第18話 絶体絶命――


 「間違いないのか、雄ちゃん」

 「ああ。間違いねぇ」


 立ち寄った民家から一番近いお宝というのが、どうやら金庫の中に仕舞われているようだ。

 霧姉が言うには、金庫に仕舞われているお宝というのは、特に高額な物が多いらしい。


 しかし金庫が設置されている民家の方角を、窓から顔を出して眺めてみると、数か所に亘って少し濃いめの黒い靄が掛っている。


 「うーん、近くにゾンビが……イチ、ニの三体、だな。更に離れた場所に二体居るぞ? しかも今までと違って、ちょっと危険なゾンビみたいだが、本当に大丈夫なのか?」

 「ああ、そのくらいなら平気だ。今は装備品も充実しているからな!」


 霧姉はサブマシンガンを両手に一丁ずつ装備して、銃口を俺の方に向けている。

 水鉄砲だと分かっていてもやっぱり威圧感がある。撃ちそうだからやめて欲しい。

 そして瑠城さんもアサルトライフルを手にして、スカートにはハンドガン差し込んでいるし、泉さんはスナイパーライフルを斜めに背負い、首からはアサルトライフルを下げている。

 全て泉さんがチューンアップしたオリジナルモデルで、みんなの装いだけを見れば、アクション映画さながらテロリストのアジトにでも殲滅に向かいそうだ。

 もう今更何も聞かねぇが、ハンドガンをどうやって改造したらそんな大きなアサルトライフルになるんだ?


 「それにこれだけリザーブタンクがあれば、途中で水が無くなる事もないだろ?」


 机の上に並べられているのは、五百ミリのペットボトルの水が六本。

 ペットボトルの容器は、家の中にあったジュースを飲み干して空にしただけだが、キャップは泉さんが作った特別製だ。

 移動中にずっとコネコネと加工していたアイテムで、キャップをしたままウォーターウェポンに差し込み、給水が出来る優れモノだ。


 「アタシのリュックの中身はもう殆ど必要ないから、このリザーブタンクはアタシが持ち運ぶよ」


 どうやら工具類はもう必要ないみたいだ。

 メンテナンスに使う工具を残し、半田ごてやドライヤーなど大きな物はリュックから取り出していた。


 「よーし! 大物を狙いに行くぞ!」





 到着した場所は、資料館という看板が出ている古民家。

 建物の前は公園になっていて、住宅街の中では比較的スペースがある方だ。

 しかしここから住宅街の奥へと通じる道は本当に狭くて、霧姉が言っていた通り自転車で移動するのも大変そうだ。


 「私達は入り口を固めておく。雄ちゃん、お宝は任せたぞ」

 「ああ。その道とそっちの奥からゾンビ達が近付いて来ているみたいだから、霧姉達も気を付けろよ?」


 お宝が隠されている薄暗い古民家に入ると、中には歴史を感じさせる道具や骨董品が並べられていた。

 遥か昔に沖ノノ島で使用されていた物なのだろう。

 しかし今はじっくりと見学している暇はないので、骨董品には目も呉れず更に奥へと進む。

 襖を開けた先、四畳半の和室の中央に、小型の冷蔵庫程の大きさがある金庫が設置されていた。

 あったあった。これだ。

 金庫の扉にはダイヤルとレバーが付いているので、これを回して開錠するのだろう。

 まさか霧姉からの虐め――じゃなかった、特訓がこんな場所で役に立つとは、人生何があるか分からんもんだ。


 金庫を開錠するには和室が暗過ぎるので、低い天井から吊るされた紐を引いて明かりを灯す。

 こんな古いタイプの照明を点けるのは初めてだ。

 薄暗い明かりが灯ったこの和室の奥は襖で間仕切りされていたのだが、端の襖が少しだけ開けられている。

 暗闇に包まれていてよく分からないが、どうやらこの部屋の奥にはもう一つ部屋が残されているみたいだ。

 

 「ウガァァァ!」

 「来たぞ! しかも変異種だ! 彩芽、泉、撃てー!」


 外では戦闘が始まったみたいだ。

 今回は変異種までいるのかよ!


