第17話:私が怒る? どうして?(以下略)
猛との図書館での勉強も今日で最後。
これで課題も終了だった。
夏休み前半で宿題を終わらせることができて気が楽になる。
図書館の自習室にシャーペンの音だけが響き渡る中で、
「あ、あのですね、淡雪さん。昨日の電話のことなんですが」
しばらくして、小声で彼の方から例の話題に切り込んできた。
昨夜の電話越しに聞こえたのは不愉快なお話。
どうやら彼と妹さんはお風呂に一緒に行ってるらしい。
「あれは誤解と言うか、そのなんというか……」
彼はしどろもどろに、説明になっていない説明、言い訳をする。
よく「娘は父親といつまで一緒にお風呂に入りますか」、と言われて「高校生くらいまで」と言って「えー」と微妙な顔をされたような心境を彼は抱いているのだろう。
……つまり、ものすごく恥ずかしい。
「兄妹仲良く、とはいえ限度くらいはあると思うの」
「は、はい。そうですね」
「お風呂も一緒なんて……私には想像もできないけども、そういう兄妹もいるんでしょうね。私の知らない世界なんてこの世の中にはたくさんあるんだろうし」
「……あれ?」
強く責められると思っていたのだろうか彼は拍子抜けといった表情を浮かべた。
「猛クン。妹さんの事が大好きなんだもの。仕方ないわ」
「待って。そういう理解的な方向に持っていくのもやめよっか」
「理解はしていないわ。私にはこの年で妹と一緒にお風呂に入るお兄ちゃんの気持ちは理解できないもの。姉妹ですら、お風呂に一緒なんて滅多にしないのに」
それすらも、嫌々であるというのに。
「毎日のように一緒にお風呂なんて、素敵な関係ね」
淡雪にはにこやかに微笑んでそう言ってあげた。
「……ご、ごめんなさい。ものすごく怒ってます?」
淡雪は彼の顔をマジマジと見つめながら淡々とした声で、
「私が怒る? どうして? 私は別に猛クンの恋人でもないもの。ただの恋人ごっこの相手に過ぎないのに。怒るなんて理由がどこにあると言うのかしら? ふふっ、猛クンもおかしな人ね。そもそも、私が怒るなんて思ってしまったのがおかしいのよ。私は理由もないのに怒るなんて理不尽な真似はしないわ。でも、ひとつだけ苦言させてもらうのならば、年頃の異性の兄妹と一緒にお風呂に入るのはどうかとは思うの。それぞれのご家庭の事情もあるのだろうけど、それでも理解に苦しむとこもあるわ。だって、お風呂と言うからに裸の付き合いということでしょう。さすがにその年になったら恥ずかしくなるのも当然。それをさも平然と当たり前の日常の光景となっているのは言葉が悪いかもしれないけども異常としか言えないわ。貴方達って世間的には少し変わった兄妹ね? それが悪いとは私は言わないけども、世間はどう評価するかしら。それにしても猛クンって妹さんにはずいぶん甘いと噂だったけども噂以上ね。本当にそこまでラブラブだったんだ? 私の予想も超えてびっくりしているわ。あれでしょう? 貴方達は実は将来、結婚の約束とか平気でしてたクチでしょう。そっか、猛クンの好きな相手は……」
早口で悪口と不満を並べ立てられてしまい、
「……も、もう勘弁してください。俺が悪かったんです」
罵詈雑言の嵐に、がっくりとうなだれて机にひれ伏す。
そんな猛に止めを刺すように、
「猛クン。妹さんが好きなら結婚すればいいのよ」
「なっ!?」
「世間では事実婚という関係もあるらしいし、私には理解できないけども愛を貫くのも勇気だと思うわ」
「もう、それ以上は言わないで。俺のダメージが、もう限界っす」
「この程度で限界? いえ、まだよ。まだまだ話は終わってないもの。うふふ」
「その笑顔が怖いよ、淡雪さん!? これくらいで勘弁してください。すみません」
彼の心にトドメを刺したところで少しだけ気持ちがすっきり。
――ふぅ。言いたい不満は言い終えたかしら。
こんな風に好きな相手に嫌みを続けてしまう淡雪は相当に不機嫌だったらしい。
今朝の事も影響しているのかもしれない。
「私が言いたいことは、妹と一緒にお風呂は気持ち悪いわ」
「バッサリ言いますね」
「むしろ、変態と罵りたいくらい。でも、我慢するわ。恋人ごっこをしてるだけだもの。恋人ではないから批判はこれくらいしかしない」
「十分すぎると思います」
「……やめる気もないんでしょう? よそ様の家族事情に口を挟みません」
「もう見放されてる!?」
この問題に関しては猛には呆れるしかない。
それとは別に思う所があり、
「……猛クン」
本気で好きになってしまった。
その相手と、結ばれることはないのだと言う現実を突きつけられた。
――大した抵抗もせずに受け入れたのは私だ。
祖母と言い争うこともせず、運命をそのまま受け入れた。
後悔しなかったわけじゃない。
――ただ、引きかえすチャンスだとも思えたの。
恋に浮かれていた自分から目が覚めた。
それゆえに、淡雪は彼との関係を見直さなければいけないとも思い始めてた。
「猛クン。好きな子とは結ばれたい?」
「……へ?」
いきなり話題を変えたことに彼は戸惑う。
「それはまぁ、片思いよりも両想いの方が良いに決まってるさ」
「それならば、結ばれないという現実があるのにも関わらず恋をし続ける事は無駄だと思うかしら? どんなに好きでも結ばれない。それが現実だとしたら?」
ずっと、ずっと片思い。
――そんな辛い想いに貴方は耐えられる?
それは彼自身、妹との事を考えさせてしまったのか黙り込んでしまう。
「……ごめんね。少し意地の悪い質問だったかもしれないわ」
「淡雪さん」
「猛クンがどんなに撫子さんを愛していても結ばれない事への皮肉と苦言だから」
「それはそれですごく嫌だ!?」
そんな風に話を誤魔化して、嫌な雰囲気を流した。
恋愛って複雑なものだ。
こちらが相手をどれだけ愛しても、向こうが愛してくれる保証はない。
ただ、愛するからには愛されたい。
――猛クンの好きな子に私はなりたい。
そんな本心とは裏腹に婚約者の件を受け入れてしまったり。
――私はどうしたいの?
淡雪は矛盾した行動と気持ちに、自分自身が振り回されてしまっていた。
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