02本目 翁は森の中で異形と
`18/01/02
抜け落ちていた『アッシェ視点の〝異形〟の第一描写』を追加
`18/01/07
重複していた文章などを一部修正
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―――生き残ってしまった
自分のほかに最後に残った兵士を焼き殺した後、彼が思ったのはそんなことだった。
彼はそのまま
村人にはそのまま家に残り、決して村から出ぬように指示。
そしてアッシェは、彼らの村を跡形もなく焼き尽くすためにやってきた帝国軍
けれどアッシェとて齢54の初老。いくら
村を焼こうとする70名を逆に焼き尽くす間に、先代も深手を負っていた。
右の腹に穿たれた穴。臓器にまで達するそれは、同僚の躰を盾に即死を免れた帝国の魔法使いが、炎に巻かれながらも放った[土球]の痕だった。
しかし最大の傷がそれで済んだのは、協力者の存在あってこそだった。
それはアッシェをここに運んだ
アッシェの後を追うように帝国兵へと飛び込み、その体躯を振るった。
飛行に特化した
しかし翼竜は敢えて地上に降り立った。それは他でもないアッシェを、彼を狙う魔法や弓矢から庇うために。
殺戮を終えたアッシェは跪いた。
戦いの途中、とうに力尽き倒れ伏した
借り受けただけの
それを選ばずともに戦ってくれたその高潔な魂の冥福を、
このまま眠りにつこうか、ともアッシェは思った。
村は護った。内乱も終わる。ほどなく優秀な弟子が騎兵を送ってくれるだろう。リモニウム家の魔法騎士ならば、武力治安の両面で不安はない。
つまり、私の役目は終わった。
魔導士アッシェ・ゼトランスは、一切の偽りなくそう思えた。
けれど残念ながら、意識は思いのほかはっきりしていた。
腹部の傷も、着弾と同時に炎で焼き固めた。
つまり見た目通りに深手には違いないが、その実死ぬまでには時間がかかる。
かつ、アッシェの精神は昂っていた。70名の帝国兵を焼き尽くした余韻もあるだろう。内乱が終わり村の危機が除かれ、ようやく得た開放感もあるだろう。
だからだろう。やりきったと思った魔導士の脳裏に一つ、浮かんだ。
弟子の行方。
色仕掛けに引っかかって出奔し、そのまま死におった間抜けな
それを目的にしながら、死のう。
辿り着いたのならば、そこを己の死に場所にしようと。
彼はゆっくりと立ち上がった。
傷口を魔法で塞ぎ、アラオザルへと向かう。広大なアラオザルは、その端がサンドウィンにまで届いている。
そしてアッシェの村は、その近くに位置していた。
アッシェはほどなくアラオザル大森林へと入る。
それから彼は木の実を主食としつつ、森の中を南西へ、リモニウム領方面へと進み続けた。
だがその途上彼はアラオザル内層へと踏み入れ、内層の魔獣と遭遇することになる。
体高4メートル、体長10メートル。筋肉質の巨大な後脚、発達した前腕、剣のように鋭い歯が並ぶ顎。全身を覆う鱗。おそらくは
しかしその威容は、一般に知られている亜竜とはかけ離れていた。
そこからアッシェはその亜竜の王者と戦わざるを得なかった。隙を見て離脱を図るも、その巨体に似合わぬ速度で被追撃戦へと移行。
二晩かけて逃げ切るも、そこで体内魔力を枯渇させることとなる。傷口を塞ぎ、無理やりに動かしていた体内魔力までも消費したアッシェは、森の中で昏倒することとなる。
§
―――そうなれば当然、待っているのは死だ。
意識がないたった一人の人属など、魔獣の領域では食料以外になりえない。
それでも構わないと、朦朧とした意識でアッシェは思った。このまま朽ち果てるのが、この咎人に相応しい罰なのだろう、と。
だが自分は、よほど欲深かったようだ。
それともこの数日の大森林での生活で、弟子の行方を捜すことがそれだけ大切になったのだろうか。
朦朧としながらも、〝何か〟が傍に来たのは解った。
都合のいい幻覚かと思いながら、私は目を開いた。しかしぼやける視界に、確かに〝
そして私はそれに願った。
