ゾンビハンター部が全国制覇を目指すそうですよ!
山田の中の人
序章
第1話 序章
二〇✕✕年、世界中の人々を震撼させる事件が起こった。
一日の利用者数が十数万人を超える某駅構内にて、呻き声を上げ腐乱臭を放ち、足を引き摺りながらフラフラと歩く、一体の腐人種が突如姿を現した。
映画やゲームといった空想の中でしか存在しなかった、ゾンビとしか言い表しようのない腐人種が出現したのだ。
ゾンビは、その場に居合わせた人に噛み付き、そして喰らった。
ゾンビに喰われていた者がすぐさま起き上がり、また別の人を喰らい始めるという、悪夢のような死の連鎖が次々と繰り広げられた。
ゾンビ達は僅か半日足らずで、町一つを飲み込んでしまおうかという程にまで増殖を繰り返していた。
そんな中、急遽国会では『特定腐人種法』という法案が可決、制定された。
その法律は要約すると――
『ゾンビは死者であり、如何なる手段を用いて活動停止に至らしめても罪には問われない』
『ゾンビによって行われた事件事故は全てが自己責任であり、誰もが罪に問われない』
という二つの内容が盛り込まれたものだった。
僅か数時間前まで、ごく普通の日本人だったゾンビ達。
そのゾンビ達の殲滅作戦を逸早く決行する為、また拡大してしまったゾンビ被害の補償問題に対して、国が一切の責任を負わされないようにする為、通称ゾンビ法と呼ばれるその法律は、緊急処置として制定されたのだった。
ゾンビ被害が日本全土へと拡大してしまう事態を阻止する為、自衛隊員達は前線でバリケードを張り、襲い掛かって来るゾンビ達に銃弾を浴びせ続けた。
しかしどれ程の銃火器を浴びせても、殲滅するどころか逆にゾンビ達は個体数を増やすばかり。
幾多の衝突を繰り返し、やがて爆発的に個体数を増やし続けるゾンビ達が、情勢を有利に傾け始めた。
このままでは日本全土はゾンビ達に支配されてしまう。
国中が大混乱へと陥り、我先へと国外逃亡する者達が出始めた矢先、政府閣僚のもとに一本の連絡が入った。
「ゾンビ達の弱点が判明しました」
それは前線に駆け付けた一人の科学者からの一報だった。
世界一のゾンビ好きを自負するその科学者は、自衛隊員達の制止を振り切り、ゾンビ達が苦手そうな物を片っ端から投げ付けたのだという。
そしてその中のひとつ『聖水』が、ゾンビ達の弱点だと発覚したのだ。
科学者は聖水だと言い張ったのだが、自衛隊員が物の試しにと普通のペットボトルの水をゾンビにぶちまけてみたところ、ゾンビはあっけなく白煙を上げて蒸発してしまったのだ。
自衛隊員達は手に持っていた最新鋭の銃火器を全て投げ捨てて、ポンプ車やはしご車、水道の蛇口や散水栓に繋いだホースから水を撒き続けた。
汲み上げた海水や各種飲料水などもゾンビに向かって放水してみたのだが、何故か効果は得られなかった。
ゾンビ達が苦しみ呻き声を上げて蒸発するのは、水道水や溜め池などの淡水、そしてペットボトルの飲料水だけだったのだ。
こうして数日間に及ぶゾンビ浄化作戦は無事に終了し、たった一体の野良ゾンビを出すことなく、全てのゾンビ達の殲滅に成功したのである。
しかし前代未聞のゾンビ事件はここで終わりではなかった。
自衛隊員達が浄化作戦を決行している最中、裏ではとんでもない事が行われていた。
このゾンビ達はビジネスチャンスになると考えたとある企業が、浄化作戦決行中の町に潜入し、数体のゾンビの確保に成功していたのだ。
その後企業の施設では、捕らえられたゾンビ達の実験、解剖が秘密裏に行われ続けた。
施設の科学者達が様々な実験を繰り返す中で、ゾンビ達の生態が徐々に明らかになってくる。
水を使わなくても、頭部に深いダメージを与えると活動を停止する事。
頭部以外の箇所に受けた銃創や切創などのダメージだと、すぐさま傷口を修復、完治させてしまう事。
傷口を修復させる際、骨格そのものを隆起させて身体を変異させる個体や、体の内側から全く別のゾンビが生まれてくる場合など多種多様で、そういった変異を遂げたクリーチャータイプのゾンビ達は、一貫して身体能力が増幅する事も分かった。
これらのゾンビ達は、変異した回数や攻撃を受けた回数によっては、普通のゾンビ達ではあり得ない能力を持つ個体が現れる事なども確認された。
しかし如何なる個体であっても、水で受けたダメージだけは一切回復させる事が出来なかったのである。
そして最も重要な発見だったのが、ゾンビ達は炎を浴びると、身体を分裂させて急速に個体数を増やしてしまうという事だった。
つまりゾンビ達は個体数の増減が容易に出来るという、企業にとっては何とも都合のいい存在だったのだ。
ゾンビ被害により日本全土が深い悲しみに包まれる中、企業は一大プロジェクトの始動に着手した。
そして数十年の月日が流れ、今現在。
日本は――滋賀県は、世界有数の観光都市へと変貌を遂げた。
滋賀県と聞いても琵琶湖、美味しいお米、鮒寿司、近江牛……ひ○にゃん、くらいしか一般人には思いつかない程、影が薄かったのも昔の話。
見渡す限りが砂漠だったラスベガスが、煌びやかなネオン街へと変貌を遂げたように、緑が豊かだった滋賀県は僅か数十年で一大リゾート都市へと様変わりしたのだ。
田畑が広がっていた広大な土地に建設された、国際線の発着回数が年間数万回にも及ぶ大型空港。
街中に溢れ返る超高級車や、有名ブランドショップの数々。
かつての駅周辺だった地域に形成された、富裕層向けの高級マンションや、企業向けテナントビルのコンクリートジャングル。
琵琶湖湖西に連なる比叡山脈の麓から山頂までをびっしりと覆い尽くす、世界中の大富豪達が建てた巨大な敷地を有する幾多の別荘群。
湖岸沿いには空を貫く高さの高級ホテルや、贅の限りが施されたホテルがズラリと建ち並び、その敷地内には巨大テーマパークや、ネオンが眩いカジノも併設されており、世界中から観光客を集め続けている。
大富豪達が、さまざまな大企業が、巨万の富が流れ着く滋賀県に続々と集結して来たのだ。
何故こんな事が起こったのか?
