【回想】〝紅蓮〟と一番弟子


アッシェ・ゼトランスは、サンドウィン領に生まれた。

父は中堅の商会主で裕福ではあったが、代々の由緒正しき平民だった。にも関わらず、少年は魔法の才能に恵まれた。


別に魔法の才能は貴族だけのものではない。だが素質、とくに魔力オド保有量は、貴族の方が多い傾向にあった。

近年では食事の質の差がその原因でないかという説があるため、裕福な商家に生まれ育てば、貴族と同等の魔力保有量があることは不思議ではないかもしれない。

だがアッシェの魔力保有量は、貴族のそれと比べても明らかに多かった。それ以外の魔法三大能力と言われる魔力親和性と魔力操作も、彼は並外れていた。


特に彼の魔力オドは、火の自然魔力マナとよく親和した。


きっと幸運だったのだろう。父親に魔法の理解と財の両方があったことは。

だからこそアッシェは魔法使いを目指すことを許され、そのための書物や教育の機会を得ることができた。アッシェの父親は最終的に商会を弟子に譲ったが、今わの際も満足そうであった。

【開拓局】―――現探索者組合ギルド探索者イグルスとして活動しつつ研鑽を積んだアッシェは、やがてリモニウム伯爵当主の目に留まる。彼は伯爵家と契約し、後ろ盾を得る代わりにその『お抱え』として魔法を振るうこととなる。

やがて功績をあげ、王家から家名と騎士爵貴族の権利とともに〝紅蓮〟の渾名二つ名を授けられた。

最終的には魔導士王国最高峰の称号と男爵位を受け取ることになるが―――貴族に列せられたあと、大恩ある伯爵家当主に頼まれた。


お転婆娘を見てやってはくれないか、と。


当主様は、最近目立ち始めた白髪の生えた頭を抱えながら私に零した。

お転婆娘とは当時5歳の、伯爵家四女。

白磁の肌はその心の純真さを表し、赤みがかった金髪は快活な動作とともにしゃらりと柔らかく広がり、静かな栗色の瞳は優しさを湛えていて、来年の社交デビューとともに膨大な縁談が舞い込むであろう―――とは、自称親の贔屓目を捨てたサンドウィン伯爵当主様の談。末娘を溺愛していることだけはよく解った。

だがそう、来年の社交デビュー―――王国貴族の子息子女にとっての婚約時期だ。


そんな子女が、どうやら剣を振っているらしい。


一瞬東方貴族帝国国境方面の嫁入り準備なのかと思ってしまったが、最近白髪が増えた当主様曰く違うという。

どうやら四女は隠れながら剣を振っているらしい。それも当主様が不在の時を狙って。


では辞めさせたいのだろうか。


当主様は違うと言った。

続けてこう言った。


見極めてほしいのだ、と。


§


変な言い方だが、当代のサンドウィン伯爵家として必要な親戚関係は、四女かのじょの兄姉たちが婚姻によって結んでいる。

だから極端な話、四女むすめは結婚する必要義務はないといえばない。

故にもしも四女むすめが、本気で剣の道を進むのであればそれを認めよう。

……けれどそれは茨の道。女性騎士など絵巻物でしか見られない。

才能もない茨の道で苦労するよりかは、古いと言われようとも結婚して女性として幸せを掴んでほしいと願うのが親の心。

勿論、結婚などせずずっと父親わたしと暮らしてもいいのだがね!

―――すまん、メイド長。妻に告げ口せんでくれ。廊下は寒い。寝室で寝たい

ごほん。ともかく!君に四女むすめの才を見極めてほしい。

私も一応武人の端くれだが、達人ではない。愛しき娘のことだから贔屓目もあるだろう。

それを踏まえてなお、私は思うのだ。


あの子には、とんでもない才能があるのではないか―――と。


§


そんな言葉に背中を押されて、私はメイド長の案内で庭に通された。メイド長曰く、半年ぐらい前から、当主様が屋敷に居ない日があれば、必ず当主様の剣を持ち出して振っているらしい。

