第百四十一話
「喰らえ、グロウス! これが俺の最高奥義『光速分断波・波夷羅』だっ!!」
極限まで圧縮された黄金色の巨大な光の矢は、俺の叫びと共に放たれ、そしてそれはグロウスが繰り出す最高奥義、無限刃・火焔斬破と正面から激突した。
二筋の光がぶつかり合い、深紅と黄金色に輝く閃光が戦場全体を覆い尽くす。
「お、おおおおぉぉぉっっ!!」
俺はルーンアックスを前に突き出し、俺の奥義を押し返さんとするグロウスに対抗するため叫びながら、より一層の気を放った矢に注ぎ込んだ。
だが、自身の限界一杯まで注ぎ込んだというのにそれでも尚、押し負けていた。
グロウスの繰り出す、力強い斬撃の前に徐々に押されていっていたのだ。
「……二人の死がここまで俺を辿り着かせてくれたのだ! 負けん、決して!」
だが、いかに俺が最高奥義に全力を込めようとも、現実は無慈悲だった。
グロウスが確実に光の矢を押し返してきて、目前で刀で薙ぎ払ったかと思うと、俺のすべてを込めたその矢の指向性を逸らしたのである。
そして……遠く離れた地面で爆発を起こし、巨大な穴がぽっかりと口を空けた。
それが俺とグロウスが最高奥義で真っ向勝負をした末の結末だった。
「ば、馬鹿な……今のは俺のすべてを込めた一撃だった。それが通じないなど……何だったのだ、俺の敗因は」
荒い息をつきながらも、しかしそれでも俺はグロウスから目を離さなかった。
ここで心が折れたなら、陛下とマクシムスの死がまったくの無駄になるからだ。
だから俺はこの結果を目の当たりにしても勝負を諦めてはおらず、ただ冷静に己の敗因の分析を行っていた。
「そう、君の……そしてガイラン国王の敗因はねえ。どちらも僕の手にすべての刀剣の頂点に立つと言っても過言ではない、この伝説の妖刀があるからなんだ。この村正・真打は僕の気を存分に吸って、そのまま力に変えてくれる。これを僕が操った時には、何物にも勝るこれ以上ない至高の刀となるのさ」
弾むような声でグロウスは自身の愛刀である村正・真打を俺に見せつけたが、俺は最高奥義の打ち合いで負けた言い訳を武器のせいにするつもりはなかった。
俺の愛用武器とて、アールダン王国で稀代の名工ダールの作なのだ。
単に俺の未熟故にルーンアックスの力を引き出しきれなかっただけのこと。
「言いたいことはそれだけか? お喋りに興じて来ないなら、俺からいくぞ!」
俺が攻撃に移る際、放った殺気が物理的な圧力を持ってグロウスに押し寄せる。
それでも奴は表情こそ涼し気だったが、目だけは真剣そのものだった。
あの男とて余裕で戦っている訳ではないのだ。ならば、勝機は必ずある。
「グロウス、今度こそはお前の首を取らせてもらう!」
俺がルーンアックスを振りかざしながら飛びかかっていくと、グロウスは地面に刀を突き刺して、蠕動させた。すると周囲の地面がひび割れ始め、砕けた地面の破片が散弾となって四方に向かって飛び散った。
避ける隙間すらないその数の破片に、俺は完全な回避は不可能と判断し、頭と急所だけを咄嗟にガードして、それらをこの身で受けた。
「ぐっ!」
激痛が走る中、俺の両目は瞬き一つすることなく、グロウスだけを捉えていた。
奴の最高奥義は音速を遥かに越える程の、正に正真正銘、超神速の動きだが、発動の瞬間さえ見極めれば対応できないことはない。
二度目にした時点で、何とかこの領域に辿り着くことが出来たのだ。
「力量はほぼ互角。にも関わらず、あの男が上回っているのは経験値の差か。奴が本当にグロウス・ライゼルアであるなら、俺より遥かに……数百年は齢を重ねていると言うこと。潜り抜けてきた場数が比べ物にならない訳か」
俺は冷静に自分が劣っている部分を分析し、そして自分が優る部分を考える。
そして出た答えが、肉体そのものだった。
ライゼルア家とは品種改良を繰り返して、戦闘に秀でた人間を作り出す試みを行ってきた一族であるため、時を経た後に生まれた当主の方が肉体では優れる。
