第百十八話

「更に上昇していっている? 一体どこまで向かうつもりだ?」


 硬そうな外殻を備えたどこか島のようにも見える巨大飛行生物は、その重量を無視したかのように、今より更に高高度へと上昇していっているのが、肉眼でもはっきりと見て取れた。


「それは分かりませんが、そろそろ部下達の体力も限界に来ています。この場から立ち去ってくれると言うなら、願ってもないことですがねぇ」


 その間にも高度は更に上がっていき、やがて雲の遥か上までいったそれを確認することは肉眼では困難となっていった。

 そのことを見届けた俺達は一旦、毒に汚染されていない落ち着ける場所へと移動しようとマクシムスは意識を失ったラグウェルを操作し、羽ばたかせた。


「む、周囲を見渡せる見晴らしの良さといい、あの小高い丘が休息を取るには手ごろそうですねぇ。一旦、降り立ちますよ。振り落とされないように、しっかり掴まっていてください、皆さん」


 その言葉通りにラグウェルの体は小高い丘の上に降り立ち、俺達はその背から飛び降りた。

 そしてそこから眺めることで、改めてこれまで俺達が戦っていた場所は生物が生きられる環境ではなくなっていることを目の当たりにしていた。


「カルギデはあの巨大生物を災厄の殲滅者と呼んでいたな……。あれも恐らくは魔物ゴルグの一種なのだろうが、あんなものがこの大陸には他にも存在しているとしたら、背筋が寒くなる話だ」


「ええ、この丘もいつまで安全が保証されているか分かりませんし、今まで起きた出来事を踏まえて、これからの予定を早急に見直す必要があります」


 俺達は体を休めるように円陣を組んでその場に腰を下ろすと、今後の行動の道筋について意見を出し合った。


「地上が危険なのは言うまでもないことです。ですから、これからは安全性を重視してラグウェルさんの背に乗って空路を行くべきだと私は考えますが、如何でしょうか?」


「異論はないが、ラグウェルの体力が果たしてどこまで持つか分からん。まずは彼が目を覚ましてから、無理のない範囲で頼んでみるべきだろう」


 だが、ラグウェルは先ほどの負傷が堪えたのか、今も意識が戻らない。

 一人だけここに残していく訳にはいかない以上、出発するにはまずは彼の意識回復を待つ必要があった。

 だが、そんな中……。


「……辺りの視界がまた悪くなってきたようだな。晴れていた黒い霧がまた立ち込め始めてきている。そろそろここを離れなくてはならんか……」


 俺達が警戒感を募らせていた中、俺の感覚はここへと近づきつつある何者かの気配を大量に感知していた。

 しかしまだその距離は離れているため、避けられる戦いなら可能な限り避けたいと言うのが本音だった。


「マクシムス、新手の敵が接近中だ。今すぐにでもここを離れたいが、またラグウェルを操作して飛行は可能か?」


「可能と言えば可能ですが、あれは私の方が結構、神経を削りますからねぇ。ですから、そう長期間の飛行は無理です。しかし急ぎの要件ですから、敵が迫っているのでしたら、すぐにでも出発しましょう」


 そう言うとマクシムスはラグウェルの背に飛び乗り、再びその頭部と自身の指先を融合させるように接続すると、その体を立ち上がらせた。

 俺達も続いて背に跨ると、ラグウェルは両翼を広げて空に飛び立った。


「頼んだぞ、マクシムス。目指すは北。その途中で陛下達と合流したい。俺の感知能力は半径三百メートル内の気配を感じ取ることが出来る。この広大な大陸で陛下達を探し出すには少し心許ないが、範囲内に入ったなら、決して見落としはしないつもりだ」


「ええ、期待させて頂きますよ。では参りましょうか、北へ」


 それからしばらく俺達の空の旅は続いた。空を飛行する魔物ゴルグは、これまでほとんど確認例はなかったが、それはこの北の大陸でも同様のようで、俺達は敵襲を受けることなく、安全に空路を飛び進んでいた。が、そんな時だった。


「待て、マクシムス。ここから近くの地上に誰かがいる。数は三人だ。この感覚からして、生きた人間なのは間違いないだろう。その場所で俺達を降ろしてくれ」


「この付近に生存者が? 分かりました」


 俺達は地上へと降下し、その感じ取った三人の人間の元へと降り立つ。

 すると、そこにいたのは感じた通り人間。しかも俺も良く知る顔ぶれだった。


「ア、アラケア……様」


「お前達、生きていてくれたか。顔を見れて安心したぞ、陛下や他の黒騎士隊はどうした?」


 彼らは俺の黒騎士隊に所属する三人の黒騎士達だった。

 だが、その表情はくたびれており、疲労が限界に達しているのが見て取れた。


「数刻前まで私達はギア王国の元宰相シャリムが率いる一団と交戦していました。陛下が先陣を切って戦っておられたのですが、戦いの途中……双方の兵士達の隊列を突き崩すかのように、あれが現れたのです」


「あれ? あれとは何だ? 魔物ゴルグのことか?」


 しかし俺の問いに黒騎士達はすぐには答えなかった。

 そして何かを思い出したかのように、その体がガクガクと震えだした。

 だが、それでもやがて絞り出すように、その名を口に出した。


「……大陸に五つ存在すると言う災厄の殲滅者の一つ、暴食の獣ガスラム。シャリムはそう呼んでいました。奴らの襲撃によって我々の戦いは中断を余儀なくされ、私達3人は本隊から逸れてしまったのです。ですから、陛下達の本隊は今、どこでどうなっているかは分かりません」


「暴食の獣……ガスラム、か。だが、ともかくよく生き残ってくれた。生きてさえいれば、俺達はまだまだ反撃に転じることが出来る。お前達も黒竜に乗ってくれ、俺達と一緒に陛下達との合流を目指そう」


 僅かながらだが、これで仲間が八人に増えた。

 これが反撃の機会になればいいと、彼らに同行を促したが、その時……。


「う……ア、アラケア……はっ!? こ、ここはどこなの!」


 気絶していたラグウェルが、ここに来てようやく目を覚ました。

 だが、意識を失う前の出来事がフラッシュバックしたのか、目をぱちくりさせ精神が錯乱しているようだった。


「落ち着け、ラグウェル。さっきの戦いなら、すでに終わっている。今は先を目指して進んでいる所だ。それより体調に問題はないか? 本当に無理はしなくていいんだぞ、ラグウェル。疲れているなら、ここで少し休んでいってもいい」


「アラケアさん、ここも安全とは言い切れません。いつ何が襲ってくるか分からない以上、一刻も早くこの場を離れなくては」


 マクシムスが途中で口を挟むが、それでも俺はラグウェルに無理をさせるつもりはなかった。

 疲労を押して先を急いで体調を崩してしまっては、それこそ本末転倒だと思ったからだ。


「甘やかしますねぇ。かつては自分の命を狙っていた相手だと言うのに」


 マクシムスは腕を組みながら、冷ややかに見ていたが、俺はラグウェルからの返事を待った。


「大丈夫だよ、僕なら平気。これぐらいの人数を乗せて飛ぶくらいなら、大して負担にもならないし、だから大丈夫」


「そうか、ではもうしばらく頼む。陛下やカルティケア王達と合流すれば見張りを立てて、休息を取る余裕もあるだろう。それまでの辛抱だ、だからもう少し頑張ってくれ」


 ラグウェルは頷くと、順次、俺達を背に乗せて再び空に飛び立った。

 確実に俺達は陛下達の本隊に近づいてきている。それが分かっていたから、俺達は絶望的に危険地帯である、この北の大陸の中でも希望が持てたのである。

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