第百四話

「嵐の最中とはいえ、機動力を捨てるのは命取りになりそうですねぇ。やむを得ません、帆を張り直しなさい」


 マクシムスが何人かの黒衣の者達に指示し、帆を張る作業に向かわせたが、当然ながらその間は、砲撃の手がこれまでより緩むこととなる。

 海中を進むガレオン船は、少しずつ……しかし、確実に砲撃の間をぬってこちらに迫ってきていた。


「……来る。奴らは確実に近づいてきているぞ、マクシムス。だが、そもそもあのガレオン船はどうやって動いているのだ? ……考えてみれば、あの船はこの嵐の中を難なくここまで航海してきた。その上、海の中にまで潜って移動するとは……人の業ではないぞ」


 船首に設置された妖精鉱の光に照らし出されて、略奪者達のガレオン船が、海中に黒い船影を映し、さながら巨大な魚が泳いでるかのように見える。

 だが、そう見えたとしても、あくまで船であることは変わりない。

 にも関わらず、この潜航能力は、明らかに船の機能を大きく逸脱している。


「……さしずめ、幽霊船ですか」


 マクシムスがぼそりと呟くように言った。


「幽霊だと? こんな時にふざけているのか?」


 俺は吐き捨てるように言ったが、マクシムスは真剣な表情を変えなかった。

 しかしその間も、ガレオン船は「オオオォーン」とまるで獣の唸り声のような不気味な音を発しながら、俺達の船へと確実に接近しつつあった。


「比喩ではありません。あの船には略奪者達と同様に、魂が宿っているのです。何しろ、あの船自体からも私には聞こえるのですから、声が。やはり術者がいると言うことですかねぇ」


「術者、だと?」


 当然の疑問を抱いた俺の問いに、マクシムスは少し間を置いて答えた。


「ネクロマンサーですよ。私以外にもいたとは驚きですが、あの島で町長の話を聞いた時から、ずっとその可能性を疑っていました。町長は彼ら略奪者を、外海で死した者達の成れの果てと言っていましたが、黒い霧に死者を蘇らせる力などないことは、貴方ならよくご存じでしょう?」


「だから……ネクロマンサー、か」


 だが、そこで俺とマクシムスは会話を中断した。

 ついに奴らのガレオン船が、俺達の船の半径二十メートルの位置まで、接近してきたからだ。


「海中にいる上に、ここまで接近されては砲撃に効果は期待できませんか。……仕方ありません。やはり戦場に生きる者が最後の最後に頼れるのは、鍛え上げ、磨き上げた、五体による技術と言うことでしょうかねぇ」


「ああ、同感だ。目標までの距離、約十数メートル。すでに十分、俺の攻撃射程内だ。特大のをお見舞いしてやる」


 俺は両手を高速で動かすことで最大限まで気を練り上げると、左手で右腕を掴み、中指と人差し指を揃えて、天に向かって突き出す。

 すると俺の足元から影が前方へと大きく広がっていき、次第に巨大な黒球へと形作られていく。

 そしてそれは、頭上を覆うように浮かび上がっていった。


「とっておきの奥義だ、くらえッ! 『覇王影・星座崩し』!!」


 ――俺が叫ぶと、膨れ上がった黒球の表面から、無数の隕石が降り注ぐ!


