残された希望は意思を受け継ぎし、2つの光
第百四十二話
俺とグロウスとの雌雄は決した。
俺達が戦った場の周囲には黒煙が立ち込め、戦いの激しさを物語っていたが、しかし勝利した俺の胸中に去来したのは、奴に殺された陛下とマクシムスの仇を討てた喜びではなく、奴への敬意であった。
グロウスもまた古い書物に残されていたような復讐鬼ではなく、ライゼルア家の使命と歴代当主の悲願を果たそうと尽力した、紛れもなく本家の人間だったのだ。
「グロウス、お前の意思も俺が受け継ごう。安心して眠ってくれ」
そんなグロウスに対し、俺は奇妙な友情を覚えつつ無言の敬礼で応じていた。
そして体にふらつきを感じながらも、俺は辺りを見回してみたが、グロウスが敗れたことで、明らかに戦場の空気が一変し始めていた。
「だろうな。頭を失っては、士気を今まで通りに維持は出来まい」
俺達、
特に
勝負が決した今、俺は敗残兵となった彼らを追い詰めることを良しとせずに、彼らに降伏を勧告させようとした、その時だった。
――突如として、空から無数の光の矢が降り注いだ。
何が起こったのか分からないまま、
そして戦場全体に響き渡るように、高所から高らかな女の声が広がった。
「どうやら決着はついたようね。あのグロウスを倒すだなんて見違えたじゃない、アラケア・ライゼルア」
見上げると、その声を発した主は俺達を見下ろすように中空に浮かんでいた。
一見した所、恐らく年の頃は十代後半と言った所だろうか。
深緑色の髪に深い青の瞳を持ち、体に張り付くような黒のドレス、そして肩にはファーのある白いロングコートを羽織った、シックな雰囲気の若い女性だった。
「満身創痍の貴方達を狙うのは気が進まないのだけれど、別にこのチャンスを最初から虎視眈々と窺ってた訳じゃないのよ。この新しい体に精神が馴染むのに時間がかかっちゃって、たまたま私の出陣とこの機会が重なっただけ。そういう訳だから恨まないでね、アラケア・ライゼルア」
俺の名を呼び饒舌にそう喋る女だったが、俺にはその正体に覚えがあった。
陛下によって倒され、死の際に復活を予言していた災厄の大陸の番人の一人、あの魔女であろうことは、面識がある者なら容易に想像がついただろう。
「……魔女ベルセリア、ようやくおでましか」
俺の言葉に魔女は薄い唇を歪めて微笑みながら、ゆっくりと地上に降り立つと、その周囲にいた者達は警戒するように距離を開けて、魔女の動向を見守った。
そして魔女は舐るように辺りを見回すと、右掌を天に向けて翳した。
「数が多いから、一気に蹴散らさせてもらうわ。出来るだけ痛みを感じないよう即死させてあげるから、安心して逝きなさい」
魔女の右掌に白銀の光が集約されていき、極太の光が空に向かって放たれた。
そして……上空で拡散して、それらがこの戦場に一気に降り注いだ。
瞬く間にあちらこちらから悲鳴が上がり、光の矢が俺達やギア王国の残党達の脳天や心臓を正確無比に撃ち抜いて、絶命させていった。
「魔女ベルセリアっ! それ以上の殺戮は認めんぞ!!」
この無差別な蹂躙を止めるべく、俺が魔女に飛びかかろうとした、その時だった。
俺よりも早く魔女の背後からその肩をぐいっと掴む、何者かの影があった。
そしてその何者かの姿が露わとなった時、俺は思わず目を疑ってしまった。
「貴方の相手は私です、魔女殿。私と手合わせ願いましょうか」
「あら、貴方は……確か」
振り返った魔女の顔をその人物は拳で殴りつけると、強烈な勢いで魔女の体は後方へと吹き飛んでいった。
死んだと思っていた、その人物の正体は……。
「カ、カルギデ! 生きていたのか!!」
俺の叫びにカルギデは反応することなく、背負った鬼刃タツムネを天に掲げると動揺と戦慄が走って混乱状態のギア王国の残党達に呼びかけた。
「シャリムが死んだ今、私が東方武士団と忍び衆の指揮権を受け継ぎましょう。無意味に死にたくなければ、私の命令に従いなさい」
カルギデの有無を言わせぬ言葉に、場の混乱が僅かながら収まったようだった。
そしてカルギデは魔女と対峙し、鬼刃タツムネを正眼に構えた。
