第70話 強敵再び


 「八幡西の奴等はまだ生きているか?」

 「ああ。端末で見る限りまだ誰も死んでいないぞ」


 凶悪なゾンビはどんどん近付いて来るのだが、グラウンドから南側の湖岸は満月へと向かう上弦の月のように曲線を描いているし距離は遠いしで、肉眼ではその姿を確認出来ない。

 ただし――


 ガラガラ…… ガラガラ……


 建物が倒壊するような音は、遥か遠くから断続的に響いて来る。


 動きを注意深く探っていると、ゾンビが突然その動きを止めてしまった。

 

 「「「「ぅおーーー!」」」」


 そしてスタジアムの方が盛り上がり始めた。


 「ゾンビが動きを止めたぞ! 今漁業センターの辺りだ!」

 「……スタジアムが盛り上がっているという事は、八幡西と交戦しているのだろう」 

 「報告します! ここからだと漁業センター付近で土煙が上がっているのが確認出来ます!」


 グラウンドに隣接した小さな漁港には、琵琶湖に迫り出している石畳で作られた背の低い防波堤がある。

 その場所から島の南側の様子を窺っていた、湖南中央高校の男子部員が教えてくれている。


 「八幡西のあの四人だけじゃどうにもならないだろう……ホラな」


 霧姉が左腕に装着した端末を見せてくれたのだが、そこにははっきりと『田井中龍一 死亡』と表示されていた。

 ウォーターウェポンを回収したのか、武器を持たないまま何も出来ずに死んだのかは分からない。


 ……やっぱり一緒に行動して助けてやるべきだったのかなぁ。


 今もゾンビは漁港の傍で動きを止めているのだが、他の部員達も餌食になっているのだろうか。

 アキちゃん以外の部員達が全滅して、色々な真実が闇に葬り去られなければいいのだが……。


 「更に報告します! いち、に……の――三名、三名の女子部員達が湖岸沿いを走ってこちらに向かっています!」


 おお、女子部員達はなんとか逃げて来られたのか!

 もしかして志賀峰さんみたいに、田井中が囮になって女子達を逃がしたのか?


 「た、たたたすけてー!」

 「ぎぃゃーー!」

 「こ、ころされりゅーーー!」


 きっちりとセットされていた髪を大きく振り乱し、八幡西の女子部員達がグランドに駆け込んで来た。

 息を乱して倒れ込んだ女子達。……確か名前は里依奈りいなさん、まいさん、麻美あさみさんだったかな。

 三人共狙撃銃を所持しているので、どうやら俺が残したメモには気付けたみたいだ。

 この女子達からは黒い靄が見えないので、ゾンビには噛まれていないのだろう。

 霧姉が俺に視線を向けていたので、噛まれていないから大丈夫だと頷いておく。


 「何が起こっているのだ? 詳しく話してみろ」 


 霧姉はその一人の腕を取り、その場で強引に立たせた。


 「はぁ……はぁ……」

 「しっかりしろ!」


 息が乱れて話せないでいる女子の頬を、霧姉は容赦なくピシャリと叩いた。


 「貴様が話す情報量で我々が生き残れるかどうか変わって来るかもしれないのだ。助けて欲しいと言うのなら、向こうで得て来た情報を少しでも多く話すのだ」


 霧姉の対応は少々やり過ぎだが、ここに居る全員の命に係わる事だし厳しくても仕方がないのかもしれない。

 霧姉に叩かれた事で、女子部員の目にも少し光が戻ったように見える。


 「話して頂けますか? あなたのお名前は?」

 「……伊富貴、伊富貴里依奈いぶきりいな


 今度は瑠城さんが優しく接すると、伊富貴さんの膝の震えも徐々に収まり漸く口を開いてくれた。


 「……私達三人と龍一君は、別行動でウォーターウェポンを探しに行ったの。後で漁業センターで落ち合おうって約束だったのに……。私達が龍一君と再び出会った時、彼は既に宙を舞っていたわ」


 伊富貴さんは酷く落ち込んでいる様子で、控え室や船の上で話ししていた時よりも声のトーンが低い。

 里依奈さん、まいさん、麻美さんの三人の中で、彼女が一番高飛車そうな振る舞いだったのに、今ではその面影もない。


 「宙を舞っていた、ですか?」

 「ええ。龍一君の体が数十メートル吹き飛ばされていて、漁港内に停泊している漁船のコクピットのガラスを突き破ったの」


 そのまま田井中は死んでしまったのか。


 「巨大なゾンビは更に龍一君を攻撃しようとしたのか、それとも捕食しようとしたのかは分からないけど、その後も漁船に近付こうとしていたわ」

 「……体が大きくて、琵琶湖に浮かぶ漁船に近付けなかったのですね?」

 「そうみたい。ウロウロとしているその隙に、私達はその場を離れてここまで走って来たのよ……」


 それでゾンビは漁業センター付近から動かなかったのか。

 彼女達が攻撃して田井中を助けようとしなかったのは、自分達だけじゃ手に負えるような相手ではない、と判断したのだろうか……。


 「そのゾンビの名前は分かりますか? 分からなければゾンビの特徴を教えて下さい」

 「おい、あんまり悠長に話し込んでいる時間はなさそうだ。ゾンビがこっちに向かって移動を開始したぞ! みんな準備してくれ!」


 蠢くどす黒い靄がこちらに向かって来る。

 各部長達がそれぞれ指示を出すと、前衛職を務めるYAMATO社のずんぐりむっくりなミストアーマーに身を包んだ男達が、湖岸沿いの道からグラウンドへと入って来られる場所へと移動を開始した。


 「報告します! ゾンビの現在地は消防艇庫を過ぎた辺りで、そのまま湖岸沿いの民家を破壊しながら一直線にこちらに向かって来ています! 体長十メートル程の真っ青な体躯のゾンビで――」


 防波堤で見張りをしていた湖南中央高校の男子部員が、ゾンビの正体を報告しようとした、まさにその時だった――


 シュルル…… シュルル……


 何処かで聞き覚えのある嫌な音が、沖ノノ島に木霊した。


 「ナ、ナーガ改バベルタイプ……」


 そしてすぐさま瑠城さんが呟くようにゾンビ名を言い当てた。

 ナーガ改バベルタイプって……大津京高校をたったの一撃で全滅に追いやったあの蛇か!

 アイツ、SSSトリプルにランク付けされるって言ってなかったか? そんなゾンビを選手権で初めて開催されるレイドボス戦に出して来るなんておかしいだろ!

 いやそんな事を嘆いている場合じゃねぇ!


 「前衛職のみなさん! 作戦変更です! 今すぐこちらに戻って来て下さい!」


 俺達の前方で壁を形成していた屈強な男達を、瑠城さんが慌てて呼び戻した。

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