 「ブロック塀の奥に逃げたぞ! もう一匹変異種だ!」


 ゾンビが暴れているみたいで、ガラスの割れる音や瓦の割れる音、自転車の倒れる音などがガシャンガシャンと部屋の中に響いて来る。


 「上にリザードが一匹! 絶対に逃がすなー!」


 霧姉の言う『リザード』が何を意味するのかは不明だが、怒号に近い指示が何度も飛んでいて、かなりの激戦を繰り広げいているみたいだ。


 外の事は霧姉達に任せて、俺は俺の仕事をするとしよう。


 金庫のダイヤル片手に、心を落ち着かせて意識を集中させる。

 俺はこういう死と隣り合わせの状況だと、集中力が極端に跳ね上がる。

 今ではもう、外の喧騒は一切聞こえない。


 ダイアルに触れている俺の手のすぐ傍に、残像のように薄っすらと透き通った、別の誰かがダイアルを回している映像が浮かび上がって来た。


 おお、金庫の開錠方法がここまで鮮明に見えるのは初めてだな。


 浮かび上がった誰かの手が、ダイアルを右にグルグルと数回転させて、十七で止めた。

 それを見て、俺も同じようにカラカラとダイヤルを回す。

 今度は左に三周回して九で止めたので、俺も真似をする。

 そして最後は慎重に……右に三十二、だ。


 ダイヤルを回した後に、レバーを引くと――


 ガチャン!


 金庫の扉は重い音を立ててゆっくりと開いた。

 自分でもビックリするが、開いちゃうんだよなーコレが。


 金庫の中に仕舞われていたのは、ひと際小さな白い箱だけ。

 掌よりも小さいのだが、こんなにも小さいのに――



 ガタガタッ!



 部屋の奥、襖の向こう側から物音がが聞こえて来た。


 「何だよ霧姉、もう外は片付いて――」


 ま、待て、霧姉だとしても何故部屋の奥から――


 ガターン!


 「ウガァァ!!」


 襖を蹴破り、髪を振り乱して暗がりから襲い掛かって来たのは、衣服のはだけた女性のゾンビ。

 肌は青白くボロボロで、これでもかというくらいに口を大きく開けている。

 ぜぜ全然霧姉じゃねーー!!


 「ぬぅわぁぁ! ででで出たぅわぁぁぁーー!」


 飛び跳ねるようにその場を退き、飾ってあった展示品を薙ぎ倒しながら、古民家入り口へと引き返した。


 「ウガァァ! ガァグァ!」


 白目を剥いたゾンビは、何処から出しているのか分からない声を発しながら追い掛けて来やがる!


 「ばっばば馬鹿、くく来るな! 来るなぁぁぁぁ!」 

 「雄ちゃん離れちゃ駄目だ! 戻って来るのだ!」


 止まったら食われるじゃねぇかよ!

 古民家入り口を飛び出しても足は止めずに、地面を転がるように走り続けた。


 クソ! 毎朝繰り返される霧姉からの馬鹿みたいな特訓で、常に周囲に注意を払い続けるようにとあれ程体に染み込ませて来たのに、金庫に集中し過ぎてゾンビの警戒を怠っちまった!

 まさか家の奥からゾンビが出て来るとは。

 離れた場所に居た二体のゾンビが、こっちに来やがったのか?


 考え事をしながら角を曲がると――


 「ゥガァー!」


 すぐそこに別のゾンビが待ち構えていた。

 右腕の上腕部がまさかりのような形に大きく肥大した男性で、両目は血走っている。

 口から大量の血が滴り落ちているので、今まで何かに貪り付いていたみたいだ。


 ゾンビがゆっくりと歩み寄って来る。

 

 に、逃げ道がねぇ。

 助けを呼ぶ声も出ねぇ。


 恐怖の感情が脳からの信号を全て遮断してしまい、俺はその場に膝から崩れ落ちてしまった。

 死を悟ると意外と冷静になれるみたいで、ゾンビの動作の一つ一つがゆっくりに見え始めた。


 「ゥガ―――!!」


 大きく口を開けたゾンビが、両手を前に突き出して突進して来る。

 赤く血に染まった歯が、いよいよ俺の喉元に近付いて来た。

 その動きを目で追い掛けていると――


 ズン!


 突然目の前で閃光が横一文字に走り、醜い顔は鮮血を撒き散らしながら、ゴトリと地面に転がり落ちた。

 何が起こったのか全く分からない。

 分からないが、ゾンビの胴体が前のめりになって倒れたその背後では、見覚えのある人物が戦闘態勢で腰を落として身構えていた。


 左右の手でそれぞれ一本ずつ、ウォーターセイバーを逆手に握り締めて。

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