第五十八話

「何だ……これは。誰がこれをやったというんだ」


 俺は高く積み上げられた魔物ゴルグの死体の山に近づくと手で触れ状態を確認してみた。

 その殺害方法は一種類だけではなく、あるものは鋭い刃によって斬り裂かれ、あるものは何か大きな力で頭を叩き割られていたり、体を引き千切られていた。


「……人の仕業にしては、腑に落ちない殺害手段も混じっているな。だが、ただ一つだけ言えるのは……これだけの魔物ゴルグを殺してのけるとはやったのはかなりの強者だと言うことか。それもこれは一人や二人でやったのではないだろう」


「それがお前のライゼルア家当主の見解か、アラケア。私も同意見だな。だが、一つ付け加えるなら、この死体の山を築いたのは熟練した技の達人ではないということだ。見てみろ、殺しの方法があまりにも雑だ。素人が乱暴に技術もなく殺して回った、私にはそんな印象を受ける」


 俺は一通り死体を確認すると、陛下の仰る通り確かに達人の技とは思えなかった。

 だとしたら、これをやったのは何者なのか。俺の脳裏には以前、国境砦から見た魔物ゴルグのごとき力を持ったギア王国の兵士達の姿がよぎっていた。


「心当たりがあるようだな、アラケア」


「ええ、もしかしたら以前、一度だけ目にしたギア王国の新兵器かもしれません。魔物ゴルグの力を移植された、あの理性のない兵士達ならばこれをやったとしてもおかしくはありません。そしてもしこの考えが正しければ、ギア王国はあれの量産に成功していると見ていいでしょう」


「そうか。問題点があるとすれば、その量産された兵士の総数だな。単純にギア王国の総兵数五~六万にそれらが上乗せられる計算になるだろう。全員、馬車に戻れ。このままギア王国の王都『黒鄭都』を目指す。向かう途中で、誰かしらこの国の人間に遭遇することもあるはずだ。そこで新しい情報も得られるだろう。お前のその予想が正しいか否かも、より真相に近づけるかもしれない。行くぞ、出発だ」


 俺達は陛下に従い、再び馬車を走らせた。一路、王都「黒鄭都」を目指して。

 だが、この時……この時点では俺達の中の誰もが差し迫ってる脅威の真実を予想すら出来ていなかったことを後で知ることとなる。

 事態は俺達の予想を遥かに超えたスケールで起きていたのである。



 馬車に揺られて、すでに三日が経過しただろうか。

 長旅に備えて食料は備蓄してあるため、俺達は急ぎつつも慎重に敵地、ギア王国領内を走り進めていた。それまでアールダン王国と同様に魔物ゴルグによる破壊跡を目撃することはあったが、今の所は人っ子一人にすら遭遇していない。

 その事実から俺達と同様に、王都内に全国民を収容した上で籠城していた可能性も考えられた。

 そう思い始めていた頃、再び俺達を驚かせる異様なものが、天高く聳え立っているのを目撃することとなったのである。


「おいおい、ありゃあれじゃないのか。俺達の王都を襲撃してきたあのデカブツ! どう見たってそっくりだぞ! こいつはたまげたぜ、ギア王国にも来てたのかよ」


 ハオランが真っ先に声を上げたが、確かにあれは俺達の国を襲ったあの超巨大な襲撃者……通称、魔神の魔物ゴルグとまったくの同じ威容だった。

 だが、その動きは停止しており、すでに死亡していると思われた。


「あれを倒した者がギア王国にもいるのか。確かにグロウスを始めとしてこの国は忍衆の筆頭エリクシアや東方武士団の武将ガンドなど強力な使い手を何人も抱えているからな。それが出来たとしても不思議なことではないか……」


 俺は驚きつつも納得したが、陛下は魔神の魔物ゴルグに更に近づくよう、指示を出されゼルは進路をやや変更して、奴の足元付近を目指し、馬車を走らせた。

 そして到着した俺達は改めて天まで届く、巨大でどす黒い大木のような形状のその超巨体を誇る、俺達の王都を襲ったものとは別個体の魔神の魔物ゴルグを見上げた。


「やはり死んでいるようだな。胴体部から生えている無数の触手も、だらりとぶら下がっているだけで動きは完全に止まっている。凶星キャタズノアールに干渉し、こいつを黒い霧より生み出した何者かはギア王国にも刺客として送り込んでいたということか」


