第16話 対ゾンビ戦


 その後俺達は、道の脇に逆さ向けに置かれていた、建設現場で使用する一輪車の下から、ハンドガンタイプのウォーターウェポンを一つ発見した。

 歩いて移動しながら、その銃は泉さんがメンテナンス中。

 現在住宅街から少し漁業センター方面へと戻っている最中で、漁船を仕舞っておく為の格納庫がズラリと建ち並んでいる道幅が広い場所を歩いている。

 というのも、お宝が少し変わった場所に設置されていたのだ。


 「あったぞ霧姉、あれだ」


 俺が指差すのは高さ十五メートル程の鉄塔。

 四本足で真っ直ぐ空に向かって伸びていて、先端部分には古めかしい箱と拡声器のようなスピーカーが設置されている。

 恐らく当時は島内放送を流す為の装着だったのだろう。

 幅が一メートル程の鉄塔内側には、メンテナンス用の梯子が設置されていて、天辺まで登れるようになっている。


 お宝があるのは……その天辺だ。


 「じゃあ雄ちゃん、任せたぞ」

 「へ? なんで俺? 嘘だろ?」


 俺、高い所も得意じゃないんだよ……。


 「嘘なもんか。私達スカートじゃないか。梯子なんて登っちゃったら丸見えになっちゃう。だから無理だ」

 「無理って、話が違うじゃねぇか! 俺の役割はお宝とウォーターウェポンの場所、ゾンビの動向を教えるだけでいいって言ったじゃねぇか」

 「そこを何とか、お願い!」

 「お願いします、雄磨君」

 「頼むよぉー雄磨」


 掌を合わせて拝む三人。

 クソ、こんな時のチームワークは抜群だな!


 「分かったよチクショー! 行ってやるよ! ただしゾンビが来た時は頼むぞ? 上に登ったら俺は逃げる事すら出来ねぇからな!」

 「ああ、任せろ。でも近くにゾンビは居ないのだろ?」

 「今はな。でも何があるか分からねぇから気を抜くなよ?」

 「フン、誰に物を言っているのだ。ホラ、登った登った」


 霧姉にポンと背中を押されたので、仕方なしに梯子へ手を掛ける。


 「「「気を付けてー!」」」


 ハイハイ。行きゃーいいんだろ。ったく、みんなして俺の事いいようにこき使いやがって。

 こんな高い場所、登った事なんて今まで一度もねぇってのによ。


 一段一段に手を掛け、足を掛け、少しずつ梯子を登って行くと、あっという間に格納庫の屋根の高さを越えた。

 この高さから見ると、頑丈そうなシャッターで戸締りされている格納庫は、数列に渡ってズラリと建ち並んでいた。

 まぁ漁港内には漁船が沢山浮かんでいたし、アレを全部仕舞おうとしたら当然格納庫も沢山必要になるよな……。


 下を見るのも嫌な高さまで登って来たのに、まだ半分にも到達していない。

 更に登り始めて、もう少しで天辺だというところで、異変が起こった。


 「ギャァァァ!」


 遥か前方、格納庫が建ち並ぶ奥の道から、オープン戦の参加者が悲鳴を上げながら、走って此方側へと曲がって来た。

 その後方には……ゾンビの群れだ!

 クソ! 引き連れて来るんじゃねぇよ馬鹿が!


 「みんな、来た! ゾンビが来たぞ!」

 「何だと! 数は!」

 「オープン戦の参加者が引き連れているゾンビが三匹、霧姉達が今居る道へ向かった! 更にこの倉庫の裏手側から二匹! 多分その二匹もこっちに来るぞ!」


 ゾンビが来る方向を指差して霧姉達に教えた。

 奴等の足はかなり速く、全力で逃げる白人男性と同じスピードで走っているぞ!

 ゾ、ゾンビって遅いんじゃねぇのか? 足を引き摺っていたり這いつくばって動いたりするんじゃねぇのかよ!


