手を繋ぐ (現代ドラマ、作者:湯煙) 

 娘が手を繋いでくれなくなった。

 中学生に成長し、娘もお年頃だから、男親と手を繋ぐのは恥ずかしいんだろう。そう妻は言っていた。少し寂しいけれど、娘の自立への一歩なのだと自分を納得させる。


 それに私には妻が居る。結婚前から今に至るまで、私達夫婦は家の外では手を繋いで歩いている。恋人同士の時は妻に触れたくて、結婚してからは……いろいろだった。


 結婚当初、握った妻の手を指でなぞるのは、その夜の夫婦生活の確認だった。妻の指が私の手の甲をなぞったら同意した合図だったんだ。だから、家の外だけでなく家の中でも手を繋ぐことはあったな。


 娘の出産の時も手を繋いでいたよ。

 出産のため力を込めた妻の爪が、私の手に食い込み、鋭い痛みを感じたのを覚えている。手の甲に滲んだ血の様子を今でも思い出す。その時の傷の跡がうっすらと今も残っているんだよ。妻のあれほどの苦痛の中で産まれた娘なのだと、今では注意して見なければ傷跡とは判らない痣を見るたび、娘への責任感と妻への感謝を強く感じる。


 私達夫婦はそれからも手を繋いで歩いてきた。


 娘の成長を見守りつつ、日々の暮らしにあくせくしてきたけれど、夫婦で手を繋いでここまで来てる。仕事が大変で滅入っていた時、私の手を握ってくれる妻のおかげで頑張ってこれた。今では、妻の手の甲を指でなぞっても、合図が返ってくることは減ったが、実際のところ、ただ妻の手の感触を確かめたいだけだから寂しいとは感じない。


 二十代の時より荒れてるけれど、私との時間を刻んだ妻の手の感触が愛おしい。温かく、柔らかく、そして触るだけで妻の手だと判る言葉に出来ない感触。

 無性に頬ずりしたくなることが多い。だが、私達も中年。恥ずかしくてそこまではなかなかできないな。こうして繋いだ手の感触で我慢しているよ。


 まだ十分高い陽が、家路を穏やかで静かな明るさにし、私の気持ちを安らかにする。特にどうってことのない、生活音と時折通り過ぎる車の音。


 妻は、左右の手を私と娘に預け、娘と優しく語らいながら家路を歩く。

 これが我が家の形だな。妻を中心として繋がってるんだろう。


 娘の明るい声が妻に向けられている。

 隣から感じる朗らかな空気に、何か少し嬉しくなって、妻の手を指でなぞった。


 私の方は振り返らず、ギュッと強く握り返してきた妻。

 

 ――うん、私達はこれでいい。これでいいよ。

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