第19話 二刀乱舞さん


 本当に猫かと疑いたくなる程の不細工なお面やクソダサいジャージは、ゾンビの返り血で赤く染まっている。

 彼女はこの短時間で、一体どれ程の死闘を繰り広げて来たのだろうか。


 立て続けに起こった状況の変化に思考が追い付かない。

 だが、一つだけハッキリと言える事がある。


 俺は彼女に命を助けられた。

 これだけは確かだ。


 二刀乱舞さんは両手に握ったセイバーを降ろして臨戦態勢を解くと、ゆっくりと俺のもとに歩み寄って来た。 


 「た、あ……う……」


 助けてくれてありがとう。

 こんな簡単な言葉すら、恐怖のあまり上手く話せないでいる俺。

 俺よりも遥かに小さな少女が、ゾンビを倒しまくっているというのに、クソ。


 「ガフッ、グフッ」


 頭が切り離されても尚、俺の傍らで声を発しているゾンビの顔。

 き、気持ち悪過ぎる! コイツ等の体はどうなってやがるんだよ!


 二刀乱舞さんは無言のまま近付いて来ると、地面に転がっていたゾンビの頭にセイバーをブスリと突き刺した。

 刺さった箇所からはブスブスと白煙が上がり、切っ先は奥まで貫通したのか真っ赤な血が地面に流れ出ている。


 そして今度はもう片方の手に握られていたセイバーの切っ先を、ゆっくりと俺の頬に当てがった。

 俺も斬られてしまうのかと思ったが、この武器じゃ俺は切れないし、俺がゾンビに噛まれているのかどうか確かめたかったのだろう。


 そんな中、不細工なお面に開けられた目の部分、二刀乱舞さんの視線が俺の右手付近に向いているのに気付いた。

 何を見ているのだろうかと視線の先を辿ってみると、俺の掌には小箱が握り締められていた。


 これは……金庫から取り出したお宝だ。

 無我夢中で走って来たが、お宝だけはしっかりと握っていたらしい。

 ハハ、俺って意外と逞しいみたいだな。


 ジッとお宝を見ているって事は、俺を助けた報酬にコレを寄越せと言うことなのか?

 俺の思い違いかもしれないと、お宝を持ったまま右手を横にずらしてみると、二刀乱舞さんの視線がゆっくりと俺の右手を追いかけて来た。

 如何やら間違いなさそうだな。

 命も助けられたし、コレ一つくらいなら霧姉達も許してくれるだろう。


 「あの、……コレ良かったら貰って下さい」


 立膝の体勢まで何とか座り直し、両手を添えてお宝を差し出した。


 「え゛! ……い、いぃの?」


 お面を装着しているので表情は分からないが、二刀乱舞さんの少し幼い声には、驚きと強張りが混ざっていた。

 アレ? そんな風に聞き返して来るって事は、ただ単純に俺が持っていた小箱に視線が向いていただけで、もしかして俺の勘違いだったのか?

 でもあげるって言っちまった以上、今更やっぱり駄目なんて言えねぇし……まぁいいか。


 「あ、ああ。命を助けて貰ったし。……ありがとうな」


 今度はキチンと言えた。


 二刀乱舞さんは慌てた様子でセイバーの給水タンクを開き、両手をバシャバシャと洗い始めた。

 まぁ返り血が手にも少し付着していたしな。

 俺としては今更そんな細かいところ気にもしねぇが。


 バックパックを降ろして二本のセイバーを仕舞ったのだが、あんなにも詰め込んでいたセイバーは、その数を残り四本まで減らしていた。


 「……もしかして、神社の方でかなりの数のゾンビを倒して来た?」


 返事はなかったが、コクコクと頷く二刀乱舞さん。


 「一人で?」

 「……うん」


 神社近辺に続々と集結していたゾンビ達。

 そして気付けばゾンビ達はその数を激減させていて、目の前には夥しい量の返り血を浴びた少女。


 「凄いな」


 ホント、心からそう思うよ。

 俺なんてたった一匹のゾンビ相手に、腰を抜かしちまってるってのによ。


 立膝のまま小さな掌にお宝を乗せると、二刀乱舞さんはすぐさま小箱を開けた。

 真珠貝のようにパカリと開いた小箱から取り出したのは……指輪だ。

 それも宝石がキラキラと輝く指輪だ。


 「……」

 「……」


 お互いに黙り込んでしまった。

 二刀乱舞さんは無言のまま、俺の顔をじっと見つめている。

 何だか妙な空気が流れている気がするのだが、気のせいか?


 俺は『こんなお高そうな物をプレゼントしてしまって、後で霧姉達に怒られるかも』とか考えてしまい、黙ってしまったのだが、彼女は今何を思っているのだろうか。


 彼女は慎重に指輪を取り出すと、そっと左手の薬指に填めた。


 ……え、そこに填めるのか? いや、まぁ何処に指輪しようが別にいいけどよ。


 太陽の光にかざしたり、掌を開いたり閉じたりして、色んな角度から指輪を眺めている。

 不細工なお面で表情は隠れているのだが、なんだかウットリとしているようにも見える。


 まぁ喜んでくれているみたいで良かったよ。


 今度はすぐ傍にあった、昔懐かしい腰の高さ程の小さな郵便ポストにひょいと腰掛け、足をプラプラとさせながら指輪を眺めている。

 もしかして二刀乱舞さんは、俺の抜けてしまった腰が回復するまで、待ってくれているのだろうか?

 だとすれば、ただ待たせているだけでは申し訳ない。

 二刀乱舞さんが腰掛けているポスト、それに目の前の建物、郵便局。

 この場所に俺が走って来たのは全くの偶然だが、実は後で霧姉達と来る予定の場所だったのだ。


 「……あの、因みになんだが、二刀乱舞さんが腰掛けているそのポスト、その中にもお宝が隠されているのだが――」

 「え゛? ……ホント?」

 「ああ。間違いねぇ」


 俺の言葉を聞くや否や、ポストから飛び降り弄り始めた。

 投函口から手を入れようとしたり、両手でポストを揺すったり、鞄に仕舞ったセイバーを取り出して投函口に突っ込もうとしたり。

 何だか動きがスマートじゃない、というか不細工にワチャワチャとしている。

 ゾンビを倒した時の動きとは全然違って、ちょっと格好悪いぞ。

 ……いや、だから投函口からセイバーは入んないって! さっきもやったじゃん!


 「あの、そこに鍵穴があるよな? 前面部の下の方。そこに鍵を差し込めば開くから。鍵の在り処はそこ、郵便局の中、入ってすぐの所に見えている机、一番上の引き出しに入っているから」

 「……取って来る」


 ガコッ!


 ポストのすぐ傍に設置してあった、『こども一一〇番』と書かれた三角コーンに蹴躓いてから、郵便局入り口に向かう二刀乱舞さん。

 ……ちょっとドジな子なのか? 


 ガタッ! ガタッ! ガタガタガタガタ――


 郵便局の扉には鍵が掛かっていて開かない様子。

 両手で扉を揺すったり、取っ手の部分にセイバーを差し込んで、何とかしようとしている。


 どんなに頑張っても、セイバーで扉は開かないと思うぞ?

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