第23話 新しい仕事

 そもそも、俺達の仕事は巧が取ってくるもので、巧の営業拠点が本当にあの居酒屋なのだとしたら、取ってくる仕事についてどんな期待ができると言うのだろうか? 

 酔っ払いのおっさんが、場違いな女子高生相手に、面白半分で発注する仕事の内容としては、今回ほどど真ん中なものは無いだろう。


「みんな、新しい仕事だ」

「今回は危険なモノじゃないよなあ?」

「あ、ああ、もちろん! 危険は、うん、危険は無い」


 何か奥歯にモノが挟まったような物言いで、巧は視線を逸らした。


「何だよ、今回の製品って?」

「・・・おもちゃ、だ」

「おもちゃ? おお、そうか、それなら問題ないな!」

「あ、あぁ」


 怪しい、何か怪しい。そして巧はサンプルを預かってきたんだ、と言って、ソレ、を机の上にポンと置いた。ん?


「これが、そうだ!」

「・・・あっ! お、お前、これって!?」

「きゃっ、巧ちゃん、まあ、コレってもしかして? まあ、あなたって意外と!?」

「お、おい、キャサリン! こ、これはマズいだろ?」

「私も実物は初めて見ましたが、これは女性器に・・・」

「わーー! 直ーーっ! 言うなーー!!」


 これはマズかろう。これは確かにおもちゃだ。けれど、子供のじゃない、大人の・・・。これが仕事って、巧、お前、からかわれたんだよ、酔っ払いのおっさんに。


「いや、そう言うだろうと思ったが、違うんだ。これを発注してくれた社長さんは女性で、その会社も業界ではトップクラスの企業らしい。で、その女社長さんから直接頼まれたんだ。この商品を、企画段階から製造まで全てお願いしたいって。女子高生らしい発想が欲しいって事みたいだ」

「はぁー? 何か怪しいな? そもそも、女子校生らしいって、女子高生にこんなモノ頼む事自体がマズイでしょう? そもそも、トップクラスの企業って言っても、人の話だろ? その会社がどんな所かもわからないし、本気で頼む気なんてないかもしれないじゃん」

「いいよ、じゃあその会社行って確かめてみよーぜ。実は今日打ち合わせに行くんだ。納期とか支払い条件とかも相談しなければならないし、詳しい仕事内容とか、会社の実態とかも確かめてからなら、文句ねーだろ!」


 ヤル気満々の巧は息まいているが、俺も含め、周りの空気は微妙だ。


「お、俺は行きたくないよ」

「何でだよっ!」

「だ、だって、お前、俺と二人で行ける? ソレ、作ってる会社だぜ? その、いわゆるソレ系の商品、他にもメチャあるぞ。打ち合わせとかもするんだろ? ソレをどう使うかとか、どうしたいとか? 気まずくないか?」

「うう、わ、わかったよ! オマエは来なくていいっ!」


 巧は顔を真っ赤にして怒りながら、どうしようか思案したようだった。しかし、すぐにピンときたのか、俺と目が合うと、そうだそれしかない、というように、セツ姉に視線を移した。


「私? 打ち合わせ? いいわよ、別に。ちょっと興味もあるし。でも、みんなだって興味はあるんじゃなくて?」


 いやいや、あんたには敵いませんって。


 そしてその日、打ち合わせのため巧とセツ姉は午後一番でその会社に向かい、打ち合わせが長引いたので直帰する、との連絡があった。

 新しく持ちこまれた、この卑猥な(あっ言っちゃった!)仕事については、巧たちが詳しい内容を確認した後、それを踏まえ、みんなで受注するかの是非について話し合おうと決めていた。

 

 話合いの行われる朝、少し俯き加減で登校をする巧を見つけ、俺はおはよう、と声を掛けた。

 巧は神妙な顔で、おはよう、と呟くと、足早に学校へと向かった。その様子から、昨日のメーカーとの打ち合わせの過酷さを思い起こさせ、俺も妙に下半身を刺激された。


「で、昨日の打ち合わせの結果だけど・・・セツ姉の方からお願いします」

「えーと、私が考える限り、この仕事はヤルに値する、と思ったの。それは、私がソッチ系に関心が深い事を別にしてよ。この仕事は、みんなで、ヤル事ができる、面白い仕事かな、という気はしたわ」

「みんなで、とは、私達全員に仕事の機会があるという事でしょうか?」

「そうね、みんなでヤル事になるわ」

「という事は、私達全員があの性具を理解する必要がある、というわけですね」

「そ、そうね、みんなにもアレを理解してもらわないと」

「という事は、私達全員があの性具を実際に使用し検証する必要がある、という事でよろしいでしょうか?」

「ちょ、ちょっと待ったーーっ! 直、オマエは黙っておけっ!」

 