「だからか、グロウス? 本家とは言え過去の人間であるお前が、品種改良の集大成である俺の肉体を、あの魔女のように得ようとしていたのは? お前の最終目的である、災厄の根源とやらを倒すために」
俺の問いにグロウスは笑いながら、しかし茶化すことなく答えた。
「いいや、違うよ。それはエリクシアら部下達に伝えていた表向きの目的さ。僕の目的はねえ。君らの悲願達成の最大の障害として戦うこと自体にあるんだ。ガイラン国王との戦いも、君との戦いもすべては僕の望んだ通りのことさ」
そこで言葉を一旦、切ってグロウスは更に続ける。
しかもその形相が奴らしかぬ、怒りを帯びたものへと変わっていった。
「なぜならっ、僕ではどう頑張っても、あいつと戦うことは出来ないからだよ! かつて災厄の王に敗北し、災厄の殲滅者の一柱として転生させられた僕では、どうしても、この世界は救えないんだよ! だから……アラケア君! この僕を倒し、僕の屍を乗り越えて、君が倒さねばならない、あいつを!」
激情に任せて一気に言葉を吐き出したグロウスは息をつき、刀を横に構えた。
背中から深紅に燃え盛る奴の気が噴出し、勢いがますます増していく。
その表情はいつもの穏やかなものに戻っていたが、俺は初めて飄々としていたこの男の本心を聞いた気がしていた。
「ふふ、みっともない所を見せたね、アラケア君。僕はこれからまた最高奥義を繰り出すつもりだけど、今度は果たして凌ぎ切れるかな?」
「……そうか、なるほどな。今まで腑に落ちなかったが、これで納得がいった。経験でも、技術でも、ましてや武器の優劣などでもなかったと言う訳だな。お前にとっても譲れない理由が、それがあったからこそ俺達はここまで苦戦を強いられたのだ。ならば……っ!」
俺はルーンアックスを地面に放り投げて、全身の筋肉を脱力させた。
グロウスの最高奥義を真っ向から受け止め、究極奥義にて勝負を決める。
奴が語った信念が、俺にリスクを冒すその覚悟を決めさせたのだ。
「来い、グロウス。俺の秘中の秘にてお前に引導を渡す」
「嬉しいよ、アラケア君。では……お互い手加減はなしだ、全力でいくよ!」
心底、嬉しそうな満面の笑みを浮かべたグロウスの刀が亡者のように鳴いて、刀身が赤く真っ赤に染まっていく。
そしてしばらく対峙した後、奴の顔から笑みが消えたかと思うと、瞬時にして奴の姿は掻き消えた。
――それは、あっという間だった。
超神速で迫る烈火の炎を纏った十六の斬撃すべてが、俺に斬り込まれたのは。
そして俺の後方でグロウスが刀を鞘に納めようとしているのが気配で分かった。
全身を脱力させ、体内を経由させても完全に威力を受け流しきれず、その衝撃は俺の体中を駆け巡って、俺を昏睡状態に落ち入れさせようと暴れまわった。
――だが、それでも俺は意識を手放さなかった。
そして地面に投げたルーンアックスの柄を握り締めると、ゆっくりと振り返り、体内を経由させた攻撃エネルギーに己に残った気を上乗せし、一気に振り抜いた。
完全解放された火力により、場から色彩が消え、音が消え、意思を持ったような極限のエネルギーの固まりが、グロウス目掛けて放たれていった。
「……あ、ありがとう、アラケア君。体を取り換えながら……ずいぶん長い時を生きたけど……これで、僕の悲願は……ようやく……」
環境音の一切が消え去った静寂の中、グロウスは最後に呟いていた。
その表情はどこか安らかで、赤と黄金に染まった光が周囲を照らし出していき、まるで洪水のように奴の全身を、何もかもを飲み込んでいった。
そしてその戦場にいた者達の耳に、やっと耳を劈くような鳴動が轟いたのは、その僅かに後のことだった。
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