第六十六話

「加勢するぞ、マクシムス!」


 民間人達を横薙ぎで斬り払って、道を切り開いた俺はマクシムスと刃を交えていたエリクシアまで一気に駆け抜ける!

 そして全力でルーンアックスを振り下ろした。


「陛下のため、残るお前もここで倒させてもらう!」


 ギィィィン!!

 しかしエリクシアには難なく、短剣で受け止めれてしまう。

 やはり今の俺は万全の状態と言い難い。我ながら情けない踏み込みだった。

 絶好調を百とするなら、今は四十と言った所だろう。


「しかし紛らわしいな、マクシムス。その姿ではどっちが本物のエリクシアなのかぱっと見では間違えてしまうぞ。何とかならんのか?」


「それは失礼しましたねえ。擬態は一度行うと、解除に時間がかかるのですよ。ですから、しばらくはこのまま戦うしかありません。手にした得物が違うのですから、そこで見分けてください」


 マクシムスは手に装着した手甲から突き出した刃をこれ見よがしに見せた。

 確かに姿が瓜二つな以上、そこで見分けるしかない。

 後は無感情な本物と違い、マクシムスはよく笑う。不敵な笑みではあるが。

 俺はそれで納得すると、再び攻撃に移るべく、ルーンアックスを構えた。


「そういうことなら仕方がない。では二人がかりだが、いくぞ!!」


「ええ、参りますか」


 俺とマクシムスはエリクシアへと同時攻撃を仕掛けたが、やはりつい先ほど手を組んだばかりのこの男と、すぐにコンビネーションなどが取れるはずもない。

 俺達の攻撃をすべて捌き切ると、エリクシアは後方に飛んで距離をとった。

 その表情からは感情が窺い知れないが、どこか楽しんでいる印象を受けた。


「国境砦で初めて見た時は……所詮、私の敵ではないと思ってたけれど……ずいぶん……大きく成長したじゃない、アラケア。あのガンドまで倒すなんてシャリム様も……今の貴方を見たら何と言うかしらね」


 その瞬間、エリクシアのその姿が霞んだ。

 いや、そういう錯覚をさせるほど強烈な気配が、その全身から放たれているのだ。

 俺は体をやや前傾姿勢を取り、いかなる攻撃にも対応できるよう備えた。

 しかし……突如、戦いは中断された。


「……やめたわ。貴方達が陛下を倒しに、向かうとしても……私には関係ない。私達、忍び衆は陛下ではなく……シャリム様の支配下にあるんだもの。あれを殺すつもりなら……殺せばいいわ」


 エリクシアから放たれていた気配が消え、短剣も下ろしてしまった。

 言葉通りに戦闘を続ける意思をなくしてしまったのだろう。


「どういうつもりだ? 自国の国王を倒しに来た俺達を、このまま通してくれるというのか?」


「ええ、そう言ってるじゃない。それに……貴方達がを見てどう思うのか……興味もあるしね。じゃあね……さようなら。ダルドアを倒すことが出来たら……また会うこともあるかもしれないわね」


 そう言い残してエリクシアは身を翻すと、床に開いた穴に飛び込み、消えていった。

 俺達は唖然としてその様子を見ていたが、相変わらず床の穴からは民間人達が絶え間なく、次々と這い出してきている。

 まだ気を緩められる状況ではない。

 俺は襲い来る彼らを見据えて、ルーンアックスを一振りし奥義『光速分断破』を放つと、木の葉のように吹き飛ばし、道を切り開いた。


「このまま突き進むぞ、マクシムス。何のつもりか知らんが、エリクシアが退散してしまった今は千載一遇のチャンスだ。立ちはだかる兵士や民間人達を薙ぎ払いながら、国王ダルドアの喉元まで辿り着いてその首をとる」


「ええ、いいでしょう。エリクシアが言っていた通り、この大広間を出てしばらく進んだ所に8階へ向かうための昇降機があります。それに乗れば、すぐに玉座の間まで辿り着けるはずです」


