第五十七話

「陛下、まもなくギア王国領内に入ります。このまま突入しますが、よろしいですね?」


 御者席で馬車を操縦する聖騎士のゼルが、キャビン内の陛下に最後の確認をとる。

 ギア王国との国境線付近に建造された国境砦の門を抜け、いよいよ俺達は敵地へと突入しようとしていた。

 相手側からすれば、正式な手続きを取らない不法入国だ。

 ここを抜ければ、この先はいつ敵と認識されて襲撃を受けてもおかしくはない。


「構わん、行け。相手が攻撃を仕掛けてくるならば、騒がれる前に始末する。索敵はお前に任せよう。だからこそお前をこのメンバーに選んだのだからな」


「はっ」


 ゼルは両耳に指を突っ込むと、大きく深呼吸し、馬に鞭を打って馬車を走らせた。

 が、それを見ていたヴァイツはその行為に疑問を持ったのだろう。

 俺の耳元で小声で呟いてきた。


「ねえ、アラケア。彼って盲目だよね? あの両目だけど義眼っぽいよ。それでどうやってまるで見ているみたいに馬車を操縦出来るんだろうね」


「ヴァイツ、小声で話していても彼には筒抜けだぞ。彼は密偵の任務を主に担う聖騎士だ。盲目だが、風や空気の流れを読む事で周囲の様子や相手の行動を把握する事に長けている。盲目ゆえに研ぎ澄まされた感覚ということだな」


「へ、へえ……そうなんだ。じゃあその索敵能力を買われてこの任務に選ばれたって訳なんだね。確かに敵陣に乗り込むこの任務には打ってつけだしそれにずいぶん腕も立ちそうだ」


 ヴァイツがまじまじと馬車を操縦するゼルの後姿を見ながら呟いたが、ゼルはその姿勢のまま「恐れ入ります、黒騎士隊長ヴァイツ殿」と返事を返した。

 そのすぐ隣で聖騎士のミコトと陛下が、地図を広げながらあちこち指差していた。


「陛下、もう数キロ進んだ先に村が一つあります。ここで一旦、様子を探ってみるとしませんか。少しは現在のギア王国の状況が掴めるかもしれません」


「そうだな。皆既日食直後の今、村に人がいるとは思えんが。おい、ゼル。聞こえたな、村付近まで馬車で進んだら偵察任務に出てもらう。村内の様子を探ってくるのだ」


「はっ、御意に従います」


 ゼルは馬車を疾走させ、ぐんぐんと目的地付近へと向かわせていった。

 すでにギア王国と俺達の戦いはもう始まっている。多勢に囲まれ、突然の襲撃をかけられないためにも、ここから先は敵の位置を察知し情報を収集するゼルの働きに俺達の命運がかかっていた。


 馬車が目的地に到着すると、ゼルは木立の側で停止させ一人、陛下の命に従い気配を絶ちながら、近隣の村へと足を運んでいった。

 俺達はゼルが戻るまでの間、見張りに目と耳の利くギスタを立て周囲を警戒しながら馬車内でその帰りを待った。

 しばしして……ゼルが戻ってきた。だが、その表情は浮かないように見えた。


「陛下、村内ですが誰一人いません。ですが、その代わりに異様なものが村の広場に山のように積み上げられていました。あれは……大量の魔物ゴルグの死体です」


「死体だと? それも魔物ゴルグのか? 殺ったのはギア王国の兵と考えてもその兵すらも誰一人いなかったと言う訳か」


 皆が怪訝な顔をする中、陛下はすぐに次の指示を下された。


「ミコト、地図にあるここから一番近くにある村はどこだ? これからそこへ向かうぞ。何かただならない事態が起こっているようなそんな予感がする。だが、次の村を確認することでそれが何か少しははっきりするかもしれない。ゼル、ご苦労だったな。引き続き馬車を駆って、その目的地に移動してくれ」


「はっ」


 ゼルは陛下の命を遂行すべく、すぐさま御者台に飛び乗ると馬車を疾走させた。

 しかし馬車の中の雰囲気は、明らかに先ほどまでより重いムードが漂っている。

 ただでさえ緊迫している敵地内での行動な上に、ゼルが持ち帰った異様な報告内容に皆が不安を隠しきれてないのが見て取れた。


「……何が起きてるのか分からないというのも歯痒いもんだね。陛下がいらっしゃるから万が一のことはないのがせめてもの救いか」


「ヴァイツ、陛下ご自身が動くのはあくまで最悪の事態だということを忘れるなよ。でなければ俺達、臣下がこの場にいる意味がない。つまらないことで陛下のお手を煩わせずに、最低限のことは俺達だけでやり遂げる気持ちでいるんだ」


「……うん、ちょっと失言だったかな。僕らは陛下の剣であり盾なんだし雇われの身として陛下をお助けするため働かなきゃいけないよね」


 普段から社交的で口数の多いヴァイツだが、今はやはり緊張しているのだろう。

 何かしら話していないと落ち着かない様子だった。

 反面、ノルンの方はというと、俯いてずっと何を話すこともなく押し黙っている。

 ノルンは元々、俺以外にはあまり話さないタイプだが、今はそれがより顕著に現れており、兄と妹でこういう時の行動は対照的だった。

 そうこう思考している内に馬車は停止し、どうやら目的地付近に到着したようだ。


「ゼル、行ってきてくれ。頼んだぞ」


「はっ」


 ゼルは御者台から飛び降りると、素早い身のこなしであっという間に姿を消した。

 しばらく……どれだけ時間が経過しただろうか。

 恐らく数分だったかもしれない。

 ゼルは帰ってきたが、その顔は先ほどよりも神妙な面持ちをしていた。


「……陛下、皆さん。一緒について来てください。実際にその目でご覧になった方がよろしいかもしれません。村や付近には今度も誰もいませんのでご安心を」


「そうか、ご苦労だったな。それがお前の判断だと言うなら従おう。皆、降りてくれ。ゼルが見せたいものがあると言う。行ってみようではないか」


 俺達は全員が馬車を降りて、ゼルの案内の元、村へと足を踏み入れた。

 そこで俺達が目にしたのは……。


 先ほど報告にもあった……数十メートルはあろう、うず高く積み上げられた……


 ――体を無残に八つ裂きにされた、大量の魔物ゴルグ達の死体の山だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る