第8話 ピーな美少女
俺のスカ女での生活が本格的に始まった。
クラスの、というかこの学校のホームルームは、いわゆる工程会議みたいなもので、その日に行う作業の確認みたいな事を行う事になっているらしい。
そもそも、この1年1組の普通の教室を利用するのも、ホームルームと昼食くらいなもので、通常は各々が各自の作業場で一日中、実習というか、作業をしている。
俺の思い描いた高校生活とは程遠い、これではただの労働者だ・・・。
ちなみに一階にある幾つかの実習室は、作田巧と穴井美留が使うフライス室、木本中が旋盤室、三条三日月が研削室、阿久根世津が溶接室として与えられ、二階の設計室に円谷直、何をしているのか分からないが林未理が一部屋使っている。
一人に一室、スペースだけに関して言えば、贅沢すぎるといえよう。
あたりまえだが、俺は自分が何をやったら良いか、何一つわからない。
という事で、巧の作業補助、はっきり言って小間使いのような立場になってしまった。あんなに頑張って憶えた英単語も数学の公式もまったく無意味である。
「じゃあ、そのフラットバーに8.5の穴、開けといて。えっ、ボール盤で開けるに決まってるじゃねーか! 違う! ボール盤はそれだろ。ドリルはそっち、それはエンドミルだってば! ちぇ、本当に何も知らないんだなっ! 早くやらねーと、今日中に100ケ終わらねーぞ!」
こっちは素人だって言うのに、巧は全く親切心の欠片も無い上に、人使いが荒い。
「もしもし、作田製作所です、お世話になってます。あ、社長さんですか。先日はありがとうございます。例の100ケ口ですが、明日にはお届けできると思います。はい、いえ、ありがとうございます。では、明日、失礼します」
「おい!」
「何だよ?」
「これ、お前の家の仕事かよ?」
「そうだよ、それが何だよ?」
「なんで、学校でお前の家の仕事してるんだよ? 大体俺、関係ないじゃん」
「あのねえ、そう簡単にこの学校で仕事もらえるわけ無いじゃん。とりあえずアタシん所の仕事を足がかりに、お客探してるの。文句言わずにさっさとやれよ!」
なかなか口の減らないヤツだ。そもそも巧の話だと、この学校というのは豆腐屋のおばさんが言っていた通り、一昨年廃校となっていたのが、今年復活したらしい。
それは、この区でモノづくりの優秀な人材を育てたい、との理由からで、その優秀な人材というのが彼女たち、という事だ。
実際、巧と木本中は中学生ながら、ものづくり競技大会のようなもので優秀な成績を収めたらしいし、他のメンバーもその筋ではちょっとした有名人らしい。
女子でこんな事に長けているヤツ事は珍しいから、業界の客寄せパンダみたいなモンだろう、そういう俺に、巧はこう反論した。
「でも、それだけで学校一つ作ると思う? たった数人のために? お前の思っている以上にアタシたちは優秀だし期待されてるの。オマエ、とーっても勉強がお出来になるらしいけど、ここじゃそんなモノ、なーんの役にもたたねーよ。ケケッツ」
確かにおかしい。大掛かり過ぎる。こんな変わった連中のために、文部省の教育規範を無視してまでこんな学校を作るなんて、何かヘンだ。
しかし考えてみれば、一応女子高という事になっているはずなのに、男の俺がココにいるだけですでにデタラメもいい所なんだ。ま、結局の所、あまり深く考えるのは無駄だろう、という結論に達した。
どうせデタラメな学校だ、借金なんてモノも、もしかしたら適当に誤魔化せるかもしれないし。
「しかし、お前たちもよくこんなデタラメな学校、入ったと思うよ。いいのかよ?そりゃ、好きな事やって、お金ももらえて高校卒業できるんだ、まあ悪くはないだろう。でも、高校生活って、そんなもんじゃ無いんじゃなだろう? 友人と過ごす楽しい放課後とか、部活で仲間と汗を流し目指す全国大会とか、かわいいクラスメートからこっそりもらうラブレターとか、そんな素敵な思い出に囲まれた高校生活送りたいと思わないのか?」
「どれも中学時代にお前が得られなかったもの、ばっかりじゃん」
ギクッ!