 陛下がそう言い終えた直後だった。ゼルが周囲から異変を感じ取ったのだろう。

 表情を変えて、皆にしっと黙るように合図をしてきた。


「陛下、微かに風の動きから察知しました。何者かが近くにいます。数は一人。この魔神の魔物ゴルグに沿って三十メートルほど移動した先です。如何いたしますか?」


「行ってみるしかないだろう。ようやく出くわした人の気配だ。貴重な情報源をみすみす逃す手はない。行くぞ」


 陛下を先頭に俺達は警戒を怠ることなく、ゼルが感じたという気配に向かって慎重に……だが、足早に歩を進めていった。

 しかしそこにいた人物を視界に捉えると、俺達は思わず目を疑った。

 年の頃は恐らく十歳と言った所だろう。

 民間人と思われる、年端のいかない少年であったのである。


「子供? なぜこんな所に一人で。感心しませんね。不用心です。ご両親はどうされたのでしょう」


 ミコトが当然の疑問を陛下に投げかけるが、陛下は無言でその少年の元へと近づいていった。

 そしてその少年の目線まで腰を落として、優しく声をかけられた。


「ご両親はどうしたんだい? 今は魔物ゴルグの活動が弱まっているとはいえ君のような子供がこんな所にいるのは危険なことには変わりないんだよ。私の言葉は分かるよね? すぐにでもご両親の所に戻った方がいい」


 少年は目をぱちくりさせていたが、陛下のお言葉に気を許したのかすぐに口を開き始めた。


「……いない。この化け物が殺しちゃったんだ。お父さんとお母さんを。だから復讐したくて……こいつの死体を痛めつけていたんだ。お父さんから貰ったこの短剣でさ」


 少年の手には血に染まった短剣が握られている。

 刃はやや欠けており、もしかしたら何度もあれでこの魔神の魔物ゴルグの死体を突き刺していたのかもしれない。


「……そうか。では君の住んでいる村はどこにあるんだい? しばらくすれば人が戻り始めるだろう。それまでそこで身を潜めているんだ。君のような子供が一人でここにいること自体、危険なんだからね」


「心配いらないよ、親切なおじさん。だって僕だって戦えるんだ。実際に何体も襲ってきたあいつらを僕はやっつけちゃったんだよ。凄いでしょ。ほら、僕がやっつけたあいつらの死体ならあっちに転がってるよ」


 その少年の言葉に、陛下の目にやや警戒心が滲み出る。

 そして少年の指さした方向を見ると、確かに魔物ゴルグの死体の山が、重なって積み上げられていた。

 ハオランは驚きのあまり思わず声を上げそうになっていたが、ゼルが止めさせた。

 だが、皆の顔に明らかに、緊張の色が浮かび始めていた。


「あれを君がやったって本当かい? その話、詳しく聞かせてくれるかな?」


 陛下の言葉に少年は薄っすらと笑みを浮かべながら言った。


「嫌だよ。知らない人に声をかけられたら話しちゃ駄目だってお父さんとお母さんが言ってたもんね。誘拐されちゃうかもしれないって。だから……僕に話しかけてくる知らないおじさんも悪い人なんだよね? だったら……」


 ――殺さなきゃ、駄目だよね。


 少年はそう言い放つと、手にした短剣をびゅっと振るった。陛下に向けて。

 その速さは速度だけなら達人の域に達していた。

 だが、相手はあのガイラン陛下。軽々と少年の腕を掴み動きを止めた。

 そして腕を捻りあげると、そのまま関節を破壊した。

 普通であれば。これで大半の者は戦意を挫かれる。

 しかし少年の目からは強い殺意と闘志が消えることなく、陛下から逃れて跳躍した。


「はははっははははっ!! 殺してあげるよ、悪いおじさん!! 僕だって戦えるんだよ! だって国王様が僕に、皆に、素晴らしい力をくれたんだ!!」


 強い殺意が籠った目を見開きながら、少年は陛下へと飛びかかった。

 だが……。


「『牙神』!!」


 音速を超える速さで陛下の体は間合いを一瞬で詰めて突進し少年を斬り裂いたかと思うと、そのまま後方まで駆け抜けた。

 少年は信じれないと言った表情で、陛下の後姿を見つめていたが、やがて口から激しく吐血して、地面に崩れ落ちた。

 そして振り返った陛下は、何とも言えない表情のまま今、手にかけてしまった少年の死体をしばらくの間、眺めていたが、やがて口を開かれた。


「どうやらギア王国の国王は開けてはいけない箱を開けてしまったようだな。行くぞ、王都『黒鄭都』に。奴を生かしておけない理由がまた増えた」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る