 さすがのセツ姉も、直の直接的過ぎるつっこみに、多少引き気味に苦笑する。


「もう、巧ちゃん、説明してあげて、私じゃ駄目みたい」

「えーと、言いたかったのは、この仕事が、最初の企画設計段階から関われる事、製作に当っては、金型の製作、作動部の設計製作、そして商品化にあたっての量産と、多岐にわたっての工程が、私たちの手でほとんど行えるっていう事なんだ。それはアタシたちにとって、スゴク魅力的に思えねーか!?」

「でも、大人のおもちゃ・・だよな?」

「・・・」

「い、いいじゃねーか、それだって! や、やってみたくねー? 良い勉強になるかもしれねえし!」

「良い勉強ですか。確かに私達は阿久津さんを覗き、その方面の知識に関しては脆弱であると言わざるを得ないのは確かでしょう。そういった点では今回の仕事の意義は十分に有ると考えられます。ただしこの仕事をきっかけに性産業に特化したいと考える作田さんの考えには、共感できかねますが・・」

「だっ、誰が性産業に特化したいなんて言ったよっ!」

「みんな、良く聞いて? この仕事は、みんなで協力して、初めて完成する仕事なの。そんなの、初めてじゃない? それが、日陰の商品であろうと、私たちにとっては意味のあるものになると思うの。私はやってみたい、そう思うわ」


 結局、俺たちはその仕事に取り掛かることにした。


 商品としては、売り価格¥10000という、こういう商品としては比較的高額な値段設定にした。そうでもしないとコスト的にも割に合わないからだ。

 だが、現役女子高生の企画モノ、今までには無いギミック、若い女の子が欲しいと思う、をコンセプトに、若い女性も欲しいと思う様な商品を作ろうと意見を一致させ、その企画はスタートした。


 ハードルは高い。そもそも、こんなモノ、欲しいと思う女子はどうかと思うが、それは俺の考えであって、彼女らは真剣に考えている所を見ると、どうやら、欲しい、という願望はゼロではないようだ。

 その少ないながらも、欲しい、という願望を購買に繋げる事こそ、企画力なのだと、その会社、リアルドリーム社の社長さんはおっしゃっていたらしいが、うーん後ろめたい気持ちは拭いきれない。


 しかし、参考にと借りてきたリアルドリーム社の類似全商品が机の上に並べられた様子は、壮観だった。こんなに多数のバ〇ブを一時的とは言え所有している高校は、ここ、スカ女くらいだろう。

 所有バイ〇数、日本一! これは誇るべきモノでは無いよな・・・。


「で、どうすれば売れるんだ、こういうモノって?」

「それ、アタシらに聞く? セツ姉以外、誰か語れるヤツ、いるのか?」

「・・・」


 やっぱりというか、話し合いは、最初から暗礁に乗り上げた。

 よく考えると、元来女子力ゼロの面々が集まった学校(約1名はプラスに振り切っているが)、そんな連中に、こんな、良くいえば女性の、というか性の本質を問うような商品について、何がわかると言うのだろう? 発注側の人選ミスではないか、と俺は純粋にそう思う。

 みんなにも、それはわかっているのだろう、巧のこんな提案で、皆の意見は一致を見せた。


「いくら考えても、アタシたちの経験不足は否めない。だったら、ギミック、この唯一技術的とも思える点に集中して取り組んでみないか?」


「ギミックというと、まあコレの動き、と考えていいだろう。このサンプルの動きから何かわかるか?」

「いわゆる、低価格のモノは動きが単一的かな」

「そうね、高価なモノの中には多数の動きを合わせたモノもあるけど、実際の効果のほどは・・使ってみない事にはねぇ」

「・・・・」


「形状に関しても多数の選択肢があるように思われます。シンプルな形状もあれば複雑な形状もある、また実物に模したかのような形状の物など、どのような形状すべきかは熟考が必要であると考察できます」

「本当に色々な形があるものなのねー、これも効果のほどは・・・使ってみない事にはねぇ」

「・・・・」


「あと、色とかはどうなんだ? 色もリアルな方がいいのか? それとも色なんてどうでもいいのか?」

「色ねえ、確かに雰囲気って大事だから、色も大事かもしれないわね。でも、それも・・・使ってみない事にはねぇ」

「・・・・」


 セツ姉--っ! あんた、使ってみたいんかっ!?

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