そこには企業が企てた一大プロジェクトと、政府が制定した『特定腐人種法』が大きく関わっていた。
世界中の人々の視線が、ゾンビ被害に向けられていた丁度その時、企業はプロジェクトの一環として、強引な手段と巨額の資金を投じて、有人島を一つ丸ごと買い上げた。
その島は当時、日本で唯一淡水湖に浮かぶ有人島だった
企業は沖ノノ島のすぐ傍に、琵琶湖を埋め立てて作った人工島を建設すると、そこにゾンビ達の研究施設を移設した。
そして島民が立ち退き無人となった、広さ7キロ平方メートル程のかつての有人島に、養殖に成功していた数体のゾンビを解き放ったのだ。
ゾンビ達は淡水に囲まれた島の敷地外には出られない。
この事を利用して、企業は刺激を求める世界中のセレブ達の娯楽として、ゾンビハントサバイバルを提供したのだ。
ゾンビハントを思う存分に楽しんでみませんか?
当初インターネットに掲載されたキャッチコピーだ。
同時にかつての有人島という、リアリティー溢れる環境で撮影された動画も掲載されていた。
嘘臭い笑みを浮かべた役者が、市街地戦さながら住宅の壁に背中を預ける。
ゾンビに向けてライフルを構えトリガーが引かれた次の瞬間、銃口から勢いよく飛び出したのは弾丸ではなく水。
ただの水だ。
それでも皮膚が爛れた感染型のナチュラルゾンビは、呻き声と白煙を上げてあっけなく蒸発した。
実弾を使ったゾンビハントだと、日本では銃刀法違反で取り締まりの対象となってしまうのだが、企業が用意したのは本物に似せて作られた水鉄砲だった。
その為特定腐人種法で定められた、『ゾンビは死者であり、如何なる手段を用いて活動停止に至らしめても罪には問われない』、『ゾンビによって行われた事件事故は全てが自己責任であり、誰もが罪に問われない』という法解釈で守られた企業は、一切の責任を負う必要がなかったのである。
サイトが開設された当初、企業には日本全土から非難の電話が殺到した。
しかし日を追うごとに連れて、暇を持て余していた大富豪達から予約の電話が殺到するようになり、ものの数日で苦情電話の数を上回り始めた。
その後実際にゾンビハントを行い、まるで子供のようにはしゃぐ富豪達の映像をサイトに掲載すると、この映像が瞬く間に世界中で大反響を呼び、サイト開設から僅か2週間程で数年先まで予約で埋め尽くされるまでに至った。
企業は更なるプロジェクトの一環として、当時沖ノノ島に向かう定期船が発着していた
ゾンビハントが行われている実際の様子を、島内に設置された数万台のカメラから、ライブ中継で観戦出来るようにしたのだ。
この事により、常に新たな刺激を求める世界中の富豪達が、次々に滋賀県内の物件を買い漁り始めたのである。
こうなってしまうと、政府や出遅れてしまった他の企業は、法の改正を進めるよりも、自分達も巨額の金儲けが出来る方向へと動くのは至極当然。
更なる法の改正、マスコミを使った情報操作、インフラ整備、関連企業の誘致にと金をばら撒く政府。
セレブ達の欲求を満たす為の宿泊施設や、レジャー施設の建設へと動いた大手企業。
新たな高級物件の建設、土地の売買が繰り返される不動産業。
刺激を求めて続々と押し寄せる、世界中の大富豪達。
想像を絶する巨額のゾンビマネーが、滋賀県へと集中したのであった。
ゾンビハントも数年の月日を経て、様々な形へと進化を遂げている。
金持ちの道楽だったゾンビハントは競技化され、幾多の有名無名のプロフェッショナル達を生み出した。
目当てのハンター達を一目見ようと、今日もスタジアムは満員御礼となっている。
ゾンビの独占に成功した企業は、『ゾンビハンター社』へと社名を変更して以来、数十年間業績を右肩上がりに伸ばし続けている。
現在ゾンビ法に対しての非難、ゾンビという存在への恐怖の声は一切聞こえて来ない。
たった一人を除いて……。
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