少年と僕とあの景色と

しょしょしょ、

少年と僕

今日はいい天気だ。だから、公園に寄っていこうと思う。天気の良い日はいつも通うという僕の中でのルーティンみたいなものだ。どこの公園かというと、僕が行っている高校の坂を下って上ったところにある公園だ。なかなか知られていない。大きくて、過ごしやすい公園だ。まあ、知られていないというより、僕が平日の放課後に行くもんだから、誰とも会わないのだろう。下校時間に合わせて、帰宅生の団体に混じって坂を下る。みんな仲良さそうに話している。会話に入ってみたいけれど、学年もクラスも違うのでは話にならない。だから、僕は心の中で頷いた。そして、帰宅生達は、たいてい電車かバス通学なので駅の方へ歩を進めるのだけど、僕の場合は寄らなくてはいけないところがあるので、逆の方向へと進んでゆくのだ。上りはなかなか辛い、今の季節、少しは涼しくてもいいはずなのに、夏は終わったはずなのに、そうでもないな。そう思いながらも目的地に着いた。やはり、いつも通り誰もいない。広い敷地に僕一人、遊具で遊ばず椅子に座る。少しオレンジ色に染まりつつある淡い空を眺め横になる。風が吹き始めた。ああ、緑が揺れている。ああ、枯葉が舞っている。ああ、涼しくなってきた。ああ、美しい。そう、美しいのだ。僕はこの気持ちを味わいたくて、ここに来るのだ。これは、この感覚は僕にしか味わえていない。あの空のように、僕の心も美しい気がする。なんて、いつも思ってしまう。ここに来る子供達は目の前の遊具に目を奪われて、他の美しさには気づかない。もっと言えば、ほとんどの人が、ここに来たとしても、広大な敷地や立派な遊具に目を奪われ、見るべき物を見ようともしないのだろうな。もったいない。けれども、僕はいつも一人。一人でいるからこそ、こう言った景色を見つけて感心することができるけど、共感してくれる人が欲しい。でも、いない。誰も誘えはしない。そんな気持ちを抱きつつ、大空に歌を歌った。「この大空に、翼を広げ飛んで行きたいよ。悲しみのない自由な空へ、翼はためかせ、行きたい」この歌を聴いているのは君たちだけだ。本当、複雑な気持ちになる。ああ、儚き人生なり。そう思っていると、ガサガサ、何かが迫って来る音がした。やばい、猿か、はたまた恐ろしいものか、詰んだか。あらゆる恐怖の感情が湧き上がった。そして、意を決してそちらの方向を見て見ると、「兄ちゃん、何しとるの?」ランドセルを背負った少年が立っていた。右手に虫かご、左手にリコーダー。かなり斬新なスタイルで、僕は思はず笑いそうになり、グッとこらえた。「僕かい?僕は自然に触れているんだ」優しい口調で言った。「そっかー、一人なの?」「うん、そうだよ。君も一人なのかい?」「ああ、そうだよ。虫を採りに来たんだ」「そうだったのか。だから、虫かごを持っているんだね。でも、どうして、虫あみではなく、リコーダーを持っているんだい?」そう訊いてみると、ピー、とリコーダーを吹き始めた。これは、一体どういうことか。と思っていると、「この、ソの音を吹くと、虫が寄ってくるんだ。寄ってくる虫は、大抵鈴虫。じいちゃんから教えてもらったのさ」なるほど、そういうことだったのか、と思ったと同時に、リコーダーの音で、果たして、虫は寄ってくるのかという疑問に駆られた。だから、「笛の音で、本当に虫はやってくるのかい?」と聞いてみた。「もちろんやってくるさ」自慢げにそう言うので、今までに何匹採れたか、尋ねたら。即答で、まだないときた。まあ、そんなもんさ。「でも、そのうち採れるんだから。もっと俺が綺麗な音を鳴らさないといけないんだ。だから今はリコーダーの調子が悪い。今に見ていろ」その子どもは本気になって熱い眼差しを僕に向けてきた。そんな様子に何も言い返せなかった僕は「そっか、頑張ってね」と、そっけない返事をして仰向けになった。ピー…ピー。正直目障りだ。ゆっくりできないじゃないか。苛立ち始めると、「兄ちゃん、なんで1人なの?」