「オマエ、もし当たり前の様に普通の高校いったとして、思ってた通りの高校生活送れた自信あるの?」
ギクッギクッ!
「アタシたちはアタシたちの意思でココを選んだんだ、何の後悔も無いよ。まぁアイツらときたら、普通に高校生活送るのは難しいだろうけどな」
何を偉そうに、お前もだよっ!
ふと、俺は同じ実習室にいる、一人の少女に気が付いた。そういえば入学式以来、巧以外ほとんど他のクラスメートとは口も聞いていない。
それは同じフライス室で作業している
けれど、穴井美留は、見た目は天使みたいにカワイイ。その穴井美留が、フライス盤という機械を動かしている姿に猛烈な違和感を覚えながらも、意外や意外、その慣れた手さばきに目を引かれた。
「ふーん、オマエなんかでもわかるんだな。こいつが機械動かしてると、ちょっと目を奪われるよな。美留は正真正銘の天才だよ。ねえ、美留、ゴメン、ちょっといい?」
「ん」
「コイツが美留の腕、見てみたいって。いい?」
「ん」
俺に無遠慮な視線を送る美留。
見た目だけは美形揃いのスカ女にあっても、とびきりの美少女だった。まるで人形のように繊細で完璧な容姿は、むしろ怖い気がするくらいだ。その少女が目を逸らす事なく俺を見ている、それだけで心拍数が上がってしまう。
「作業の合間で悪いけど、この板に10mmの深さで100丸の溝入れてくれる?素人にもわかり易いでしょ?」
「ん」
美留は機械にその板を取り付けると、ブイーンという音と共に主軸とやらを回転させ、ハンドルを操作してその板を削り出した。鉄でもこんなにサクサク削れるとは知らなかった。
程なく終わったようで、美留はその板を外して巧に渡した。
「見て、この丸。図ってみなよ」
俺はノギスなるものを渡され、その丸を図らされた。キレイなその丸は、俺が計った限り、どこの位置でも表示される数字は100.0ピッタリだった。
「これって、スゴイ・・・の?」
「まあ、オマエが計ったんじゃ、正確には測れないと思うけど・・」
俺はむりやり巧にそのフライス盤なるものを動かすように言われ、これがX軸、これがY軸、などど説明され、そのハンドルを回してみる。要するに、横方向に動かすX軸と、奥ゆき方向に動かすY軸を同時に動かせばよいのだが、思っていたより難しい。というか、無理だ。そのうち、あせって動かしすぎて、バキッという音とともにエンドミルが折れてしまった。
「わかったか? ただ丸く削るだけでも難しいのに、美留はコンマ1mmの寸法誤差で円、削れるんだよ。アタシが天才、って言った意味わかるでしょ?」
「まぁ、わかったような、わからないような・・・」
「例えば、アタシが使っているこのマシニングって機械はコンピューター制御で、新円に近い丸、プログラムするだけで簡単に削れるんだ。それでも、こうやって汎用機でこんな事されちゃうと、素直に感動しちゃうよね」
巧の使っているマシニングという機械に比べ、手動で動かす美留のハンヨウフライスという機械はとても小さいしシンプルだ。それでも、その機械を巧みに操る美留の姿に、俺もちょっと感動した。正直、美留の技術がどれくらいスゴイかは分からないが、優れた技術を目の前で見れる事は、嬉しいと感じる。それは、野球やサッカーのトップアスリートのプレイを見る感覚に近いかもしれない。ちょっと言い過ぎかもしれないけど。
「ありがとう、スゴイね、穴井さん! 感動したよ。君が機械使ってる姿もカッコ良かったよ」
「ん」
「今度、僕にも教えてね、フライス盤」
「ん」
「でも、いつから使い始めたんだい? 中学になってから?」
「む」
「・・・小学生から?」
「ん」
「・・・?」
あ、あれ? こ、この娘、大丈夫か? もしかして、しゃべれないの?
「美留は、言葉がしゃべれないわけじゃないんだ。ただちょっと口数が少ないだけ。キチンと話せば意思は伝わるから。美留の「ん」は、はい、「む」は、いいえ、だから。あと、可愛いからって手出すなよ!」
いや、2文字で意思疎通しろって無理でしょ? それにこの娘、ちょっと口数が少ない、ってレベルでは無いだろう? もしかして頭が、ピー、なヒト?
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