 俺の遥か足もとの地上では、霧姉達が慌ただしく陣形を整えている。

 白人男性がゾンビ達を引き連れて向かって来る道の先で、迎撃準備を始めたのは泉さん。

 近くにあったドラム缶を足で蹴飛ばして転がし、その上に狙撃銃を据えて中腰で構えている。


 泉さんが作成したアサルトライフルを装備する瑠城さんは、格納庫の裏手側、案の定此方へと向かって来た二匹のゾンビが走って来る道の先で待機している。

 俺の場所からはこのゾンビ達の姿は目視出来ないが、瑠城さんはしっかりと狙いを定めている。

 脇を締めて銃を構える瑠城さんは、様になっていてちょっとカッコイイ。

 ゾンビハント経験者だって言っていたからな。


 そして霧姉は、泉さんがメンテナンスしていたハンドガンを手にして、二人が構えている中間の位置で待機している。

 何か起こった時に、どちら側にもすぐに救助に向かえるようにという事なのだろう。


 いよいよゾンビ達が近付いて来た。

 この場所からでも気味の悪い表情が認識出来る。

 ゾンビ達は顔色が青白く、白目を剥いているヤツや、頭や首から血を流しているヤツ、口から血を吐いているヤツもいる。

 気持ち悪い顔しているのに、物凄いスピードで走っているから余計に気味が悪い!

 どうなってやがんだよ、チクショー!


 ゾンビ達は体の損傷も激しく、腕がない者、肩や腹部が何者かに食い千切られてしまったかのように欠損している者も居る。

 一体どんな奴に噛み付かれたら、そんな歯型が残るんだよ……。


 でもこいつらの顔や服装には見覚えがある。

 オープン戦の参加者達だ。

 噛まれてゾンビ化しやがったんだ! 迷惑な奴等だな、クソ!


 ゾンビらしいゾンビを初めて生で見た恐怖から、俺の手足は感覚を失ってしまった。

 腰から下が自分の体じゃないみたいにブルブルと震えていて、全く言う事を聞かない。

 しがみ付いていないと梯子から落下してしまいそうだ。


 「いくよー!」


 泉さんが掛け声を発すると、白人男性と追い掛けて来た後ろのゾンビ達が、頭を吹き飛ばしながらバタバタと倒れ始めた。


 そうか、そういやあの狙撃銃、水鉄砲だったな。

 細かい水はこの距離だと確認出来ないし、精巧に作られている銃だから勘違いしていたが、銃声なんかしねぇよな。

 泉さんは銃のレバーを右手でガチャガチャと忙しなくスライドさせている。

 確かこの動作は実際の銃だと薬莢を取り出したり、弾を込めたりする筈だが、今は狙撃銃のポンプ圧を上げているのだろう。


 先頭を走っていた白人男性も頭が弾け飛んでいたので、既にゾンビに噛まれていたみたいだ。

 それにしても全員にヘッドショットを決めたのか。

 泉さん、狙撃の腕も凄いな!


 「霧ちゃん! こっちは終わったよ!」


 中腰のまま、泉さんが親指を突き立てる。

 瑠城さんはというと……アレ? 瑠城さんの姿が見えない。

 まさかと一瞬思ったが――


 「あははは、お手手が取れちゃいましたねー! 大丈夫ですかー? あは、あはははー!」


 格納庫の裏側から元気そうな瑠城さんの声が響いて来たので、発言の内容は少々問題だが、瑠城さんの身に何かが起こったという訳ではなさそうだ。 


 そういや霧姉が、瑠城さんはゾンビの事になるとキャラが変わるって言っていた気がする。

 笑い方とか一人で喋っている内容が、病的というか猟奇的というか……瑠城さん、豹変し過ぎだろ! 怖過ぎるぞ!


 「霧奈さん! こちらも終わりましたよ!」


 何事もなかったかのように、倉庫の隅からひょっこりと現れた瑠城さんは、掌に水を当ててからアサルトライフルを肩に担ぎ、嬉しそうに親指を突き立てている。


 パァーン!


 「「イェーイ!!」」


 合流した瑠城さんと泉さんは、楽しそうに笑顔でハイタッチを交わした。


 「うー、二人共ズルいぞ! 私もゾンビを倒したかったのにー!」


 霧姉は何か不満みたいだが……霧姉は一番最初に、黒人男性の頭を吹き飛ばしていたじゃねぇか。

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