第百三十五話

「では、始めますかねぇ!」


 二人が放つ気の高まりが互いに押し合い、大気と大地に激震が走った。

 マクシムスが短剣を振るうと燃え盛る黒炎が走り、カルギデに襲い掛かる。


「それしきの黒炎など、私にはどうということもありませんなぁ!!」


 放たれた黒炎の影に隠れ、私には目で捉えられなかった一撃は、絶対回避不能と思えたが、カルギデは鬼刃タツムネを振るってその黒炎を斬って払うと、奥から迫ってきていたマクシムスの短剣と切り結んだ。何度も何度も。


 ――激突ごとに、刃同士で切り結び、そしてその度に二人は笑っていた。


「エリクシアの肉体を得たことで、この身に刻み込まれた彼女の暗殺者としての技量は今やすべて私の血肉となりました。ネクロマンサーたる私が彼女の体を操ったなら、如何ほどになるのか。貴方で試させて頂きますよ、カルギデさん」


「道理で先ほどよりも動きにキレがある訳です。しかし私は彼女よりも強い。切り札となるべくシャリムに手ほどきを受け、ここまで練り上げたのですから」


 その言葉と共にカルギデの動きが加速し、姿が消えた。

 ……と思った時には、その姿はマクシムスの真後ろに現れていた。

 しかしマクシムスは振り返ることなく、頭上から迫った鬼刃タツムネの斬撃を短剣で受け止めていた。まるで背中にでも目があるかのように。


「ほう、確かに彼女の動きを完全に再現していますなぁ。おまけに体内で燃え上がるその黒炎が身体能力をより高めている訳ですか。並みの使い手であれば、手も足も出ずに負けているでしょうが……」


 鬼刃タツムネを握るカルギデの両手に、更なる力が込められる。

 マクシムスは頭上で短剣で受け止めたままそれを堪えていたが、やがて押され始めると、刃が肩の肉に食い込んでいく。


「生憎と相手はこの私なのですから、勝ち目など端から期待しないことです! むうううっ、はああああっ!!」


 カルギデの全身が暗黒色のオーラで覆われたと思うと、これまで以上の力で鬼刃タツムネがマクシムスに一気に振り下ろされ、その肉体を斬り潰した。

 いや、確かに命中した……かに見えたが、その姿は残像のようにぶれており、マクシムスは前方に滑り込むように移動し、攻撃を逃れていた。


「これは……危ない。彼女のミリ単位で間合いをはかる技量がなければ、私はまた貴方に殺されていたでしょう。この肉体を得ても、真っ向勝負で挑んではまだ私の方が分が悪いと言うことですかねぇ」


 マクシムスは血がドクドクと流れ出ている肩を手で押さえながら、それでも尚、笑みを浮かべながらそう言ってのけた。


「やはりエリクシアのこの肉体はギスタに一度は殺された身。本来の力をすべて引き出すには、どうしても肉体の負傷が深すぎますか。しかし……」


 マクシムスが突然、両掌を合わせてぱんと叩いたかと思うと、次の瞬間。

 カルギデの首元と背中を中心に、次々とビッグボウガンの矢が突き刺さった。

 いつしかカルギデの周りをアンデッド達が取り囲んでおり、マクシムスが手を叩いた際の大きな音で一瞬の虚をついて、ビッグボウガンで矢を射ったのだ。


「ふうっ……恐ろしい男ですねぇ。何と言う力強い生命力。急所を無数の矢で貫かれても尚、倒れると言う気配が微塵もないとは」


「まったく、よもやこんな小賢しい悪足掻きが、貴方の最後の手段だったとは。であれば、貴方には少しばかり拍子抜けしましたなぁ、マクシムス殿!」


 背と首に幾つもの矢が突き刺さったまま、カルギデが歩き出すと、一歩ごとに万の軍勢をも凌ぐような、とんでもない圧迫感がやって来る。

 直接、何か危害を加えられた訳でもないのに、私は必死に膝が笑わないように押さえるだけでも精一杯だった。

 だが、それほどの相手と対峙しながらも、まったく及び腰になっていないマクシムスに、私はどうしても尊敬の念を抱かざるを得なかった。


「このまま戦いを続けても私に勝ち目はないでしょうが、貴方は危険です。この先のことも考えれば、確実に消しておかねばなりませんねぇ。ここまで時間は十分に稼ぎましたから、後は……」


「うおおおおおおっ! 俺の渾身の拳だ! ぶっ飛びやがれええええっ!」


 その時、全身を肉弾と化したかのように、ハオランがカルギデが飛びかかった。

 それも真正面から突っ込み、カルギデの頬にその拳が重く叩き込まれた。

 だが、カルギデはその拳の一撃を避けも防ぐこともしなかったが、ただ右手を高々と振り上げると、勢いよくハオランに振り下ろした。


 ――それはまるで迫撃砲が間近で、炸裂したかのようだった。


 地面が爆発して、衝撃と砕けた地面の破片が周囲に飛び散って広がった。

 瞬時のタイミングでマクシムスがハオランの肩を掴み、一緒に後方へと飛び下がらなければ、彼のその体が肉塊となって砕けていたのは間違いなかった。


「う、うおおっ!? 何て怪力だよ、この野郎! も、もし……今のをまともに受けてたら、死んでたよな、絶対!」


「分かったなら下がってください、ハオラン。次は私が……っ!」


 続けて聖騎士のアルフレドが騎士剣を鞘に納めたまま、柄を握り、居合の構えを見せていたが、それをマクシムスが手で制止した。


「待ちなさい、あの男の強さは見ての通りです。たとえ三人で戦っても、私達に勝ち目などありません。もし彼を倒せる者がいるとしたら、ガイラン国王か、そして……アラケアさんくらいのものでしょう」


 マクシムスの言葉にハオランとアルフレドは咄嗟に顔を見合わせたが、すぐにあり得ないという表情で異を唱え出した。


「けどよ! アラケア殿は今ここにはいないんだぜぇ、お嬢ちゃん。いない者を戦力に数えたって……」


「心配は無用ですよ。戦闘が始まってからずっと作り出したアンデッド達に彼の捜索をさせていましたから、後は助け出すためにそこへ向かうだけです。そして、その役目を私はノルンさんにやって頂きたいと思っています」


 突然、自分の名前を出されて私は驚いたが、本当にアラケア様の居場所を彼が掴めているなら、断る理由はなかった。

 私は痛む体を起こして立ち上がると、マクシムスの側まで走り寄った。


「本当なの、マクシムス? アラケア様の居所が分かったって言うのは?」


「ええ、アンデッドの何体かに案内させますから、すぐに向かってください。その間は私と聖騎士2人で、あの男の足止めをしておきますが、あまり長くは持ちそうにないことは、肝に銘じておいてください」


 私はこくりと頷くと、マクシムスが指差したアンデッド達の後を追って、私はこの戦場の真っ只中を、急ぎ足で走り出した。

 その走る私の周りをまるで私を守る護衛のように、アンデッド達が囲んでついて来ているのは、救出の成功率を上げるための彼なりの配慮だったのだろう。


「……アラケア様。今、私が貴方の元に参ります。それまでどうか……」


 私に希望を託してくれた彼らの想いに報いるためにも、私は体力を振り絞って血と死の匂いが漂う、死屍累々たる有様の戦場を駆け抜けていった。

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