な回答だ。本当に知らないのだとしても、そんな言い方しなくたっていいじゃないか。

 ムッとにらみつけると、パンドラは「ごめんごめん」と軽い調子で謝り、

 

「そんな恐い顔しないでおくれよ。僕は本当に知らないんだから。嘘じゃないよ?」


「最後の一言のせいで逆に怪しくなった気がするけど、別にいいよ、もう。それより、俺はこれからどうするべきなのかが知りたい。元の世界に戻るってことは、まあ、できないんだろうけど」


 すねたような口ぶりで言葉を返す。


「何をするべきだなんて、そんなものはないよ。君は異世界に行くだけでいい。それからは君の自由にしていいよ」


「へぇ。なんか、うーん……拍子抜けというかなんというか。世界を救ったりとか、エクスカリバーとか、そういうのはないの? いや、そんな事がしたいって言うんじゃないんだけどさ」


 平和に暮らせるというのならそれに越したことはないのだが、どうしても気になってしまう。その質問に対するパンドラの回答は、


「言ったろ、それを決めるのは君自身だ。平和に店でも構えるでも、世界の危機に立ち向かうでも、君が自由に選べばいい。とはいっても――」


 卓上に置かれている木箱を開け、中から一つの結晶を取り出した。


「それは?」


「魔道具の類だよ。時間を巻き戻す効果を持ってたりするんだ。それも戻す時間は選び放題の!」


 時間操作とか、確実に最強級の能力ではないか。それも好きな時間に戻せるとか、あっていいものなのだろうか。少し不安になってくる。


「すごいね、それ。なんかデメリットがあったりするの? 発動条件が厳しい、とかさ」


「ご安心。発動条件は簡単も簡単。普通の魔道具を使うのと同じ感覚で使えるよ」


「へぇ、まじか。それじゃあデメリットはないって事なの?」


 その質問に対する回答は『無言の微笑』だ。わかった、聞くまでもないな。やっぱりあるんじゃねえか、デメリット。


「デメリットはなんなの?」


 吐息混じりに問いかける。


「えっと、デメリットはただ一つ。その道具を使ったときに、良くも悪くも、『副作用』一つ余計なおまけがついてきちゃうってことだけだよ。例えば、不運とともにえられる高すぎる幸運だったり。剣術の心得の代わりに、ほかの武器や刃物の扱いが以上に不得意になったり。酷いものでも、人格を変えられたり、記憶を奪われたりって程度だから、そんなに気にするようなことじゃないよ」


「逆にどうしたら気にならなくなるのってくらいのものがいくつか聞こえてきたんですけど!?」


 笑って誤魔化された。

 強制人格矯正とか、記憶喪失とか、とんでもなさすぎる。デメリット聞いといて良かった、本当に、マジで。

 これ知らなかったらことあるごとに無茶しまくって『副作用』だらけの欠陥人間になるところだった。

 出来る限り使わないようにしよう。心の中でそう決意しながら、卓におかれた結晶を右ポケットにしまいこむ。


「おや、文句言いながらも、持っては行くんだね」


「一応な。なんだかんだ言って時間を戻せるってのは万の対価に等しいほどの効能だし、持っているだけでそれらの効果があるってわけじゃないんだろ?」


「もちろん。そんな危険なもの、僕が君に渡すわけがないだろう」


 腕を組み、不服そうに頬を膨らませる。

 デメリットの説明をあえてしなかったという前科があるのだが、それに関してはそっと胸の中にしまいこんだ。


「さて、ほかに聞きたいことはあるかい?」


「うーん……聞きたいこと……」


 色々と考えてみたが、とりあえず今知りたいことはなさそうだ。「別にない」と一言だけ返すと、パンドラは満足げに頷き、部屋の端にあるふすまの下へと歩いていく。


「それじゃあ、行ってきなさい。僕はついてはいけないけれど、いつでも見守っているからね」


 微笑みかけられる。うっかり好きになるところだった。危ない危ない。

 頭を乱暴に振って邪念を振り払っていると、パンドラは小さく笑い、


「ほら、そんなことしてないで、さっさといきなよ。このふすまを出れば、異世界に飛べる。そこからは君だけの物語だ」


 言い切って、ふすまを開ける。その先は真っ白に発光しており、まさにワープホールというような印象を受ける。

 

 これ、途中で時空の狭間に投げ出されたりとかしないよな?


「大丈夫、不安がることはないよ。ちゃんと異世界に飛べる。君の言うところの、『時空の狭間』とやらに投げだされたりなんて、決してしないよ」


 グイグイと背中を押される。本人が言っているのだし、きっと本当に安心していいのだろう。


「そう? なら――」


 いや、まてよ? この子、どうして、


「ちょっとまって、なんで俺の考えてること分かったの?」


 首だけで振り向き、背中を押す少女に問いかける。


「ちょっと人の思考を読み取るのが得意でね」


「思考を読み取れるって、え!? ってことは、俺の考え、全部筒抜けだったてこと!?」


 容姿へのベタ褒めも、『可愛いから許しちゃう!』みたいな気持ち悪い思考も、あまつさえ今のこの焦りすらも、全てが彼女のもとへ届いているのだと、そういうのか。


「ふふ」


 短く笑う。


「なんだよその反応!?」


「まぁまぁ」


 この少女、思いのほか力が強い。というよりは俺が全然踏ん張れない。力が抜けていく感覚だ。


「ちょっとストップ、答えを聞くまで文字通り死んでも死に切れないぞ!」


「いいからいいから、ほら、いってらっしゃい」


「あっ……」


 美少女に背を突き飛ばされ、つい不抜けた声を出すのと同時に、俺は白い光に飲み込まれた。

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