第十九話

「あ、兄貴ぃ。俺ら、これからどうなっちまうんでしょう?」


「うるせぇぞ、セッツ。俺達は負けちまったんだ。こうなっちまったら、なるように身を任せるしかねぇだろ」


 先ほど襲撃してきた暗殺者のギスタとセッツは縄で拘束し、俺達は依然、馬車を走らせ、デルドラン王国を目指していた。

 だが、この二人にはやはり聞いておきたいことがあった。

 依頼主のことを吐くとは思えないが、気になることは他にもある。

 御者席はヴァイツに任せて、俺は二人の前で腰を下ろし、話しかけた。


「で、お前らはどうやってここまで俺達を追ってきた? 馬で移動してきた気配はなかった。かと言って、かれこれ数時間も馬車で黒い霧の中を進んできた俺達を、徒歩で追跡して来たというのは、人間離れし過ぎている。それに妖精鉱のランプも所持してはいないようだな。お前が暗殺者として一流なのは分かっている。口は堅いだろう。だが、依頼内容に反さない程度でいい。どんなカラクリなのか教えてはくれないか?」


 ギスタはしばらく俺を鋭い目で睨みつけていたが、意地を張っても意味がないと観念したのか、ようやく口を開いた。


「……へっ。そうだな、お前は俺を倒した。今まで魔物ゴルグ相手にすら負けなしだった俺をな。そのお前に敬意を表して、少しだけなら答えてやってもいいが……けど一つ訂正しな。俺は一流の暗殺者なんかじゃない。……超一流だ! 世界でも五本の指に入るほどのな! 分かったか? ライゼルア家当主アラケアさんよ!」


「ふっ、そうか。だったら皆既日食が訪れた時、お前のような男が人間側にいてくれるのは心強いな。認めよう、ギスタ。お前は確かに超一流だ」


 俺は笑みを浮かべると、ギスタの肩をぽんと叩いた。

 それに気を良くしたのか、ギスタも笑い返す。


「へっ、分かればいいんだよ。で、どうやって追跡してきたかだったな」


「あ、兄貴……いいんですかい?」


「いいんだよ。依頼とは関係のない話だからな。アラケア、馬車で走るお前達を追ってこれた理由だがな。……それは、俺達が施術によって魔物ゴルグの部位を肉体に移植することによって、常人離れした身体能力を獲得した人間だからだよ」


 求めていた答えだったが、その言葉を聞いても俺はさほど驚きは感じなかった。

 実際にあの時、目の当たりにした魔物ゴルグを想起させるカルギデの身体能力や国境境の赤甲冑の兵士達の姿から、その可能性を少なからず考えていたからだ。


「なるほどな。何者かは知らんが、俺達ライゼルア家の者すら知り得ないそんな技術を持った者が本当に今、この世界のどこかにいるということか」


「ああ、俺とセッツは目と両足の筋線維と肺を、魔物ゴルグから移植した。黒い霧の中を見通す目と、人間離れした脚力と肺活量があったからこそ、この馬車の長時間の追跡も可能だったって訳さ」


「で、誰だ? お前にその施術を施した者というのは? 答えられる範囲で構わない。教えてくれないか」


「……」


 その問いに、再びギスタは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべたが、やがて言いにくそうに、重い口を開きだした。


「依頼でギア王国の王城に忍び込んだ時のことだ。その時、俺はしくじっちまってな。投獄されて、俺も死を待つばかりかと思ってた。けど、取引を持ち掛けられたんだ。それが魔物ゴルグの部位を肉体に移植する施術だった訳さ」


「貴方、さっき俺は負けなしだったって言ってたじゃない。誇大広告はやめといた方がいいわね」


 ノルンは敗北者を蔑んだような目でギスタを見下ろすと、触れられたくないことに触れられたかのように、ギスタの顔が紅潮しノルンを睨みつけた。


「あ、あいつだけは例外なんだよ! 相手はギア王国で最も恐れられる最強のアサシンであり忍衆の筆頭、あのエリクシアだったんだからな! あいつにだけは負けて当然だ! だからあれは負けにはカウントしない! アラケア、あんたも人間離れして強いが、あの女の実力はそれ以上だ。もし事を構える日が来るとしたら、用心しておくといいぜ」


 ギスタは息巻いて一気に言葉を吐き出したが、余程、触れられたくなかったのか興奮し顔は紅潮して、ぜぇぜぇと息を荒げている。

 ……エリクシアか、名前は聞いたことはある。誰も姿を見たことがないという最強の殺し屋。

 噂が噂を呼び、どこまで真実なのか掴めていなかったが、暗殺者としてかなりの腕前を持つギスタにここまで言わせるということは、俺の想像していた以上に、尋常ではない使い手ということか。


「そうか、忠告感謝する。もし戦うことがあったとしたら気を付けておこう」


「へっ、分かってくれたかよ。ま、俺の失敗から得た力だったが、この体は気に入ってるんだ。今まで以上に仕事で役立ってくれるからな。けど俺がこうして生きてるのは運が良かったからだ。なぜならあの施術の成功率は低いと、俺の体をいじった奴らは言っていたからな。悪魔だぜ、あいつらは。そんな施術を平気で人に施しやがる。アラケアさんよ、ギア王国はあの悪魔的技術を使って何をしようとしてるか目的と用途は大よそ、見当はつくだろ?」


「……ああ、軍事利用だろうな。実際にこの目で確認している。辺境とギア王国との国境境でな」


「そういうことさ。ギア王国の国王は人を人とも思ってない。個人的には皆既日食の時が待ち遠しいぜ。あわよくばギア王国を滅ぼしてくれないかってな。……さて。少々、個人的感情を発露しちまったが、俺が話せることはここまでだ。じゃあ、後は到着までよろしく頼むぜ、アラケアさんよ」


「いや、十分だ。有益な情報を感謝する、ギスタ。長旅になりそうだがな。到着までしばらく付き合ってくれ」


 俺はギスタの向かいで腰を下ろすと、馬車に揺られながらこれからデルドラン王国で待ち受けているであろう、あの男の顔を思い浮かべた。


(……今、お前ごときに手間取っている余裕はない。俺にはそれ以上にライゼルア家本来の皆既日食の時から、人々を守り抜くという使命があるからな。だが、アールダン王国を裏切り、ギア王国と結託して何を企んでいるか分からんが、お前の挑戦を受けて立とう、カルギデ)


 あの男との来るべき戦いを想像し、闘志を高めながら俺は馬車が向かう先をただじっと見つめていた。

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