第15話 謝罪の達人

 未理との事件の翌日、酷く腫れた顔で登校した俺を、スカ女の連中のニヤニヤ顔が迎えた。

 巧のヤツ、言いふらしやがったな! 連中は面白がるばかりで、誰一人として心配してくれる者がいないのには、ホント頭にきた。


「兄貴、お勤め、ご苦労様でした、ケケッ!」

「取り調べといえばやっぱりカツ丼、お味はいかがだったかしら?」

「未成年である少女相手に対して公衆の面前での性的犯罪行為を行ったと聞きました。しかし、下井君に幼女嗜好という倒錯した性癖があるとは存じませんでした」


 俺はすべて無視し、無言で席についた。ニヤつく巧の憎らしい顔をウンザリしながら眺め、ふと未理が隣にいない事に気付き、あれだけヒドイ目に遭わされたにもかかわらず、何となく寂しく感じられた。


 我ながら健気なもんだ。


「未理、休みだよ。まだ奈乃なのが帰らないからね」

「アイツ、どこに居るの?」

「自分ちだよ。未理ンちは、母親がウチと同じように死んじゃっていないから、家には家政婦さんがいるんだ。父親は仕事で忙しいしね。その家政婦さんはアイツの事情全部知っているから、心配はない。他の人格たちも、その家政婦さんを信頼しているしね」

「他の人格って、正直まだ理解できない。で、お前は、その他の人格って、全部知ってるの?」

「いや、アタシも全員の事はよくはわからない。ただ何人かの人格には会っているし、アタシの事も嫌ってはないはず。だから、未理の親父さんもアタシの事を信頼してくれてて、未理を預けてくれている。アイツがこの学校にいるのは、そんな理由もあるんだ」

「その、未理の人格って、一体何人いるんだ?」

「アタシが知っているのは4人。昨日の奈乃なの、あの子は5歳の泣き虫の女の子。いつも泣いてばかりで、とても寂しがり屋。あと明汰めいた、コイツは29歳の男で、広島弁のチンピラ。正確は粗野で乱暴。いつもケンカ腰で要注意。来露きろは49歳のおばさん、口を開けば文句ばっかり。ちょっと鬱陶しいかな。で、千知センチ、彼女は23歳の女性だけど一番知的。実はあの父親のブレーンとも言える存在で、彼女が現れた時はすぐに連絡するように言われているんだ。

 あと、私は会った事がないけどひこ、という子がいるらしい。けど、彦は口も聞かないし感情が乏しいみたいで、彦が出る時は、未理にとって一番ヤバイ時らしい」

「い、一体、いつからなんだ、未理がそんなになったのって」

「多分、アイツの母親が死んでからだから、小4くらいだったかな? 気がついたらあんなにたくさんの人格が出るようになってた。それでも、最近は随分調子が良かったんだけど」


 淡々と語る巧だったが、いいのか? こんな話、みんなに聞かせてしまって?


「いずれ話さないといけない、とは思っていたんだ。いつ他の未理にならないとは限らないから」

「それって未理ちゃんは知ってるの? その、自分が多重人格だって?」

「未理は気付いてない。だから、みんなこの事は未理には話さないでくれないか? アイツ、自分が多重人格だって知ったら、余計ヘンになっちゃうかもしれないし。お願いだから、みんな、なんとか未理を守ってやれるよう協力してくれ」

「まぁ、それはいいけど」

「特に忍! 未理、妙にオマエに懐いてしまったけど、今回のような事が起きないように気をつけてくれよ!」


 そういう事は、早く言っておいてくれよな。


 しかし、キスなんかしている時に、相手が突然広島のチンピラに豹変したとしたら・・・。俺は想像すらしたくなかった。

 

 しかし冷たくしてもダメ、親しくしすぎてもダメ、ましてや一線を越えるなんて言語道断。頼みの巧は、割りといい加減・・・。

 難しいぞ、これは、難し過ぎる。俺はこれからどうやって未理と接していいのか、頭を抱えてしまった。


「あのさ、そう落ち込んでいられても困るんだけど。実は先日の仕事でクレームがついて、これからそのお客の所へアタシと一緒に行ってほしいんだよね」

「何で俺が行かなきゃなんないんだよ?」

「オマエだって穴あけただろう? それに、今回クレームっていったって、アタシたちは悪くないんだ。図面通りに作ったんだよ。一箇所寸法の訂正をアタシに指示したって言うんだけど、アタシは絶対聞いてない。向こうが忘れていたんだ。だからさ、アタシだけだとケンカになっちゃいそうだから、お前にも来てほしいんだ。お前の謝罪力、前に見せてもらったからね」