そう訊かれたので「僕は1人でいるからこそ大いなる自然に触れられることができていると思うんだ。もし誰かと来てしまったら、その感受性が薄れてしまう気がするんだ」僕は嘘をついた。少年の反応はというとポカンとしていた。感受性の意味がわからなかったのだろう。「君は誰かと来ないのかい?」今度は僕が質問した。すると、少年は下を向き「俺はよ、鈴虫が笛で来ることをみんなに自慢して誘ったんだよ。そしたらよ、そんなはずがあるかって笑い者にされたよ。だから、決めたんだ。必ず証明してみせるって。俺は、みんなと共有したい。だから、見せつけてやる」少年は顔を上げリコーダーを強く握りしめていた。その時僕は、僕も、この感情を、景色をみんなと共有したいんだよ、そう思った。そこで僕は「あのさ、今空見てごらん、夕焼けが綺麗だと思わないかい」少年に問いかけた。すると、「綺麗だな」端的に返ってきた。僕の予想したのだともっと興奮するのかと思ったけど、まあ、それでも良い。それでも良いんだ。「なあ、兄ちゃんも吹いてみてくれよ」そう言われてしまったので、もしかしたら来るのではないかという半信半疑な気持ちでゆっくり、優しく吹いてみた。ソー、静かな夕暮れ時に僕の奏でる音が鳴り響く。刹那、時が止まったのではないかと思うほどだった。もう一度、もう一度、その音を奏でた。すると、どこか奥の方でジジジジジジ…。羽が擦れる音がした。空耳かもしれない、もう一度鳴らしてみよう。ソー…。ジジジジジジ…。やはりそうだ。しかも先ほどよりも音が大きくなっている。少年も、同じことを思っていたようだ。とても、にかにかしている。でも、声をこらえて鼻の前で人差し指を立てている。僕はそのまま奏で続けた。ここに来るまで、ただ、鳴らすだけだ。夕日が佳境に入り始めた時、目の前を一匹の鈴虫が飛んでいった。通り過ぎていった、と思えば僕らの周りをぐるぐるしている。ここの世界に入ってこれたのだね。僕は驚いていたけど、それよりも増して感動していた。少年と少年のおじいさんは正しかったのだと。疑ってすまなかった。やってみなければわからないものを、綺麗な音が調和している。この景色は忘れない。オレンジ色に光る草木たち、1人の純粋な少年の目、目の前を飛び交う鈴虫、そして、音を奏でる彼と、僕の調和。忘れるわけがない。ありがとう。僕は吹くのをやめ「捕まえなくて良いのかい」と少年に聞いた。そしたら「ああ、捕まえない。もっと良いもんが手に入ったから」「そうだよね」「兄ちゃん、ありがとな!おかげで、確信した。実を言うと、じいちゃんは嘘を言っているのではないかとどこかで疑っていたんだ。だから、サンキュ!」「なんだ、疑っていたのか。それでも信じ抜いたのだから、すごいんじゃない」「まあ、そういうことにしとくわ。じゃ、俺そろそろ行くわ。本当ありがとな!またな」「僕の方こそありがとう。また会ったらよろしくね」「ああ!」そうして、少年は坂道を駆けて行った。僕はもう一度仰向けになって紺色とオレンジが混ざり合う空に問いかけた。純粋とはなんなのだろう。自分自身とはなんのだろう。自分の好みを他人に押し付けてはいけないのだろうか。どうしても、僕の想いを共有したいし、この景色すらも共有したい。けれども、まあ、みんなとは合わないのだろうか。教えてくれないかい、大空さん。無論、何も返ってこない。けれども、僕の中に何かの感情が芽生え、自然と口ずさんでいた。「この大空に翼を広げ飛んでゆきたいよ。悲しみのない自由な空へ、翼はためかせ、ゆきたい」決めた。

そして僕は、星が昇り始めたその時間、帰宅することにした。


おわり

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少年と僕とあの景色と しょしょしょ、 @shoji-tsubasa

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