「よし、では行くぞ!」


 俺達はそれぞれ武器で敵を退けながら、大広間を抜けて、その先へと突き進んだ。

 背後からは依然と、民間人達が殺意を剥き出しにして俺達に追い縋ろうとするが、構うことなく、そのまま通路を走り抜けた。

 するとエリクシアが言っていた通り、突き当りに建物内部を上下に移動するための昇降機があり、中に飛び込んだ俺達は上へと向かうスイッチを押すと、作動させた。


 ――ガコン、と音を立てて昇降機が動き出し、しばらく後に停止する。


 八階へと到着したのである。昇降機から出た俺達は辺りを見回した。

 しかし見た所、敵兵士や民間人はいないようだった。


「……いよいよか。これでようやく玉座の間にいるというダルドアと対面が出来るという訳だな」


「そう言えばお仲間もいらっしゃるのでしょう? 無事に辿り着けていればいいのですがねえ」


 マクシムスが腕を組みながら言ったが、俺はあの三人の強さを信頼している。

 ギスタの実力は身を以って知っているし、ゼルとミコトもあのガイラン陛下が聖騎士の中から選び抜いた、精鋭中の精鋭だ。

 どんな窮地に陥ろうとも、切り抜けるだろうと俺は確信に近い気持ちがあった。


「あいつらなら心配ない。進もう、この先に玉座があるのだろう? そうすればいずれ俺の仲間達も追いついて駆けつけてくるはずだ」


 俺達は人の気配のない通路を進んでいったが、この8階もこれまでと同様に蜘蛛の糸によってそこら中が覆われてしまっていた。

 だが、この階の先に国王ダルドアがいるにしては配下の兵士も誰もいないのが、俺は引っかかった。

 己の強さに自信があり護衛の兵士など必要ないとでも言うのか。

 そして拍子抜けするほど、あっけなく玉座の間らしき部屋の前に辿り着いた俺達はその大扉を開けて中へと入ろうとする。

 しかしその時だった。


「おーい、アラケアじゃねぇか! お前もここまで辿り着けたんだな! どうやら俺もぎりぎり間に合ったみたいで安心したぜ」


 俺は振り返って背後を見ると、そこにはギスタが走って駆けつけてきていた。

 ギスタの姿を見て一安心したのも束の間、俺も返事を返そうとしたが、次の瞬間ギスタの目の色がみるみる内に変わり、怒りの形相となっていった。


「なっ!? て、てめぇ……おい、どういうことだ、アラケア! 何でお前がっ……エリクシアと一緒にいるんだよ!?」


 エリクシアの姿をしたマクシムスを見て激昂したギスタが「ドン!」と全身の気を爆発させて、手にしたアサシンナイフでマクシムスに躍りかかった。

 それを咄嗟に手甲で受け止めたマクシムスと激しい火花を散らす。


「お、おい! 待て、ギスタ! 違うんだ、そいつは……!」


 しかし頭に血が上っているのか、ギスタは俺の制止の言葉を聞く耳を持たずでなおも間断なくアサシンナイフをマクシムスへと繰り出し続ける。

 それを捌き切るマクシムスはやれやれと言った調子で相手をしていた。


「またお会いしましたねえ、ギスタ。どうやらまた腕を上げたようですが、怒りに目がくらんで相手がよく見えなくなるとはまさにこのこと。相手をよく見て注意を払いなさい。私が本当は誰なのか……それが出来ない内はまだまだ尻の青いガキなのですよ、貴方は」


 そう言うと、マクシムスはギスタを床に叩き伏せ、喉元に刃を突き付けた。


「くっ……お前、この動きは……エリクシアとは違う。誰なんだ、お前は?」


 殺そうと思えば殺せる状態に持ち込まれて、ギスタはここでようやく冷静さを取り戻したようだった。

 冷や冷やしたが、今なら話を聞いてくれるだろう。


「こいつはマクシムスだ。あの『黒太陽の悪魔』と呼ばれる、な。見間違うのも無理はないが、こいつには他人の姿に変化する擬態能力がある。国王ダルドアを倒すために今は一時的に手を組んでいるんだ」


 それを聞いたギスタはまじまじとマクシムスの顔を見た。


「……まじかよ。どう見てもあの女そっくりじゃねぇか。けど偽物だって分かってもその顔は気に食わねぇぜ……」


「それは失礼しました。ですがこれから敵の親玉を倒しに向かうと言うのに背後から貴方に殺されてはたまりません。貴方が私を快く思っていないのは知っていますが、今は抑えては頂けませんかねえ」


 束縛を解かれたギスタは立ち上がると、服についた埃を手で叩いて払った。

 その顔は複雑そうだったが、俺の説得もあり渋々、納得したようだった。


「仕方ねぇ。お前のことは嫌いだが、ダルドア打倒の目的は同じだってんなら今は我慢しといてやるよ。けど覚えておきな、お前みたいな悪党を心から信用した訳じゃねぇからな、マクシムス」


「ええ、肝に銘じておきましょう」


 マクシムスはその言葉に、愉快で仕方がないと言う様子で喉を鳴らして笑う。

 そして握手をしようと手を差し出したが、ギスタはそれを無視した。

 何とか話がまとまったのを見届けた俺は、玉座の間への大扉に手をかけると、最後の確認として、背後の二人を振り返って言った。


「いいか、お前達。この先にギア王国の国王ダルドアがいるはずだ。奴さえ倒せばギア王国は終わりだ。勝利を宣言すれば兵士達にも大人しく降伏する者も現れるだろう。覚悟はいいな?」


 俺の問いに、二人はこくりと頷いた。

 心の準備はすでに出来ていることが見て取れた。


 「よし、では……行くぞ」


 そして俺はゆっくりと大扉を開けていった。だが……。

 そこで目に飛び込んできたのは、信じられない光景だったのである。

 玉座の間にて俺達を待ち受けていたのは……。

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