激動する、いにしえの故郷
第二十話
ガブガブ……ガツガツ……ボギボギ……野生の獣の生肉を食し、骨を噛み砕く音が聞こえる。
そんな彼らを余所に、俺達は馬車で駆け抜けてく。
「うへぇっ! な、何だよ、あいつら! おっかねぇ!」
「知らねぇのか、セッツ。ありゃ竜人族の中でも、下等な亜竜どもだ。知性の低い獣のような連中だから、食うことと殺すことしか頭にねぇ。あいつらを見かけるようになったってことは
ギスタが弟分に説明してる通り、俺達はつい先ほどからデルドラン王国に入国している。
つまり黒い霧を抜けた訳だが、まだ安全が保障された訳ではない。
「面倒だな。妖精鉱の光を恐れない分、
「はい、陛下が地図を用意してくれたのは幸いでしたね、アラケア様。最短ルートで王都を目指し、ヴァイツ兄が馬車を走らせていますから、このまま何事もなければ、数十分で到着するはずです」
「ああ、何事もなければ……な」
だが、ここは魔樹林と呼ばれ、決して食料が枯渇することのない竜人族や獣人族達の餌場である。
特に王都から外れた場所には、知能の低い亜竜や亜獣どもが本能に従って、野生の獣達と生存競争を繰り広げている。
俺達を餌と認識したなら、有無を言わさず襲ってこないとも限らない。
出来るだけ早く、ここから離れたい所だ。
「あっ!? ア、アラケア!! 前! 前!!」
見ると馬車の前方から、亜竜が一匹、猛烈な勢いで真っ直ぐにこちらへ突き進んできている。
危惧していた通り、俺達を餌と思って襲ってきたのだろう。
だが、俺は懐から短剣を取り出すと「気」を込めた。
「新しく開発した技だが、試してみるとするか」
俺は前方の亜竜目掛けて、短剣を投げつけた。
それが額にざくっと命中したかと思うと、亜竜は激しく痙攣し、泡を吹いて倒れて動かなくなってしまった。
ヴァイツは倒れた亜竜を避け、迂回して馬車を走らせていく。
「アラケア、今のは?」
「あれは全身に存在する特定の経穴を衝いて、経脈を遮断する技『牙流点穴』だ。本気で放てば息の根を止めることも出来たが、無益な殺傷は必要ないからな。ちょいと気絶させてやっただけだ。死んではいない。ヴァイツ、襲ってくる連中は俺が止める。お前は馬車に専念しろ。このまま突っ切るぞ」
「OK、アラケア。飛ばすよ、揺れるから気を付けてね」
走り続ける馬車は、獲物の狩りに興じる亜竜達の間を駆け抜けていった。
その後、数回の襲撃はあったものの、俺のサポートとヴァイツの馬車を御する腕前のお陰で上手く切り抜けることが出来、とうとう俺達は目的の地、デルドラン王国、王都『龍角都』へと到着したのだった。
そして俺達は……その入り口付近から目にしたデルドラン王国王都のあまりの美しい景観と、有り様にただ圧倒されていた。
「ここが……王都、龍角都か。何という栄えた都なのだろうな。この世界にまだこのように、活気のある場所があったとは」
正直な感想だった。人々の顔に不安の色などなく、竜人族と獣人族と妖精族が分け隔てなく、にこやかに街並みを歩いているのだ。
このご時世に、ここまで市井の人々が笑顔で満ちた都があるとは俺には信じられなかった。
「信じられないって顔だな、アラケアさんよ。まあ、俺も初めて来た時は同じ感想だったから分かるぜ。この国は黒い霧に悩まされることはないんだ。なぜなら統治者の妖精王ラルラが、王国全体を結界で包み込んでいるからな。まったく羨ましい話だぜ。ギア王国やアールダン王国のように災厄の周期に悩まされることはないんだからよ」
ギスタが俺の心を見透かしたかのように、得意げに語る。
俺も話には聞いていたが、実際にこの目で見てみた衝撃は大きい。
「詳しいな。お前は以前、ここに来たことがあったのか?」
「まあ、な。仕事で来たことがある。で、あんたはこの王都で人を探しているんだろ? 俺に探すツテがあるぜ。どうだい? 俺に依頼してみないか? 金は後払いで構わねぇからよ」
俺は少し迷ったが、確かにあの男を探すにも取っ掛かりが必要だ。
手段があるなら、駄目もとで当てにしてみるのも悪くないかもしれない。
「分かった。そのツテとやらがあるなら依頼してみようじゃないか。カルギデの捜索をな。そこへ案内してくれ」
「あいよ。任されたぜ、アラケア。だが……そこへ行くのは俺だけでだ」
そう言うと、ギスタはあっという間に拘束していた縄を自力で解いて脱出すると、建物の屋根の上まで飛び上がった。
「なっ!? お、お前! 今まで捕まってるふりをしてたのか!?」
ヴァイツがギスタを見上げながら叫ぶが、ギスタは余裕な様子で笑みを浮かべて、屋根から俺達を見下ろしている。
「ま、俺だけならいつでも逃げ出せたが、弟分のセッツを一緒に連れて逃げるのは無理だったんでな。心配すんな、俺一人で逃げやしねぇよ。セッツを預かっといてくれ。引き受けた以上、依頼は果たす。約束通り有益な情報を持ち帰ってくるから、期待して待っててくれよな。夜明けまでには戻る。じゃあな!」
そう言い残すと、ギスタはあっという間に屋根の上を走り去ってしまったが、その迅速な手並みに、俺達はその様子を指をくわえて見ているしかなかった。
十分に評価していたつもりだったが、どうやらギスタの技量は俺の予想を上回るものだったらしい。これを幸ととるか不幸ととるか……。
「あの男、やるじゃない。暗殺者としては本当に一流だったのね。軽く見てたわ」
ノルンが珍しく感心したように言うが、セッツがその言葉に反応し顔を紅潮させて一気に言葉を捲し立てる。
「と、当然だろ! 兄貴は本当に世界でも指折りの暗殺者なんだ! そりゃあ……斧使いの旦那が人間離れして強くて、しくじっちまったけどよ。本当に
「ええ、期待したい所ね。私達にとってここは勝手知らない場所だもの。彼が当てに出来ないとしたら、地道な聞き込みから始めなきゃいけない所だわ。一流の暗殺者とやらの手並み、見せてもらおうじゃない」
「ああ、待つとするか。夜明けまでに戻ると言ったんだ。ここにも宿くらいあるだろう。そこでギスタの報告を待とう」
ギスタの意を汲むことにした俺達は、王都の人混みを掻き分け、中央に向かって宿を探して歩き出した。
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