電波食べ家族と異世界朝食戦争

@hadahit0

犬吠埼にて

東浦川幸三は犬吠埼で生まれ、電気事業で大きく勢力を伸ばした男である。

故郷の市庁舎前にはその功績を讃える旗が掲げられており、地元民で彼のことを知らぬものはいない。

東浦は自身の成功の秘訣をたぐいまれなる努力によるものだと、主張してはばからない。その言葉に人々は多く感銘を受ける――わけがない。

2016年に電力小売りが全面自由化されたとはいえ、インフラ事業は基本的に大きな資本の支えがあってこそ成り立つものである。地元で漁師を営む家に生まれ、大学進学もかなうことがなかった幸三には本来万が一にも事業成功の芽はなかったのである。それでは、いかなる幻術が幸三によって施されたのか。

その謎に迫るべく、私はJRと銚子電鉄を乗り継いで、東京より千葉県は犬吠埼へ入県した。


東浦川家の外観はあまりに特徴的であるため、たどり着くのに苦労はなかった。その外観は、あまりにも露骨にその威容を主張する城なのだ。

犬吠駅から東へ徒歩15分。地球の丸く見える展望台を通り過ぎて北へ住宅街を抜けて目に入る家の周囲をぐるり取り囲んでいるのはまごうことなき堀である。池の中に泳ぐは世界最大の淡水魚、ピラルクー。錦鯉や金魚も混泳させられており、水中の様子は綺麗、というよりも色彩のパニックといった方が正しい。雇われたアクアリストは相当優秀なようで、魚に弱っている様子はなく、水はパナマ近海のように澄んでいる。


私も水は好きだ。水中の中で形成される生態系には、個人主義に毒された俗世ぞくせいから失われたいわゆる昔ながらの「家族」的な秩序が見て取れる。あのシルバーゴールドの最も大きい1尾にはシルバーおうと名付けたい。その周りにまとわりつく金・赤・黒の真鯉は、愛想はなくとも大いなる人生の渋味を御身にたたえた敬老にまとわりつく孫のように見える。


その澱みない水流と生態系に目を奪われていると、1人の子どもが私の水晶体に映った。5、6歳くらいだろうか。少年は私の背丈ほどもある長いタモを携え、水の中で長旅をねぎらいあうように絡み合うピラルクーをなめるように見つめている。


おい少年、バカなことをするんじゃないぞ。


そう言いかけたのもつかの間、少年たタモのを、呆けた顔で水分を取り込むひときわ大きなピラルクー――シルバー翁の胴に突き立てた!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る