第100話 ナイスキャッチと……


 細い路地に入り少し進んで民家にお邪魔する。

 時間は掛かるけど遠回りして慎重に移動しねぇと、ゾンビと接触すれば他のゾンビ達がワラワラと集まって来る可能性があるので、みんなで息を潜めて行動している。


 「……この先、民家を出て少し離れたところでゾンビが移動している。位置的に見つからねぇとは思うけど、このゾンビが遠ざかってから先に進もう」

 「分かった」


 小声で指示を出すと先頭を歩く霧姉が動きを止め、指示に従ってくれる。


 数軒の民家の中を移動するとお寺が見えて来た。

 このお寺はドリームチームが見えないゾンビを倒した場所にあったお寺とはまた別で、この狭い住宅密集地の中に二軒のお寺が存在している。


 「そこに見えるお寺の前の民家を通り抜けるんだけど、その屋根の上にゾンビが居る」

 「……よし、いつでも撃てるように準備しておこう。ゾンビの詳しい位置は雄ちゃんが現場で指差して教えてくれ」


 霧姉はミニガンをいつでも撃てるように持ち替えた。

 後は俺がエンジンを始動させればいいだけだ。

 霧姉が射撃した後、俺がゾンビの生存を確認して、黒い靄が消滅していれば素早くエンジンを停止させる。

 二人で何度か手順を確認し合った後、問題の民家へと進入した。


 物音を立てないよう慎重にフローリングのリビングを進む。

 屋根の上のゾンビがリザードだった場合、俺達の存在に気付いていてもおかしくねぇけど、今のところ黒い靄に変化はない。

 嗅覚で人間の居場所を察知するらしいけど、……コイツはリザードじゃなかったのか? それとも泉さんみたいに鼻が詰まっているのか?


 背後に振り返り、屋根のゾンビはリザードじゃないみたいだぞ? と瑠城さんに向けて首を傾げる。

 俺の意図を察してくれた瑠城さんも、眉をひそめて『おかしいですね?』といった感じで首を傾げている。

 どうやら普通のゾンビだったみたいだな、と一安心したのも束の間で、すぐに別の問題に気付いてしまった。


 ……マズイ。瑠城さんが肩に掛けている手提げ鞄から、一本のセイバーが今にも落ちそうだ。


 『瑠城さん、セイバーが鞄から落ちそうだぞ!』

 「……ぇ?」


 ゾンビがすぐ真上に居るので声は出せない。

 口パクとジェスチャーで伝えたのだが、かえって瑠城さんが過敏に反応してしまい、ふわりとセイバーが抜け落ちてしまった。


 まるでスローモーションのように時がゆっくりと流れる。


 床はフローリング。

 落としたのはセイバー。

 こりゃー盛大な物音が鳴ってしまうぞ。


 もう駄目だと耳を塞ごうとしたその時、フローリングすれすれでセイバーは見事にキャッチされた。

 泉さんが落ちるセイバーにいち早く気付いてくれて、腕を伸ばしてくれたのだ。

 表情はとても辛そうだけど、それでも得意気にセイバーを頭上に掲げている。


 ナイスキャッチ! 風邪で体調が悪くても素早く反応出来るだなんて、流石だな泉さん!


 瑠城さんもほっと胸を撫で下ろし、鞄にセイバーを仕舞い直した泉さんと静かにハイタッチを交わしている。

 異変に気付くのに遅れた霧姉も、やれやれといった様子で肩を竦めている。

 物音は一切立てなかったので、当然頭上のゾンビにも気付かれていない。

 最悪の危機は免れたわけだ。危ない危ない。

 よし、では改めて移動を開始し――


 「っぐしゅん! ……っぐしゅん! ……ゴメン」


 背後から豪快な二発のクシャミと、小さな謝罪が聞こえて来た。

 ……泉さん、無理をしてもらっているので文句は言えねぇけど、ナイスキャッチが台無しだぞ。


 前を歩いていた霧姉も、動きをピタリと固めている。

 それを見て俺も動けず後ろを振り向けない。


 ……そして頭上のゾンビにはきっちりとクシャミが聞こえたらしい。

 素早く動き始めたのだが、何があったのか直接こちらには向かって来ねぇ。


 「マズいぞ。何故か上のゾンビが離れて行ったけど、動きはまぁまぁ早い。……離れた場所に居るゾンビの所に向かったみたいだぞ」

 「チッ、仲間を呼びに行ったな」

 「……ふむふむ。屋根の上に居て、素早く仲間を呼びに行く。それでいて嗅覚で獲物を察知するゾンビではないのでしたら、カメレオンの可能性が高いですね」


 瑠城さんがゾンビの正体を導き出してくれたのだが、カメレオンってのは確かドリームチームのエマさんが仕留めた、姿が見えないゾンビだったよな?


 「彩芽、雄ちゃん、話は後だ。カメレオンだった場合は非常にマズい。すぐに移動しよう」

 「分かった。この先にゾンビは居ねぇから、湖岸に出てダッシュでウォーターウェポンを目指そう」

 「うぅ、ホント、ゴメンなさい」

 「……泉、気にしなくていい。それよりも今から走るから頑張ってくれ」


 民家の裏口から飛び出して、一直線に湖岸を目指す。

 ゾンビ達の動きを確認すると、周囲に居たゾンビ達が屋根の上に居たゾンビが移動した先へと、一斉に集結しているみたいだった。

 アイツがカメレオンだとすると、姿が見えない上に近くに居る仲間を呼び寄せるのか。

 無茶苦茶厄介な奴だな。




 沖ノノ島の北側には初めて来たのだが、南側と大きく違う所がある。

 一つは湖岸沿いに消波ブロックが並べられているという事だ。

 瑠城さんの座学ではゾンビが出現した当初、この沖ノノ島の北側というのは、日本海から吹き込む北西風が強かったらしい。

 その為島の北側だけ消波ブロックが並べられているのだが、今現在波は非常に穏やかだ。

 何故ならその北西風を遮るようにして、巨大な建造物が琵琶湖に浮かんでいるからだ。


 「これがゾンビハンター社の研究施設か」


 物々しいコンクリートの高い外壁に囲まれた、要塞のような建造物だ。

 ここからでは外壁の内側の様子は全く窺えない。

 沖ノノ島よりも巨大なこの施設では、日夜とんでもない研究が行われているのだろう。


 「雄ちゃん、今は時間がない。ウォーターウェポンが設置されているのは何処だ?」

 「ああ、あそこだ」


 湖岸沿いを北側に五十メートル程進んだ先に、短い桟橋が見えている。

 その桟橋の一番先にウォーターウェポンが設置されている。


 消波ブロックの上を歩いて進むのは、足腰と体力に大きく負担が掛かってしまうので、消波ブロックと民家の僅かな隙間に出来た獣道のような場所を通る。

 覆い茂った雑草や畑の柵を躱して歩くのは、体力を大きく消耗する。


 「ホラ、雄ちゃん掴まれ」


 最後は腰下くらいの高さの段差を霧姉に引き上げて貰い、漸く桟橋へと繋がる普通の道まで辿り着けた。

 この道は島の北側に存在する唯一の道で、お宝が設置されている場所まで行こうと思うと、この道を進むしか方法はない。


 「瑠城さん、泉さん、そこ滑るから気を付けて」


 霧姉が二人を道に引き上げる。

 ……俺には無理だ。もう膝が笑ってやがる。


 ゾンビ達の様子を窺ってみると、集結したゾンビ達の中には俺達の正確な位置を確認しているゾンビも居るみたいで、住宅密集地に居た約二十体程のゾンビ達がこちらに向かって移動し始めていた。

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