だが、着込んでいた青い甲冑は所々が砕けており、どう見ても今のカルギデの状態は万全とは言えなかったが、それでも目だけは力強さに溢れていた。
「では……押して参ります、魔女殿」
カルギデはゆっくりとした足運びで、じりじりと魔女に歩み寄っていく。
両者の間にある空気は一触即発であり、そして……ついにそれが爆発した。
「はぁぁっ!!」
猛るような表情のカルギデが加速し、疾走する。
その動きは残像を残す程で、瞬く間に魔女との間合いを詰めていった。
対する魔女はゆらりとした動きで、至近距離から振り下ろされた鬼刃タツムネを素手で止めると、カルギデの懐に飛び込んでいた。
「生憎とその程度の動きじゃ私は殺せないのよ。取ったわ、その首」
だが、首を掻っ切ろうとした魔女のその手刀がカルギデに届くことはなかった。
カルギデの手が魔女のその腕を掴んで止めていたからだ。
「むうん!! お、おおおおおおおっ!!!」
カルギデは魔女に刃部分を掴まれた鬼刃タツムネを手放し、両手を使って魔女の腕にぎりぎりと力を込め始めると、その腕をあらぬ方向に一気に圧し折った。
「っ!! 貴方、まだこんな力が……いえ、この土壇場の状況が貴方から更なる力を発現させつつある、と言うことかしら」
魔女は意外そうに感心したように漏らすと、鬼刃タツムネを地面に放り投げて、カルギデから一旦、距離を取った。
魔女が言った通り、カルギデはここに来て新たな力を開花させ始めている。
満身創痍な見た目とは裏腹に、体内から溢れ出すオーラは俺と戦った時よりも、増しているのを見れば、それは明らかだった。
「ここは退いて頂けませんか、魔女殿。戦いを続けたとしても、貴方に負ける気はありませんが、私達も総崩れとなりつつある自軍を立て直す時間が欲しい。決着は災厄の根源……いや、災厄の王ネロとやらがいる
魔女はしばし考え込んでいたが、やがて笑みを溢すと身を翻して姿を消した。
だが、魔女が立ち去った訳ではないことは、俺の感知能力が捉えていた。
奴が移動した先は……。
「う、貴方っ……何をするつもりなの?」
魔女は俺達の戦いを離れた場所から見守っていたノルンの背後に移動しており、後ろから彼女の体を羽交い絞めにしていたのだ。
「貴方がさっき歌っていたあの歌だけれど、まさかヒタリトの民の血を引く者がまだこの世界に残っていただなんてね。私達の王に見せたら、何て言うかしら。退いてあげてもいいけど、手土産に貴方の身柄を頂いていくわ」
「誰が、貴方になんかっ!」
ノルンが抵抗を試みているが、陛下さえ手を焼いた魔女の膂力に敵うはずもなく押さえ込まれて、二人の体は次第に宙に浮いていった。
「ノルンっ! 待っていろ! 今、助ける!」
俺はノルンを助けるべく、咄嗟に駆け出していたが、しかしすでに遅かった。
ノルンと共に浮かび上がった魔女は俺達を見下ろすように言い放ったのである。
「じゃあね、アラケア・ライゼルア、そしてカルギデ・クシリアナ。お望み通り、この場から退散してあげるわ。それじゃ、私達は
そう言い残すと魔女とノルンはあっという間に光に包まれて消え去ってしまい、それを目の当たりにした俺は二人が消えた中空を見上げながら、あと一歩で助けが間に合わなかった現実に、ただ歯噛みして立ち尽くすしかなかった。
「……魔女ベルセリアめ、やってくれたな。もしノルンの身に危害を加えたならば俺は貴様を決して許さんぞ」
俺はそう吐き捨てたが、いつの間にいたのか隣にカルギデの姿があった。
俺と同様に魔女達が消えていった上空を見上げながら。
「ふむ、これからが大変そうですなぁ。魔女に災厄の王ネロ、残った倒すべき敵はいずれも一筋縄ではいかない相手ばかり。まあ、そのようなことは百も承知で私もこの大陸に足を運んだ訳ですがね」
カルギデの言葉に俺は奴の顔を横目で見ながら、「ああ、そのようだな」とだけ相槌を打つように呟いていた。
これから俺達は
陛下を失い、これまで以上に俺の肩に責任が重くのしかかるのを感じていた。
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