願うだけ願って、私は今度こそ意識を失った。
そうだ、よく覚えている。記憶の欠落はないようだ。
老いれどもまだまだボケは来ていない。
つまり………………確かに私は願ったのだ。
今私の目の前で、無数の触手を動かし、巨大な翡翠の瞳でこちらを眺めている、5メートルに及ぼうかという巨大な【
複数の触手を持つこと。他の生物に類似した外見特徴を持たないこと。
それを満たす生物は【多手触種】と見なされる。
そして彼ら―――いわゆる〝触手〟は、ひどく忌み嫌われている。
彼らが総じて、多種族の雌に対し積極的に特定の行為を行うから。
そしてそれ以上に、その奇怪な肉体が嫌悪を誘うからだ。
似たようなことを行う人型の魔獣である
貴族であれば、実害を得ずとも遭遇しただけで
だがそもそもの発見が極めて少なく、その生態には謎が多いとされている。
しかしそのいずれも、今私の目の前に存在するものほど醜悪ではなかったはずだ。
巨大な緑色の肉の立方体。最初の認識はそれだった。
不気味に鳴動するそれをよく見れば、無数の触手によって編まれていることはすぐに分かった。一本一本が人間の足か、太いものでは胴ほどはあろうかというそれらは一つ一つがまるで蟲のように蠢き絡んで擦れ、奇妙な音を立てている。
だがそれらの根元を辿れば、触手の壁の向うにかすかに見える、緑色の肉の塊へと続いていることがわかる。いや違う。その巨大な緑色の肉の塊の内部から、数十、数百はあろうかという数えることのできないほどの触手が飛び出してきているのだ。
それらはまるで視界から私の脳を侵そうとしているかのような、醜悪という概念に目に見える形を与えたような存在だった。
―――しかし。しかしだ。
ただ一つ。今私の目の前に存在し、私を映すこの翡翠の瞳。
この瞳だけはその嫌悪感の只中に在って、理性の光を映していた。
だからこそ目覚めた瞬間にこの醜悪な〝
そして私は観察を続け、覚悟を決める。
「―――この一帯の
まず口上を述べた。本当にヌシかも解らん。理解しているかも解らん。人属でないものに人属の言葉が通じるのか。
だが持ち上げていて損はあるまい。訳のわからぬ言葉を喋っても殺される理由にはなるまい。
「私には、アナタの領域で成し遂げたいことがあります。よろしければ、アナタの領域への滞在の許可と、そこで我が糧を得ることをお許しください」
蠢いていた〝異形〟の触手が、更にさざめいた。
そして私の目の前に掲げられた触手は、一つの果実を掲げていた。
そのたった一つの動作は、莫大な事実を私に突き付けていた。
その中でも重要なことは二つ。
目の前の〝異形〟が、人語を理解していること。
そしてこの〝
確かに魔獣の中には、知性あるものが存在する。人語を解するものもいる。
だが
彼は果実を掲げた。それだけで、私に問うたのだ。
私は喉が渇いているのを自覚しながら、唾を呑み込みたくなるのを堪え、喉を鳴らすのを避けた。動揺をこの瞳に悟られてはいけない。
幸い私の喉も口も声も、もとからガラガラだ。掠れても解りはしない。
そう自を鼓舞しつつ、私は口を開いた。
「もしお許し頂けるのであれば、対価として―――我が知識をお教えします」
それは、今の私がもっている唯一にして最大の手札。
これほどの知性を有しているのであれば、私の〝誠実さ〟を感じ取ってくれるのではないか。
それを狙ってのことだった。
次の動作を待つアッシェの前に、触手が横向きに掲げられた。
その触手が、一度だけ縦に振られた。
アッシェは未だ知らぬが、それは〝肯定〟の言葉。
三年前、当時四歳の子どもが切っ掛けとなったそれが、魔導士アッシェの命を繋げることとなった。
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【添え書き】
ちなみに〝異形〟は、『欲しいならここにあるよ。
意図せず最高の対価が得られたわけですが。
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