第百二話
「さっきから何を考え込んでいる、マクシムス? それとも俺が引き受けた、略奪者どもの討伐が気に入らないのか?」
一夜が明け、俺達は町長に案内され、島の上部に出ることが出来る唯一の方法があると言う場所へと向かっていた。
その道すがら、マクシムスは一言も発さず、何かを考えている様子だった。
「いえ……そうではありません。昨日、町長が話していた内容について、少しばかり引っかかっている所がありましてねぇ。彼らの討伐については、異論を挟むつもりはありませんから、ご心配なく」
その後もマクシムスは腑に落ちないような表情をしていたが、俺はそれ以上は追及することはせず、しばらくして目的地である場所へと辿り着いた。
そこは陸場が奇妙に円形に削られたようになっている湖の一部だった。
「この湖の中心がそうですじゃ。始まるまで後、十数分と言った所ですかのう。島の上部に出るには、この巨大な海洋
「なるほどな、ここまで案内してくれたこと感謝する、町長。後はもう俺達だけで十分だ。急ぎの航海のため、もうここへ立ち寄ることはないだろうが、頼まれた仕事は責任を持ってやり遂げてみせよう」
「ええ、加えて私が抱いている疑念が、この航海中に晴れればよいのですが。参りましょうか、アラケアさん」
マクシムスは笑みを浮かべながら、親指をくいっと上げて湖を示した。
俺は町長に礼を言うと、マクシムスと共に円形に形作られている湖に足を踏み入れ、その中心部へと移動した。
すると……やがて地下空道内全体に響き渡るような地鳴りが始まり出した。
「では、お気をつけて、お二人とも」
町長が俺達に手を振ったが、俺達がそれに応える間もなく湖の中心から、天高く突き上げる巨大な水流の柱が轟音と共に……。
――爆発するように発生した!
その威力は瞬く間に俺達の体を押し上げ、上部まで大きく吹き飛ばされたが、体に受けた衝撃は凄まじく、上下を行き来するのはまさに命がけであることが、身を以って俺は理解した。
「やれやれ……どうやら上下を行き来するのも、簡単にはいかないらしい。これでは彼らも大層、不便しているだろう。行けるか、マクシムス? 特に問題がないようなら、さっさと先を急ぐぞ」
「ええ、それは構いませんが……さっそくお出ましのようですねぇ。現れましたよ、私達が島を出ようとするのを死守すべく、
マクシムスの言葉通りに鬱蒼と生い茂る、木々の間から五~七メートルサイズの無数の
だが、そのいずれも動きはあまり俊敏ではなく、数に物を言わせてこちらを内部へと押し返そうとする意図が感じられた。
「行きは良いが帰りは地獄、か。やるしかあるまい。海岸線までの道を切り開いて、一気に駆け抜けるぞ!」
マクシムスは俺の言葉に答えず、代わりに全身から黒い炎を燃え上がらせた。
だが、それが肯定を意味する、戦闘開始の合図となった。
俺はルーンアックスを振り抜き、光速分断波を奴ら目掛けて放つと、まるで突風が吹いたかのように、吹き散らかされ、道が作り出された。
「よし、今だ!!」
中央を走り抜ける俺達を左右から押しつぶそうと、
だが、俺は勿論のこと、マクシムスも戦い慣れているが故の強さがあり、迫る
しかしその数の多さは、こちら二人に比べると圧倒的なのは確かだった。
「さて、やはり数的不利は否めませんか。……仕方ありませんねぇ。数々の戦いを経て、私も少しばかり成長したのですが、新たに編み出した新技の初お披露目といきましょう」
マクシムスはそう言い放つと、合わせた両手から展開した黒炎をまとめ上げ、大地を走り炎上させる、黒い炎の竜を発生させた。
そしてそれは左右からの
「それはさながら生き物のように。……技名は『
凄まじい熱気だったが、炎によって通り道が作られ、それでも近づこうとする
「さて、道が開けたことですし、それでは進みましょうかねぇ、アラケアさん」
指をくいっと行き先に向けて、笑みを浮かべるマクシムスだったが、かつて敵として対峙した男の著しい成長ぶりに、再び戦うかもしれない可能性も考え、思わずその技の攻略方法を探ったのは、俺の戦闘者の性であったかもしれない。
「ああ、腕を上げたようだな、マクシムス。お陰で悠々と船まで向かえそうだ」
実際、俺達は唸り声を上げる
すると、そこにはまだマクシムスの船が停留していたのが目に入った。
「良かったな、お前の部下達はちゃんと待ってくれていたようだぞ。一先ずは安心と言った所か。だが、町長は略奪者達が西の方の海から渡って来ていることしか、奴らの拠点の手掛かりは分からないと言っていた。いや、大よその位置が分かっているだけでも、儲けものと考えるべきか」
「心配でしたら無用です、奴らの居所なら分かりますから。私になら、手に取るように。正確には西ではなく、やや北西と言った所でしょうかねぇ。船に乗り込みなさい、アラケアさん。すぐにでも出発しますよ」
迷いなくマクシムスはそう言い切った。
俺は理由を聞こうとしたが、俺より一足先に船に乗船し、黒衣の者達に指示を飛ばし始めたため、聞くタイミングを逃してしまった。
そして俺達は町長から渡された食料と水を船に積み込み、帆を張ると、風を受けた船は動き出し、島から出発した。
「このまま北西へと向かいなさい。そこから聞こえる、茫漠のざわめきが集合する場所こそ、奴らの根城です」
マクシムスは再びそう言い切ったが、そこに迷いは感じられず、何かの根拠があってのことなのは明白だったが、俺にはやはりその理由が分からなかった。
「まるでお前には、あの略奪者達の声が、ここから聞こえているかの口ぶりだな。ただの演技とも思えんが、本当に聞こえているとでも言うのか?」
俺は今度こそ問うたが、マクシムスはすぐには答えなかった。
ただ腕を組みながら、どこか遠くを見つめている。
だが、やがてゆっくりと口を開いた。
「ええ、遥か昔にこの身が、半分だけ死に浸かったことがありましてねぇ。だから以来、私には聞こえるのですよ、現世を彷徨う死者達の声が。世界中のどこにいても、です」
「まさか……そんなことが。しかし、だとしたら……」
そう、だとしたらこの男が生きている世界は、常人なら正気を失ってしまう程、過酷で想像を絶するものだろう。四六時中、ひと時も休まる時などないはずだ。
寝ている時でさえ、ざわめく声が聞こえているのだとしたら……。
「なぜ……この私がネクロマンシーなどと言う眉唾物の術を、実際に行使出来るか、不思議ではありませんでしたか? あんな出鱈目な学問に過ぎないものを。聞こえるからですよ、藁にも縋る気持ちで私を頼ってくる死者達の叫びが。ですから、私は彼らが望む通りに、偽りの生を与えているだけなのです。あるいは実際には魂など存在せず、聞こえているのは死に際の記憶が強く残された、ただの残滓に過ぎないのかもしれないですがねぇ」
事実を淡々と穏やかな口調で言い放ったマクシムスに、俺は返す言葉もなく、口を噤み、ただ黙って聞いていることしか出来なかった。
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