 海面に飛び込んでも、些かも勢いの衰えない隕石は、海中を突き進んでくる敵ガレオン船に、決して浅くはない損傷を与え続けていっていった。

 しかしガレオン船の動きは止まらず、俺達との距離はついに十メートルを切る。


「……さて、では今度は私の番ですかねぇ。参りますか」


 マクシムスは船と結ばれたロープを片手に、船から飛び降りたかと思うと、海面ぎりぎりの所まで降下し、右手を海面につけ、言い放った。


「熱いのはお好きですか? それはさながら、煮えたぎるマグマのごとく」


 マクシムスの手の平から生じた黒炎が海中で消えることなく、魚を模した無数の炎の塊となって、一斉にガレオン船へと襲い掛かった。

 船から見下ろすと、海中が煌々と赤く燃え上がっていっているのが見えた。


「どうだ、マクシムス。敵船の様子は!?」


 俺はロープにぶら下がっているマクシムスに声をかけるが、すぐに様子がおかしいことに気付いた。

 なぜなら少し前まで、海中で見えていたはずの敵の黒い船影が、どこにも見当たらなくなっていたからだ。


「どうやら……潜り込まれたようですねぇ、この船の真下に。面舵です、急ぎなさい! ……奴らが、浮上してきますよ!」


「まさか、この船を引っ繰り返すつもりか!?」


 俺が叫ぶより先に操舵者が、マクシムスの指示で面舵を切ったのが幸いし、転覆は免れたが、船体は大きく揺れ動き、立っているのもやっとだった。

 だが、それを見越していたかのように、浮上したガレオン船は俺達の船のすぐ側まで船体を寄せ、そしてそこから何台もの大砲の砲口を覗かせた。


「まずい! この至近距離からでは被弾は免れんぞ! 急いで砲撃を阻止するんだ!!」


 俺は敵ガレオン船の砲台に向かって駆けると、ルーンアックスを振り抜いた。

 だが、一歩及ばず、先に無数の砲台が火を吹いた。瞬間、轟音が鳴り響く。

 こちらの砲弾とは違い、炸裂弾とやらではないため、被弾後に爆発することはなかったものの、船体の至る所に風穴が開けられたようだった。


「被害状況を確認しなさい。浸水があれば応急処置に取り掛かるのです!」


 マクシムスの号令で黒衣の者達が、それぞれ動き出したが、俺とマクシムスはこれからこちらの船に移乗攻撃をして来るであろう、略奪者達を迎え撃つべく、奴らのガレオン船と向かい合った。


「白兵戦なら望む所だが、たとえ勝ったとしても船がこれ以上、損傷すればこれからの航海に支障をきたすかもしれん。奴らを倒すのは当然として、被害を最小に抑えなくては、俺達にとっては敗北と同じだ」


「ええ、しかしながら白兵戦なら、勝ち目の高いこちらの土俵です。船同士の戦いで勝利出来なかったのが、奴らにとって最大の失敗でしたねぇ。おや、話をすれば……どうやらやってきたようですよ?」


 見ると略奪者達が、船縁の所に各々の武器を持ちながら、顔を並べていた。

 先日の戦いと同様に、人と同じ姿はしているが、すでに人ではない存在。


「……来る気か。だが、生憎と向こうからの攻撃を待つつもりはない。先手必勝だ、こちらから先に行かせてもらうッ!!」


 俺は全身を黄金のオーラで纏いながら、敵ガレオン船目掛けて疾走した。

 瞬く間に距離を縮める俺の動きに、奴らは対応出来なかった。

 俺が駆け抜けると同時に、何人もの奴らの首が刎ね飛ばされ、宙を舞った。


「手が早いですねぇ。まあ、私は仕事が減って何よりですが」


 背後でぼやくマクシムスを余所に、敵甲板にて俺は縦横無尽に駆け回り、ルーンアックスを振り回した。

 その度に奴らの首が、胴体が、両断され、血の飛沫が辺りに飛び散っていく。

 攻撃の手を緩めるつもりはなかった。防御に回り、戦いが長引けばそれだけこちらの被害が増えていく。それは何としても、避けたかったからだ。


「いくぞっ! 『光速分断波・輝皇閃』!!」


 恐らく今の俺の顔は、逸る気持ちから鬼気迫るものとなっていただろう。

 最早、この世の者ではない奴ら略奪者に、慈悲をかけるつもりは端からなく、こちらの船の倍以上のサイズはある、巨大ガレオン船の三分の一近くを、俺の最高奥義によって略奪者達を巻き込む形で吹き飛ばした。


「……っ!! ぎっ……!!」


 奴らにとってこの結果は予想外だったのか、及び腰になっている者もおり、異国の言葉でさざめき立っていた。

 しかしそれでも大半は戦意を失っておらず、未だに交戦の意思を見せている。


「ならば……次で最後だ。これ以上、お前達に付き合っている暇はない。二度と化けて出られないよう、海の藻屑となれ!」


 頃合いだと感じた俺は決着をつけるべく、マクシムスの船に飛び移った。

 そして右腕を左手で掴み、揃えた中指と人差し指を、今度は真下に向けて突き出すと、先ほどから上空に展開させていた、漆黒の影の球体をガレオン船に目掛けて、ゆっくりと落下させた。


 ズズゥゥ……ッン!!


 巨大なる質量のそれはガレオン船をも押し潰し、大破させた……かに見えた。

 だが、そうではなかった。ガレオン船は再び、海中に潜り回避していたのだ。


 ――しかも……それだけではなかった。


 その光景を目の当たりにした俺は、全身から緊張の糸が途切れるのを感じた。

 ……そして思わずギリ、と歯噛みした。なぜなら海面から見える船影が、次第に俺達から遠ざかっていっているのが見えたからだ。


「どうやら……逃げられたようですねぇ」


 俺は背後から声をかけてきたマクシムスの方を振り返ると、損傷した俺達の船を見て、ようやく気持ちを落ち着けて、軽く溜息をついた。


「ああ、受けた損害は大きかったがな……」


 敵は去れどこの嵐の中、まだまだ困難は去った訳ではないと思い直し、俺は緩めた気持ちを、再び引き締めた。

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