万が一怪我をしたときに傷跡を残さぬよう、当主不在の際は必ず私兵お抱えの医療団と治癒魔法水属性の魔法使いがスタンバイしているらしい。

勿論隠れて。

私は問うた。至極どうでもいいことだったが問うた。何故隠れるのですかと。

メイド長は答えた。鉄面皮であったが、伯爵様と同じくらい長い付き合いの彼女は、確かに笑顔で答えた。

バレないようにバレているのにこそこそされるお嬢様が大変可愛らしいからですと。


そうして道中、数人のメイドとすれ違いながら、先導するメイド長が彼女たちを睨みつけるのを見ながら、私は庭に到着した。



そこにあったのは、輝かしい結晶だった。


剣を振るのは五歳の少女。彼女の肉体は年相応に幼く華奢だ。

その彼女が振るのは剣。当主様の持ち物たる剣だ。

成人男性が使うための剣であり、重量2kgはあるだろうか。そして刃渡りは80cmほど。

身長100cmあるかないかといった少女が振えるはずのないものだ。

なのに彼女は振るうことができている。

その形はぎこちない。稽古にもなっていない。刃の向きは無茶苦茶だし、そもそも握り方が変だ。

そんなことも知らない五歳が、剣を振れるはずはない。


そんな不可能ありえない可能現実にしているのは、


ただに他ならなかった。


剣を振るうたびに、少女の周りの自然魔力マナが震えている。

それは少女の肢体に纏わり付き、その血に管に筋に力を与える。

[活力]系。筋力を強化する魔法。おそらく強度を上げる魔法も使っているだろう。

ただその魔法はいわゆる魔法ではない。何故なら少女は五歳。魔法式を習っているはずはない。

魔法魔法式魔法を使うには魔法式を覚えることが必要だ。

つまり彼女のそれは、魔法魔法式魔法ではない。


そう。それは、

極めて親和性の高い体内魔力親和性を持つ彼女に対する、自然魔力マナの奉仕。


そしてみがかった金髪が彼女の周りで踊る度、彼女の周囲で舞う自然魔力マナ、その属性いろは、赤。


そして自分は、その二つ名は―――


もはや笑うしかない。

何が贔屓目だ。しっかり見抜いているじゃないですか当主様。


だから私は声をかけた。当主様からの依頼では、見極めるだけ。

別に声をかける必要はない。

けれど内容を把握しているメイド長は止めなかった。なるほど、予想通りか。

声を掛けられた少女はビクリと震えた。飼っていた猫のようだったが、少女は彼のように逃げはしなかった。けれどどこか怯えた風に受答える少女。何故だか彼女の視線が頭部に送られてきた。チラチラと、見ては失礼なのについ見てしまう、といった様子だ。この珍しい黒髪が気になるのだろうか。

それを置いておいて、私たちはいくつか言葉を交わした。

私は彼女の言葉の端々に覗く、未熟なこれから完成していく力が漲っているのを見つけた。彼女はすぐに、今の大人しく猫を被ったままの少女では居られなくなると。そう思った。


それから一週間後、彼女は正式な私の弟子となった。


けれど私は、そのとき踊る彼女を見たとき既に決めていた。


この才能の結晶がどこまで高く伸びて花開くのか、見てみたいと思った。

初めての経験だった。

ただひたすらに己の魔法の研鑽を続けてきた私が、他人のそれに意識を注ぐなんて。

だから私は決めた。

きっと当主様はここまで見通していたのだろう。


この子を見れば、俺は絶対にこの子の師匠になると。


§


その後魔法の研鑽を積んだ〝紅蓮〟の弟子は、歳が近いという理由から王国第二王女の側近となり、最終的にその筆頭たる近侍騎士の座を実力で勝ち取った。


その後王位継承騒動に巻き込まれながらも第二王女を近侍騎士として護り抜き、その解決に尽力した褒美の一つとして、王家から〟の名を与えられる。


父親が見抜き、魔導士が鍛えた伯爵家四女の才は、王国最強と称された師匠の高みへと並ぶこととなった。


―――とはいえ第二王女が継承権を放棄し王都公爵家当主を継承すると同時に、彼女もまた近侍騎士を辞する。

騒動鎮圧の副産物として生まれた王都周囲の正規軍の熱狂的ファンを滂沱の涙に溺れさせながら、彼女はリモニウム伯爵家と結婚。その後リモニウム伯爵第二夫人として娘リリアーナを出産する。


その師匠アッシェ・ゼトランスは、二代目〝紅蓮〟の襲名と同時に引退を表明。〝紅蓮〟を弟子に譲る形をとりながら、故郷のサンドウィンに引き籠る。その際、一人の孤児を弟子として。


§


それから時が流れて王国1,001年。リリアーナ7歳のとき。

サンドウィン領の戦場で、〝紅蓮〟の師弟はの再開を果たすことになる。



==============


【あとがき】

『サンドウィン内乱』について:

王国暦998年内乱勃発時、作中のマルグリッテの父親は既に死亡し、更にその家督を受け継いだ長子も死亡し、四男への家督委譲がされていました。その四男(正確にはそれを傀儡とした家宰帝国の終身スパイ)がサンドウィン内乱を引き起こします。

家宰の暗躍は長子の家督相続時の騒動から始まっており、まずメイドはじめ優秀な家人の排除解雇から始めました。結果として本家当主御家人配下の騎士との繋がりも希薄になり、当主と家宰の暴走を止められませんでした。


つまりこの回想中のメイド長やメイドは内乱勃発以前から本家邸宅を追い出されています。

そして先々代当主マルグリッテの父親の死を切欠に本家邸宅を退き別邸に移っていた先々代当主夫妻マルグリッテの母親の下に集い、彼女と共に過ごしています。

『一章サンドウィン内乱①』にてリリアーナが赴いていたのはこの別邸であり、馴染みの優秀なメイドが揃っているからこそ親ばかマルグリッテも愛娘を預けていました。


何が言いたいかと言えば、作中のお茶メイドたちはマルグリッテの当時当主を寝室から追い出した母親とともに、ほぼ全員がサンドウィン内乱の戦禍と内乱後の処罰を免れ生き延びています。


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