 何か腑に落ちない気もするが、コイツだけ行かすのも確かに不安だ。俺の借金の事もあるし、仕方がないので一緒に行く事にした。


 そのお客さんというのは、学校と同区内にある町工場で、従業員10人くらいの小さな会社だった。社長さんというのは押しの強そうな元気のいいおっさんで、おっさんは端から自分に非があるとは思っていないようで、巧の顔をみると、早速文句を言ってきた。


「巧ちゃんだから仕事頼んだのに困るよ!」

「すいません。でも、アタシ、寸法訂正の件、聞いてないんですけど?」

「えー!? 困るよ、大事な事忘れられちゃ! 電話で言ったじゃないか、俺はちゃんと覚えてるぞ」

「でも、アタシは電話受けていたなら必ずメモ取るようにしていて・・・」

「だから高校生なんかに仕事出したくなんてなかったんだよ。それでも巧ちゃんが絶対に間違い無いもの作るって言うから頼んだんだよ。それが、こんな事じゃ、仕事頼んだ俺の面目丸つぶれだよ」

「でも、この製品は図面通りに・・・」

「いずれにせよ、この品物は受け取れないし、加工費だって出せないよ!」


 何となく雲行きが怪しい。でも、俺だって、あんなに遅くまで仕事して作ったんだ。加工費は絶対にもらいたい!


「すいません! コイツ実は最近体調を崩して熱があったりで、社長さんからのご指示、忘れてしまったのかもしれません。本当にすいませんでした! すぐにでも対処したいと思うのですが、全部作り直しになってしまうのでしょうか?」


 口を挟もうとする巧を止めながら、俺は必死だった。


「い、いや、変更箇所を旋盤で再加工すれば、使えると思うけど・・」

「では、すぐにやらせて下さい! お願いします! それで、よろしいでしょうか?」

「すぐにやってくれるのなら、いいけど・・」

「ありがとうございます! しかし、こちらの工場設備、素晴らしいですね。大変なご苦労があって、ここまでの設備ができたんでしょうね。僕らの学校の設備は古いものばかりで、いつも苦労しているんですよ」

「あぁ、そうだな、設備投資するにはそれなりに度胸もないと出来ないよ」

「やはり経営者たるもの、技術や才覚だけでなく度胸も無くてはだめなんですねえ」

「まぁ、そうだな」


 おぉ、いい感じで話に乗ってきてくれてるぞ。


「ある意味、僕らのような学生に仕事を委託するというのも度胸があるからできる事ですよね。社長さんほどになれば、今回のようなケースも想定されていたでしょうし、若い世代の教育、育成といった事にもご尽力しているというのは、同じ業界で生きていこうとしている僕らにとって、経営者としても人間としても尊敬してしまいます」

「いやぁ」

「僕たちも社長さんのご厚意に甘える事無く、日々精進したいと思います。それで、本当に情けない話なんですが、実はうちの学校の旋盤、先日から修理に入ってまして、他所で借りて加工している状況なんです」

「そりゃ、大変だな」

「はい。それで、大変申し訳ないのですが、今回修正をすぐにでも行いたいのですが、その機械のレンタル料金が学校の予算の関係で今月は出ないのです。ですので、そのレンタルの代金の分だけでも工賃をいただくわけにはいかないでしょうか? もちろん、図々しいとは承知していますが、ここは社長さんのお心の広さに頼るよりほか無いのです」

「まあ、仕方ないな、俺だって何も君たちを困らせるつもりはないし、むしろ応援しているんだ。わかった、今回はそのレンタル代になるくらいの工賃、なんとか出そうじゃないか。その代わり、これからはミスの無いものを作る、そこを大事にがんばってくれよ」

「ありがとうございます! 本当に感謝します! あと、図々しいついでと言っては何ですが、お邪魔にならない様に気をつけますので、工場を見学させてはもらえないでしょうか?」


 それから俺は、機械を褒め、作っている製品を褒め、従業員の技術力を褒め、缶コーヒーをご馳走になり、帰途へついた。


「あのさ、あそこでお前がキレそうになってどうする? お客様が伝えた、と言ったのなら、本当の事なんてどうでもいいの。さっさと謝って、どう対処するか考えろよ。結局、工賃をもらうためには修正しなければならない、なら、相手もこちらも気持ち良くやりたいじゃないか。ああやって、こちらが頭を下げていれば向こうだって嫌な気はしないだろ? しかも追加の工賃までらえるなら、こっちだって損ばかりじゃないしな」

「けど、レンタルって・・・嘘ついてまで・・・」

「いいんだよ、相手にわからないなら」

「けど、自分に非がないのに謝るのは抵抗があるな。こっちはちゃんとした仕事してるんだ」

「だから、そんな事は深く考えるな。俺は借金返さなきゃならないんだ。些細な金だって大事だ。そのためだったら土下座したって、相手の靴舐めるのだって俺は厭わないぜ?」

「忍・・・オマエの謝罪力、スゲーかも」

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