第六話

 俺達が王都に到着したのは、パノア村を出立して五日後の正午すぎだった。

 出迎えられた俺達を待っていたのは、騎士団の副団長殿と騎士団の面々だった。

 俺達は馬から降りると一礼し、現時点での状況を尋ねた。


「ご無沙汰しております、副騎士団長殿。屋敷まで移動しながらで良いでしょうか? 状況を説明して頂きたい」


「ああ、構わない。待っていたよ、アラケア君。すでに伝令の兵から、あらかたは聞いているな? 今の状況だが、ギア王国の得体の知れない兵どもが、国境境で集結している。だが、それからは攻めてくるでもなし、しばらくは大きな動きを見せていないのだよ。向こうからは何の要求もないしな。だから我々も目的を測りかねているのだ」


「ギア王国とは五十年周期の凶星キャタズノアール接近に従って、暗黙の了解で休戦状態だったはず。しかし向こうも霧が生み出す魔物ゴルグとの戦いに戦力を割かれているにも関わらず、その状況で均衡を破る動きを見せた。……ということですか。確かに腑に落ちない話ではありますが」


 だが、辺境バロニア地方での戦いで、俺達はその疑問に関する謎を解くヒントのようなものを図らずも得ていたことを副騎士団長に伝える。

 ライゼルア家の分家、手配中のカルギデが人でありながら人を超える肉体を得ていたこと、その技術をギア王国にも流している者がいる可能性。

 それがここまでの道中、何度も考えていたことだった。


「ふむ、君の身内カルギデが何の目的で辺境で、しかも黒い霧に入ったのか疑問だが、そこに何かヒントがあるかもしれんな。……さて、そろそろ君の屋敷に到着だ。準備を整えたら黒騎士隊と共にすぐ国境に向かってくれ。私もこれから向かうが、万が一のことが起きた場合、我々、騎士団の手には余る可能性もある」


「引き受けました。相手が人間以外であれば、ライゼルア家の仕事ですから」


 俺とヴァイツは、屋敷でカルギデとの戦いで痛んだ装備を急いで整えると、広場に部下の黒騎士隊を集め、これから国境境に向かい、謎の赤い全身甲冑の兵達と一戦を交えることも想定されることを伝えた。しかし……。


「ヴァイツ隊長、カルギデ捕獲の件はどうしたのです? 次の任務の前に、まずはその前の任務の経緯、結果を報告するのが筋ではないでしょうか?」


 黒騎士隊の黒い甲冑に身を包んだ、しかしその兵装とは不似合いなブロンドの長髪を伸ばし、尖った耳を持った美しい容貌の女性騎士、ノルンは 隊長であるヴァイツに物怖じせず食ってかかった。


「そうだったね、ノルン。その件だけど……残念ながら僕らの力不足で失敗した。国境境の小競り合いが済んだら、再びバロニア地方でカルギデ捕獲の任務に当たることになるだろう。これで納得してくれたかい?」


 しかしノルンは、尚も食ってかかる。


「納得できません。『僕らの失敗』? どうせ隊長が足を引っ張ったんでしょう。でなければアラケア様があんな分家ごときの慇懃無礼な不届き者に後れをとるはずがありません。だから私は言ったんです。私も任務に同行させて欲しいと」


「言ってくれるね、ノルン。確かに僕が足を引っ張った。その件は深く反省している。アラケアが望むなら後でどんな罰も受けるさ。けど今は次の任務に集中して欲しい。これは隊長命令だ、いいね?」


「納得は……いきませんね、ヴァイツ隊長」


「ノルン!」


 とうとうヴァイツも声を荒げる。

 だが、俺は見かねて、そこでその二人のやり取りを制止する。


「そこまでだ。あれはヴァイツの失態ではない。カルギデとの戦いを切り上げたのは俺の判断だ。だから兄妹喧嘩はその辺にしておくんだな。これはライゼルア家当主の命令だ」


「……アラケア様が仰るのでしたら。申し訳ありません」


「みっともないとこを見せたね、アラケア。僕も反省してる」


 ヴァイツとノルンは、お互いの顔を見合わせた後に、そこでようやくばつが悪そうに引き下がって口を閉じた。


「これからあるいは戦闘も想定されるんだ。仲間同士で足並みを乱すな。それは死に直結する」


 俺は黒騎士隊全員をゆっくりと睨みつけると、号令を下した。


「今はギア王国側に動きがないようだが、何か事が起こってからでは遅い。俺達、ライゼルア家と黒騎士隊の力を奴らに見せてやれ! これより黒騎士隊は王都を出立する! では行くぞ!!」


「はっ!!!」


 俺は先陣を切って馬に飛び乗ると、屋敷の広場を駆け抜けていった。

 その後を追うように、隊の隊員達も次々に馬に跨ると、俺が率いる黒騎士隊は一丸となって王都を出立したのである。

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